魔法の杖の持ち主

私は今、国内最大級のファッションイベントのステージ上にいる。

たくさんの瞳が私に向けられている。

あまりの熱量にくらくらしながら、一生懸命言葉を紡いだ。


「山下さんは、SNSフォロワーが10万人!なんと、SNSで山下さんの登場を熱望する声が多く、本日ご登壇いただくことになりました!」山下さん、一言お願いします

司会の方の言葉に、女の子の歓声が上がる。

いつも画面の中の数字としてしか実感がなかったから、思わぬ歓声に涙がにじむ。


「山下理乃です、みなさま、私をこんなに素敵なステージに連れてきてくださり、ありがとうございます。本日は最新の美容情報を精一杯お伝えいしますので、最後までどうぞよろしくお願いします」

お辞儀をした後、感極まってなかなか顔を上げられなかった。

夢が叶う瞬間って、こんなに胸が熱くなるのか。


…岩本くんは、今、どんな気持ちなんだろう。

舞台袖にいるであろう相棒が、同じ気持ちならいいなと思った。




なんとか出番を終えて、舞台袖にはける。

私を待ち受けていた岩本くんは、いつも以上に優しい瞳で「お疲れ」と声をかけてくれる。

感極まって、何も言えないまま岩本くんに駆け寄る。

片手をポケットにつっこんだまま、もう片方の手を私の背に回す。

耳元で、世界で一番優しい声が響いた。

「世界一、いい講義だった。お疲れさん」


控室に続く廊下を歩きながら、少しずつ落ち着きを取り戻す。

「なんか安心してお腹空いちゃった」と笑う私に、岩本くんが「なんか食いに行こうぜ」と返してくれる。

華やかなステージの上も大好きになったけれど、私には、この時間が必要だ。

気心知れた相棒と何気ない会話をする時間が、私の支えになっている。


控室で坂下くんの顔を見た瞬間、一層安心した私は、その場に座り込んでしまった。

「え、理乃さん、緊張してたんですか?」

私を助け起こしながら目を丸くする坂下くんに、首を振る。

「なんか坂下くんの顔見たら安心した。待っててくれてありがと」

「お疲れ様でした。モニターで見てましたけど、めっちゃよかったっすよ。女の子たち、きゃーきゃー叫んでました。さすがSNS美容家」

「もうやめて、こそばゆい。死んじゃう」


私服に着替えた私を見た岩本くんは、いつも通りの私を見て「お前ほんとにステージ立ってた?」なんてからかう。

「いや、立ってなかったのかも、夢見てたのかもしれないよ、みんな」と笑って観客席に降りる。


ステージには、ちょうど高城さんのグループが登場したところだった。

「あいつ、ほんとに山下に気づくと思う?」

「なに、さっきの?社交辞令に決まってるじゃない。岩本くんどうしちゃったの」

「あんな社交辞令ぶちかます男、絶対やめとけよ。ロクなことないぜ」

「待って待って、私、何も言ってないじゃない」

ムキになる岩本くんがおかしくなって、坂下くんと笑い合った瞬間。

ステージ上の高城さんが、確かにこちらを指さした。


ピクリ、と反応した岩本くんが、眉間に深いしわを刻んで私に叫ぶ。

「山下、絶対あんな男やめとけ!!!!!!」

「だから、何でもないってば!!」


高城さんのグループのパフォーマンスが終わって、トークに移った時。

ずっと疑問に思っていたことを口にした。

「どうして私、ここに来られたんだろう」

しばらくの沈黙のあと、岩本くんが静かに口を開いた。

「さっき紹介されてたじゃん、SNSで熱望されたって」

「そうだけど、そんなことで、出られるものなのかな」

「そんなこと、じゃないんだよ」


え?と聞き返して彼の方を向くと、真剣な眼差しがこちらを見下ろしていた。

「みんな、夢は自分の手で叶えるものだって思ってるけど、ちょっと違う。ほとんどの夢は、誰かが叶えさせてくれるもんだよ」


実力主義だ、自分の手で成功を掴め、と言いそうな彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。


ぽかん、と見上げる私に、岩本くんは苦笑いしながら教えてくれた。

「金や名声は、誰かからもらうもんだ。山下がどれだけ一人で頑張っても、セミナーに参加した人たちが満足してなかったらこんな舞台には立ててない。確かに山下はここまで頑張ったけど、最後に夢を叶えさせてくれるのは、応援してくれる人たちだよ」


私一人の力では、到底叶えられなかった。

私を信頼してセミナーに来てくれたお客さんや、支えてくれる岩本くんと坂下くん、そして、朝子さんの力があって、私は今日ここに立てた。

それを、忘れないようにしよう。



「ありがとう」と言おうとしたその時、会場がふっと暗くなる。

するりと手を掬われて、きゅっと握られる。

いつもより少しだけ近い距離で、彼の優しい声が響いた。


「大きな舞台にお前を立たせたいって俺の夢を、叶えてくれてありがとう」



パッと会場の照明が明るくなる。。

高城さんたちがランウェイを歩き始めたようだ。

だけど今は、高城さんの姿は、私の目に映らない。


「岩本くん、私を、ここまで連れてきてくれて、ありがとう」

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