ランウェイで待ち合わせ

「理乃さん、原稿チェック終わりました。出力して置いときます」

「ありがと。後で確認します」

坂下くんは、あっさり私たちに馴染んだ。

持ち前の明るさと、能力の高さで、私たちの想像を超える働きぶりだ。


「翔太朗、イベント当日のタイムテーブル確認しよう、当日は分刻みだから」

「はい!理乃さんも入ってもらいますか」

「うん、山下の分も出力して」


岩本くんが、彼を信頼しているのがよくわかる。

おかげで私も自分の仕事に集中できるし、単純に、事務所が賑やかなのは楽しい。


当日のスケジュール、手配すべきもの、関係者への挨拶など、一通り確認していく。

「会場まではタクシーだから、ここからすぐ乗れるように手配して」

「はい」

「それから、関係者パスの受け取りに、翔太朗行ってくれるか」

「え…」

「あ?なに?」

「俺も、同行して、いいんですか」

「…何言ってんの、お前、もう山下のマネージャーなんだから」

「なんだろ、感無量です」

「はは、頼むよ、敏腕マネージャー」


二人のやりとりをぼーっと眺めていたら、突然声をかけられる。

「山下、聞いてる?」

「あ、ごめん、聞いてなかった。雰囲気いいね、二人」

はぁ?と呆れたような顔をされたが、気にしない。


イベントの日が、迫ってくる。

それに伴って、少しずつ、味わったことのない高揚感が私を包む。

うまくいくだろうか、観客に受け入れられるだろうか。

そんな不安も、なくはないけれど。

やるしかない、と、自分を奮い立たせる。



イベント当日は、抜けるような青空が広がっていた。

「山下、そろそろ出るよ」

「うん、坂下くん無事に着いたかな」

「人のことより自分の心配しろよ」

「え?なんで?」

「お前、緊張とかないの?」

「ないよ、緊張したってしょうがないでしょ」


実際、緊張しても仕方ない。

だって、もう生身の自分自身で勝負するしかないのだ。

ランウェイに映える美人でもなければ、美容の権威でもない。

出演できるような理由も見当たらない。

こんなラッキーチャンス、楽しむしかないじゃないか。

今さら繕ったって仕方ない。このままで、飛び込めばいいのだ。


会場周辺は、若い女性がパレードをしているようだった。

関係者用通路に足を進めると、坂下くんがこちらに走ってきた。

「理乃さん、岩本くん!」

「翔太朗、無事だった?」

「もちろん、これ、関係者パスです。どうぞ」


ありがとう、と受け取って、3人で通用口に向かう。

すると、私たちの後ろに黒塗りのワンボックスカーが到着して、空気が変わるのを感じた。

警備員さんが車に近付くと、中から今を時めくアイドル、高城航平が降りてきた。

テレビで見るようなさわやかな笑顔を振りまいて、顔パスで通用口を通っていく。


「さすが、アイドルは違うねぇ」

「あれ、お前ああいうタイプ好みだっけ?」

「いや、全然。私、岩本くんの方がかっこいいと思ってるくらいだよ」

「それはやめとけ」

「え、坂下くんも思うよね?」


後ろを歩いていた坂下くんに問いかけると、至極真面目に頷いた。

「もちろんすよ、俺のタイプは岩本くんです」


上目遣いの坂下くんがふざけて岩本くんに腕を絡めたところで、控室に着いた。


「わ、控室だ」

「山下、SNS用に入り口の写真撮るぞ」

「はーい」


山下理乃様、と書かれた控室入り口で写真を撮る。

SNSにアップすると、すぐに反応があった。

今は、コメントは見ないようにしよう。

正直、少し怖い気持ちもあるのだ。

大勢の人に認知してもらうということは、一定数、私をよく思わない人もいる。

本番前にネガティブな情報に触れない方がいい、と思い、すぐにスマホを仕舞った。


控室に入って、メイクを治していたら、コンコンとドアがノックされる。

坂下くんがドアを開けた途端、聞きなれた声が飛び込んできた。

「理乃ちゃん!」

「朝子さん!今日はありがとうございます」

「ううん、こっちこそありがとう!あ、そうだ、理乃ちゃんに挨拶したいって方が見えてるの。高城くん、どうぞ」


朝子さんの声の後、すらりとした男性が部屋に入ってきた。

「高城航平です、今日はよろしくお願いします」

にこやかにお辞儀をする彼は、まさに国民的アイドル。

「山下理乃です、こちらこそよろしくお願いいたします」

お辞儀を返すと、高城さんは朗らかに会話を続けた。

「存じ上げてますよ、山下さん。SNSですごい話題ですよね、僕、妹がいるので、よくお名前お聞きします」


なんてことだ。

トップアイドルが私のことを知ってくれているなんて。

さっき岩本くんの方がかっこいいなんて言ったことを心の中で謝った。


「ありがとうございます、まさか知ってくださっているとは思わなかったです。今日のパフォーマンス、楽しみにしています」

「嬉しいなあ。山下さんは出番が終わったら会場出ちゃうんですか?」

「あ、いえ、えぇと」

岩本くんの方を振り向くと、代わりに応えてくれる。

「次の予定がありますので途中退場することになると思いますが、高城さんのパフォーマンスはギリギリ拝見できると思います」


にこりと笑った高城さんは、私の手をきゅっと握って言い放った。

「よかった、理乃ちゃんに向けてパフォーマンスするから。見ててくださいね」


じゃ!と、控室を出ていく背中を見送る。

なんだ、あれは。

唖然とする私に、朝子さんが声をかける。

「ごめんね、高城くん、いい子なんだけどね。気にしないで、いつもあんな感じだから。陽平、顔、顔!」

私と坂下くんが一斉に岩本くんを見ると、マリアナ海溝くらい深いしわを眉間に刻んだ岩本くんがいた。

「…山下、お前、ああいうのはタイプじゃないっつったよな」

私たちが盛大に噴出したのは、言うまでもない。




「山下さん、お願いします」

スタッフさんに声をかけられて、長い廊下を移動する。

歩きながら、岩本くんから手渡された水を一口。

いよいよだ。

いよいよ、夢に見た舞台に立つ。


「山下、」

舞台袖に続くドアの手前で、岩本くんに腕を引かれる。

「お前なら、できる」


とんっと背中を押されて、足を踏み出す。

ドアをくぐる瞬間、振り向いて、言った。

「当たり前でしょ、見ててよ」

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