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「にしても……」
トゥネリは檻の中を見て歯噛みする。
「これだけの人数集めるなんて、どうかしてるわね。一体何が目的なのかしら」
トゥネリの怒りは最もだ。ソラも同意して、改めて檻の錠を外す。
「みんな出てきて大丈夫だよ」
ソラが微笑むと、子供たちの表情に希望が宿る。
檻から出ると歓喜の声を上げようとするが、まだ脱出に成功したわけではない。ソラは人差し指を口に当てることでそれを制した。
「それで、ここからどうする? 流石にこれだけの人数を一度に移動させるわけにはいかないわよ?」
トゥネリの言う通り、密かに脱出するには困難な人数だ。一度に移動してしまえば確実に見つかってしまうことだろう。
腕を組み、脱出方法を考えるソラ。そこへ釘を刺すようにトゥネリは言った。
「ちなみに前みたいなやつは却下するわよ?」
「前みたいなやつ?」
「ほら……あの時みたいな……」
あまり思い出したくない記憶であるため、トゥネリは表情を曇らせる。
「あんたが一人であいつらの気を引くなんてこと、私は絶対に嫌だから」
トゥネリの意図を汲み取ると、ソラは軽く微笑んだ。
「うん、大丈夫。あの時みたいなことしないから」
「本当? あんた、どうせあの時から大して考え方変わってないんでしょ?」
「んー、どうかな?」
くすくすと笑うソラに対して、トゥネリは呆れ返る。悪戯な表情を浮かべるようにはなっているが、根っこの部分は何も変わっていない。トゥネリはそう捉えていた。
あまり作戦に時間を掛けているわけにもいかない。ソラは打開策を考えるため無言になる。
ふと、ソラは地面に目をやる。
「あっ……」
何かを閃き、ソラは声を漏らす。
その声に反応し子供たちは一斉にソラの方に顔を向けた。トゥネリも同時にソラの顔を覗き込む。
「なにか思いついた?」
「うん。トゥネリは地面の魔法陣、気づいてるよね?」
「ええ。これ、転移のやつでしょ? しかも大掛かりなやつ」
「うん。これを利用できないかなって思ってさ」
ソラの発言を聞き、セシルは首を傾げた。
「でもお兄ちゃん。この魔法陣? って、危ないものなんでしょ?」
セシルの言葉に反応し、トゥネリは魔法陣を注意深く眺めた。
「なによこれ……」
魔法陣に描かれた内容を読んでトゥネリは狼狽する。多少は魔法を心得ているため、その内容の意味を理解することが出来た。
「こんなの発動したら大惨事じゃないのよ……!」
トゥネリの反応に、子供たちは不安を示す。すでにソラが説明した通り、もしこの魔法が発動したならばここにいる者は皆死に至ることだろう。
どういうつもりなのか理解できず、トゥネリはソラの二の腕を掴んだ。
「あんた、こんなの利用できるわけないでしょ! 発動したらそれこそあっちの思惑通りじゃないのよ!」
「うん、確かにこのままだったらね。でも魔法陣の型は全部これで統一されているよね?」
「そうだけど――まさかあんた、この魔法陣を書き換えようってわけ!?」
トゥネリの問いに、ソラは肯きながら声を抑制するように促す。
確かにすでに描かれている魔法陣をもとに新たな魔法陣を描けば、魔法の効果は上書きされて結果を変えることが可能だ。だが、
「あんたね、転移魔法の陣がどういうものか分かって言ってるの? 書き換えるための道具も無ければ、その知識が無かったら失敗するかもしれないのよ?」
陣を描いて転移魔法を使役するには、幾つか必要なものがあった。
まずは道具だ。すでに描かれた魔法陣を消すための何かが不可欠な上に、消した後に新たな内容を書き込むための道具も必要になってくる。そして何より正しく使役するための知識が必要だ。
「大丈夫。知識はボクの頭の中にあるし、書き換えるための道具もボクが持ってる」
そう言うと、ソラは所持品の中から白石を取り出した。これは擦ることで地面に細かい白い粉が付着するため、魔法陣を扱う際には必ず用いられている。
「文字を消すのは魔法を使えば出来るはず。あとは魔法陣を発動するための文面を書くだけ」
「でも肝心なその文面はどうするのよ? 転移はただ詠唱を書けばいいってものじゃないのよ?」
「うん、わかってる。どこに転移させるかはこれから決めるよ」
ソラは更に所持品の中から王都の地図と白紙、そして黒インクのペンを取り出す。
それを見て、トゥネリは口を噤む。ソラの目は本気だ。彼は子供たちを守りながら戦うのは得策ではないと考えている。全員で移動するのも分かれて移動するのも危険が伴う。
だが転移にもそれ相応のリスクが発生する。果たして成功するだろうか。きっとこの場に他の協力者がいたならばそう考えるだろう。それだけ魔法陣を使った転移には高度な技術が必須なのだ。
「本当にできるのね?」
トゥネリの問いにソラは頷く。
しばし顔を見つめて、トゥネリは軽いため息を吐いた。
「わかったわ。あなたを信じる」
「ありがとうトゥネリ」
「別に感謝されるほどのことじゃないわよ」
トゥネリは少し照れ臭そうに顔を反らす。
「それじゃあすぐに始めるよ」
ソラは微かに笑うと、地図を地面に広げて傍に白紙を置く。そして魔法陣の全体を眺めて白紙にペンを走らせる。紙に描いていくのは、地面に描かれている魔法陣の形と同じもの。
素早くかつ寸分の狂いなく描くその手際に感心しながら、トゥネリは踵を返した。
「それじゃ、わたしはあいつらが来ないように入り口で見張ってるわ」
「えっ?」
思わず手を止めて、ソラはトゥネリの顔を見る。
「別におかしなこと言ってないでしょ? いつまでもあいつらが気づかないとは思えないし、それにあんたが倒したやつらも起きてたからここに来るのも時間の問題よ?」
「そうかもしれないけど……」
「なに? わたし一人じゃ不安?」
トゥネリは少し呆れた表情でソラの顔を見た。彼女の瞳に微かな悲哀が垣間見える。
「わたしはね、もうあの時みたいに弱い女じゃないの。六年の間、必死になって力をつけたんだから」
「トゥネリ……」
「わたしはあんたを信じた。だから、あんたもわたしを信じなさい」
ソラは唇を噛む。実際転移の陣を描いている間にここの関係者が来てしまっては、魔法の発動さえ危うくなる。最悪今の魔法陣が発動し、子供たちはおろか、自分たちも死に至りかねない。
何か他に案は無いかと、悠長に考えている時間もあるのかさえ怪しい。
「ソラ。今度はわたしがあんたの力になる番よ」
「……わかった。出来るだけ早く描きあげるから」
「そうね。そうしてもらえるとわたしも楽ができるわ」
トゥネリは笑うと、階段の方へと歩いていく。軽く拳を握り、固い眼差しで階段を上がっていく。まだ商会に動きがある気配はない。
階段へ姿を消したのを見送り、ソラは急ぎ魔法陣の作成に取り掛かった。
まずは複写の続き。一切の違いの無い陣を、紙に素早く描いていく。これはいわば設計図のようなものだ。地面に描かれている魔法陣を利用するためには、まずはその構造を理解しなければならない。
構造を理解した上で次に必要になるのは文字の配置だ。陣の中に描く文字はただ闇雲に並べればいいというものではなく、転移させる場所への方角や座標に合わせた配列が必要になってくる。
(どこに転移させるか決めないと……)
一方トゥネリは階段出入り口の裏に立っていた。商会関係者が来たならば音で判断が可能だ。そして察知した時、すぐに階下の広間にいるソラに報せることが出来る場所といえばここが適している。
耳を澄まして、外の気配に意識を向ける。まだ動きがある様子ではない。
「このまま何事もなければこっちとしても楽なんだけどね……」
呟き、トゥネリは少し物思いに耽ける。
あの忌まわしい事件から六年。トゥネリはその年月の間死に物狂いで特訓した。そのために近所に住んでいた老夫婦の家を出て王都にやってきたのだ。全ては後悔と罪悪感からの行動だった。
今では暴漢数人を相手にしても無傷で戦えるほどにまで成長した。これは偏に、師として特訓に付き合った男が腕の立つ者だった故であるのだが。
手のひらを何度か握ったり開いたりするトゥネリ。神妙な面持ちで自分の手を見つめる。
(大丈夫……わたしはあいつと肩を並べられる。そのためにも力をつけたんだから……!)
不意にトゥネリの顔色が変わる。何かを感じたため、扉に耳を当てた。
『くそ! 今すぐガキどもを移動させるぞ!』
叫び声と慌てたように走る音が廊下から響いてきている。距離にしてもう間も無くこの場所にたどり着く。
トゥネリはすぐに入り口から離れると、階下に向けて叫んだ。
「ソラ! あいつらが来た!」
トゥネリの叫びが広間にまで響き渡る。
「くっ……早くしないと……!」
ソラは手を止めて頭を悩ませていた。紙に描いた陣は完成している。魔法陣の文字部分も消した。が、肝心の転移先がまだ決まっていなかった。
子供たち全員を転移させること自体は難しいことではない。だが転移先を選ぶ際に三つ考えなければならないことがある。
まずは転移させる先の広さだ。転移魔法が発動すると、示した座標に描いたものと同様の魔法陣が描かれることになる。さらにはそこへ子供たち全員を送るとなれば、相応の広さが必要になってくる。
二つ目は距離。現在地から距離が遠ければ遠いほど、文字の配列は複雑なものになっていく。短時間で魔法陣を完成させるには、建物から可能な限り近い必要がある。
そして最後に、転移先に人がいるかどうかだ。広くかつ近い距離の場所を見つけたとしても、その場所に人が多くいる可能性があった場合除外しなければならない。というのも、転移先に障害となる物が無いことが前提となってくるためだ。唯一の救いは、障害となる物があった場合転移魔法が発動しないということなのだが、それでは時間を無駄にするだけだ。
(どこかいい場所は……)
地図と照らし合わせて、転移先を検討するソラ。焦りから額に僅かな汗が滲み出ている。
「お兄ちゃん……」
傍でセシルが不安げな表情を浮かべる。子供たちもソラの焦りが見えているため、同様の表情で見守っている。
(広い場所で……ここからそう遠くなくて……そして人があまりいなさそうな場所……)
そんな都合のいい場所がこの王都内に果たしてあるのだろうか。
一抹の不安を拭い、ソラは必死に地図と自分の記憶を照らし合わせていくのだった。
数多の星は蒼穹にて輝く 姉川春翠 @haruaki-anekawa
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