第42話 カルボフェリア


 エクゥスの出産を手伝いに行っていたジオが帰ってきたのは、次の日のお昼ごろだった。

 眠そうな顔で帰って来たジオは、夕飯まで寝ると言って、部屋へ入った。


 台所からはフィオナの歓声が!


「ジオ、凄い! 羊のお肉モントーネいっぱい! ありがとう!」 


 どうやらお礼で肉をもらってきたらしい。


「今日は豪華に炭火焼き祭りカルボフェリアよ!」

 そう言うなり、外へ飛び出して行って、ご近所へ声を掛け始めた


 しっかり者のフィオナの事なので、てっきり保存食にでもするのかと思っていた飛翔は、不思議に思って尋ねる。


「フィオナ、なんでご近所に声をかけにいったんだい」

「ああ、飛翔は炭火焼き祭りカルボフェリアの意味を知らないのね」


 フィオナは楽しそうに話してくれた。


炭火焼き祭りカルボフェリア仔馬プルクゥスの誕生を神様に感謝するお祭りなのよ。仔馬プルクゥスはこの砂漠の地域で、大切な移動手段の一つだから、みんな大切に育てているのよ。だから、この羊肉モントーネは神様への捧げものなの。できる限りみんなで食べて、喜びを分かち合うのが良いのよ。もちろん、功労者のジオへのお礼でもあるから、ジオに一番食べさせてあげなくちゃだけどね」

 そう言って、青い瞳をウィンクさせた。


「フィオナたちの神様って、どんな神様なんだ?」

「うーん、そうねえ~。隣のルシア国は、ファトラ神って言うただ一人の神様を信じているみたいなんだけど、ミザロではあまり特定の神様はいないかな。もともと色んな国の人がいるからね。旅の安全を祈る祈願所オラーティオなら、スルスのほとりにあるわよ」

祈願所オラーティオ?」

「うん、小さな東屋みたいな感じだけどね」


 フィオナはさらに言葉を続けた。


「私はね、特定の神様を信じてはいないんだけど、でも、神様みたいな不思議な力のことは信じているわよ。この世界とか自然を作り上げている大きな力みたいな感じかな。私達の力では雨も降らせないし、動物の赤ちゃんを作り出すこともできないでしょ。でも、信じて待っていれば、雨はやがて降るし仔馬プルクゥスも誕生してくれる。だから、そんな不思議な力への感謝の気持ちみたいなものかな」

「感謝の気持ちか……」


 飛翔は聖杜せいとの民が大切にしていた『宇宙の神』を思った。

 聖杜の民は宇宙の民ではあったが、『宇宙の神』を偶像化したり、やみくもに崇拝していたわけでは無い。

 ただ、大切に『知恵の泉』を守り、感謝しながら過ごしていた。

 

 

 『知恵の泉』が無いこの千年後の世界にも、『見えざる力への感謝の心』が根付いていることを、飛翔は嬉しく思ったのだった。


 

 フィオナはハダルに、子ども達やミランダ姉さんにも声をかけるようにお願いしに行くと、作業小屋のドルトムントも呼び戻して、早速炭火焼き祭りカルボフェリアの準備を始めた。



 夕方、肉の焼けるいい匂いにつられて、近所の人が顔を出す。

 思い思いに野菜やパンなどの食材や酒を持ってやって来た。


 ドルトムントの家の前が、アッと言うまに大宴会状態になってきた。


 そこへ、ハダルに連れられた子ども達とミランダが到着。

 子ども達は歓声を上げながらフィオナに抱きついて挨拶すると、早速肉を焼いている火の傍へ走って行った。

 火の横では、ジオを始め近所の若い男性陣が、交代で肉を焼いてはみんなに配っていく。

 その並びで女性陣が話に花を咲かせながら、肉以外の料理を取り分けている。

 年配の人々は、すでにいい感じに飲んで顔を赤らめていた。


 ミランダもフィオナと抱き合って挨拶すると、ハダルと手分けして持ってきた葡萄酒ルヴァンの瓶を見せながら言った。

「親方からの差し入れよ。後から行くから、ちゃんと肉を取って置いてくれだって。だから、さっさと食べちゃいましょ」

 そう言って、鮮やかなウィンクを決める。

 フィオナが大笑いしながら、

「ミランダ姉さん、そんなことしちゃっていいの? お給金減らされちゃうかも知れないよ」

「やっぱり~ガゼル親方、根に持ちそうかな。うーん、本当はそろそろ一人立ちしたいんだけど、それも親方の口利きが無いと難しいのよねぇ~」

 形の良い唇を軽くすぼめて、「つまらないの」と呟いた。

 

 葡萄酒ルヴァンミランダ美人に気づいたみんなが手を振ると、軽やかな足取りで輪の中に入って行った。

 そして、葡萄酒ルヴァンのコルクを抜いて高らかに声をあげる。


「勇者ジオ! さあ、最初の一杯はあなたの物よ!」


 肉を焼いているジオを真ん中へ引っ張ってきてグラスを持たせる。なみなみと葡萄酒ルヴァンをついでジオの頬に感謝の口づけをすると、みんなが大いに盛り上がった。


「ジオ、ありがとう!」

「ジオ! よくやった!」


 今回のお産は難産だったらしく、ジオの適切な処置が無ければ危なかったらしい。

 そんな経緯を知っている人々が、一斉にジオに感謝して、拍手する。

 ジオは照れ臭そうな顔をしながら、手元のグラスを一気に飲み干した。


 再び歓声があがり、祭りのテンションは最高潮となった。


 大勢で食べたり飲んだり、歌ったり踊ったり。

 ミザロの町の人々は、決して裕福な生活をしているわけでは無いけれど、みんなでこんなふうに集まって、楽しい時間を過ごすことが何より大好きだった。


 そんな人々の様子を見ながら、飛翔は嬉しい気持ちになる。


 炭火焼き祭りカルボフェリアは、神への感謝だけでなく、人々の繋がりも深めてくれる祭りなんだな。



 夜も更けて、皆家路へと着く。

 子ども達は遅いので、今日はドルトムントの家に泊まっていくことになった。


 フィオナのベッドにはマリナとミア、ハダルのベッドにはハヤトたち年下の男の子達が。

 ジオと飛翔は台所の長椅子に移動して、カイとパウロとデオルドがジオの部屋で、

 ネフェルとサーヤは飛翔の部屋で、それぞれ眠りについた。


 ジオは昨日からの疲れがどっとでたようで、アッと言う間に眠り始めた。

 ジオの寝顔を見ながら、飛翔はふと、ジオは誰に動物の世話の方法を教えてもらったのだろうと思った。学校には行ったことが無いと言っていた。父親なのかもしれないと考える。

 

 祭りの興奮は心地よい疲労感となって、いつのまにか飛翔も深い眠りに落ちて行った。




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