第43話 指貫
今日もドルトムントは鼻歌まじりに、丁寧に石碑を洗っている。
その横で、飛翔はフィオナに言われたように、ドルトムントのガラクタを生まれ変わらせる方法がないか考えていた。
飛翔は元々、金細工職人見習いだった。
細かい細工を彫ったりするのは好きなのだが、流石にドルトムントの発掘品は、欠片ばかりでどうにもならない。
飛翔は必死に欠片を見つめて考えていたが、良いアイデアが思いつかないでいた。
そうだ!
ドルトムントに鋸を借りて、家の周りに生えている木の中で、適当なサイズのものを切り出してきた。
そして、更に細かく切り分けると、
金細工師になるためには、いきなり金を扱わせてもらえる訳は無く、まず木から練習を始める。
だから、木を削る感触は、初めて工房に行った時の初々しい気持ちを呼び覚ましてくれた。
愛用の道具を持ってくるべきだったな。
嬉しそうに
黙々と作業を続ける二人の手元の音だけが、作業部屋に響いていた。
針仕事をする人にとっては必需品でもあった。
出来上がったら、一つはフィオナにあげよう。
黙々と作業を続けていると、自分が
毎日のように作品を作り続けていた部屋、明るい陽が沢山差し込んで暖かかった。
一緒に修行中の友人たち、先輩、師匠の顔が思い浮かぶ。
そして、別の工房では、
みんなも一生懸命、自分の課題に取り組んでいた。
リフィアは今日も機織機の前かな。
そう思った瞬間、ドクンと心臓が波打ち、息苦しくなった。
あまりの苦しさに胸を抑え込む。
一体何が起こっている……
脂汗が流れてくる
もしや、リフィアの身に何かあったのか!
こめかみに早鐘のように脈が打ち付けられて、不安が飛翔の全身を支配した。
「何作ってるの?」
その時、背中から明るいフィオナの声が降ってきた。
昼食を知らせにきたフィオナが不思議そうに覗き込んでくる気配を感じる。
「どうしたの? 苦しそうだよ! 大丈夫?」
「大丈夫だよ」
飛翔は胸を押さえながら振り仰いだ。
フィオナの心配そうな顔を見た途端、飛翔の胸の痛みがスーッと引いた。
一体何だったんだろう……
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
飛翔は無理やり笑顔を作って、フィオナに向けた。
「そう、無理しないでね」
「ありがとう」
「何作っているの?」
「
飛翔は作業中の一つを取り上げてフィオナに見せた。
「これ、可愛い~ロサリアの花の模様だよね!」
「この花、ロサリアって言うんだ」
「そうよ~花言葉も素敵なんだから」
「花言葉?」
「うん、花に添えた言葉、ロサリアの花言葉はね『ずっとあなたを想っています』なのよ~素敵よね。こんな
「は?」
飛翔はフィオナの商売熱心な言葉に、思わず吹き出す。
いつでも前向きなフィオナの明るさは、飛翔を前へ前へと引っ張ってくれる。
どれだけ救われていることか……感謝の気持ちが沸いてきた。
「出来上がったら、最初の作品はフィオナにあげるからな」
「えー! 嬉しい! じゃあ、楽しみに待ってるね」
そう言って心底嬉しそうに笑うと、飛翔の手元をしばらく眺めていた。
飛翔の指先から、小さな模様が浮かび上がってくる。
小さな
「飛翔はさ、会いたい人っていないの?」
「会いたい人?」
「うん、例えば恋人とか」
「……会いたい人ならいるよ」
「ふうーん。どんな人?」
「そうだなー。温かい春の日差しのような人だな」
「素敵な人だね」
「まあな」
そっか……
フィオナはちょっと寂しく思った。
あれ? なんで私そんな風に思ったんだろう?
「フィオナは?」
飛翔が尋ね返してきた。
「私はお母さんかな」
「そうか。それは会いたいよな」
「うん」
フィオナはそのまま黙ってしばらく飛翔の作業を見つめていたが、お昼の出来上がりを告げると、一足先に台所へと戻っていった。
フィオナは心の中に沸き上がったちょっと甘酸っぱい感情が、何を意味するのかはよくわからなかったけれど、飛翔を見ているとなぜか懐かしい感じがすることを不思議に思っていた。
後を追いかけるように、飛翔とドルトムントは共に台所へと歩きだした。
ロサリアの花言葉……『ずっとあなたを想っています』
その言葉に、飛翔はリフィアとの最初で最後のデートを思い出していた。
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