第四章 謎の糸口
第41話 ハダルの小さな仲間
ハダルは食料を買って、薄暗い路地を奥へ奥へと進んで行った。
人々も忘れかけているような、町外れの廃屋の扉の前に立つと、ノックをして声をかける。
「山が迫る」
「海がうねる。あ、ハダル兄ちゃんの声だ!」
中で子供の声がして、慌てて扉の鍵を開ける音がした。
「ハダル兄ちゃん! 来てくれたんだ!」
六、七歳くらいの男の子が嬉しそうに、ハダルの体に飛びついた。
「よ、ハヤト! 食料と洋服を持ってきたぜ」
ハダルはニコニコとハヤトの頭を撫でると、飛翔を中へ招き入れた。
中には、ハヤトと同じくらいか、それより年下の少年少女が五人ほどいた。
「カイ達は仕事か?」
「うん、今日は朝いちばんで荷物運びの仕事が入ったって言って、出かけているよ。もうすぐ帰って来ると思うけど」
「そうか、じゃあちょっと待たせてもらおうかな」
ここにいる子供たちは入れ替わっていくが、常時十人くらいはここで暮らしていた。みんな親を亡くして暮らしていけなくなった子供たちばかり。
ハダルもドルトムントのところへ行く前に、しばらくここで暮らしていたことがあった。だから、今でも時々食べ物や着る物を持って来ていたのだ。
入り口での秘密の言葉は、用心として昔から使われていて、子供たちの身を守る大切な言葉であった。
「ハダルお兄ちゃん、今日はフィオナお姉ちゃんは来ないの?」
マリナとミアの姉妹がハダルのそばにやって来て残念そうな声で尋ねる。
女の子もいるので、時々フィオナにも一緒に来てもらっていたのだ。
フィオナは活発なタイプだがお裁縫が得意なので、パメラのお店でもらった端切れを使ってみんなの洋服も作ってくれている。
「すまない。でも、フィオナから新しい洋服を預かってきたよ。みんなで着てみてごらん」
そう言ってフィオナから預かった袋を渡すと、マリナとミアの目が輝いた。
「それから、新しい友達も連れてきたぜ。
後ろの飛翔を振り返ると、みんなに紹介してくれた。
子供たちの純粋な瞳に見つめられて、飛翔はドギマギしながら挨拶をする。
「飛翔です。みんなよろしく」
「なんか堅いな。まあいいか」
ハダルが笑いながら言うと、子ども達が屈託なく飛翔に声をかける。
「ジオとおんなじターバンだね」
「飛翔はどこから来たの?」
「ねえ、一緒に遊ぼう」
マリアとミア姉妹も飛翔の袖を引っ張っている。
歓迎されていることに安堵して、飛翔は笑顔になった。
なんか、聖杜の学校みたいだな。
子ども達の遊び相手をしばらく飛翔に任せて、ハダルは部屋の中を片付けていく。
軽く掃除をして、今いない子どもの分のサンドパンを取り分けると、残りをテーブルに並べた。
「みんな、サンドパン食べるか!」
子ども達は歓声を上げながら席へ着いたが、行儀よく挨拶をしてから食べ始めた。
その様子に、ハダルやフィオナたちが如何に子ども達を大切にしているかがわかる。
食べ終わった子ども達は、嬉しそうにハダルの周りに集まって来た。
「ハダル兄ちゃん、待っている間、字を教えてくれよ!」
ハヤトがハダルにピタリと寄り添ってねだった。
「ああ、いいぜ!」
ハダルは子どもたちに、木の棒を配ると、地面に字を書いてみせた。
子ども達は一心にお手本を写し始める。
ハダルは、子供たちに文字だけでなく、算術や礼儀なども積極的に教えてきた。
知識を蓄えること、それだけが、この貧しい生活から抜け出せる唯一の道だと思っているからだった。実際、ハダル自身もそうやって生き抜いてきた。
「飛翔も教えてやってくれないか」
「もちろん」
飛翔は喜んで、みんなの手元を見始めた。
子どもに教えるのは初めてだったが、自分にはグリフィス先生と言う、とびきり最高の先生がいた。
グリフィス先生のように教えられたら、きっとみんな楽しいに違いない……
飛翔はみんなの文字の練習が終わると、子ども達の興味を持ちそうな話題を話し始めた。
みんなで集中して勉強をしていると、年上の十五歳くらいのカイと言う少年が帰って来た。
「あれ、ハダル兄、来てたんだ!」
カイは満面の笑みを浮かべる。ハダルのことが大好きなのが伝わってくる。
「カイ、お疲れ様! ほら、サンドパン」
ハダルが持ってきたサンドパンを渡すと、カイは嬉しそうにほおばった。
「今日の仕事はどんな感じだった?」
「うーん、二隻分の荷物を運び入れて、
「ははは! ムガルのおやじの船か」
「でも、今日フォビールの屋敷の人に、キルディア語の通訳も頼まれてさ、それは割が良かったぜ! ハダルが教えてくれたお陰さ!」
「そうか! それは良かった!」
ハダルも心から嬉しそうに笑った。
カイはここの子ども達の中で一番年上で、今は彼がここの子どもたちの養い親のような存在だった。体も大きく賢いので、ハダルの教えることもどんどん吸収していく。ハダルにとって、とても頼もしく、将来楽しみな少年だった。
本当なら、そろそろ定職に付けてあげて、独り立ちさせてあげたいんだけどな……
でも、そうするとパウロとデオルドが一番上になってしまうな。あの二人はまだカイほどの働きも無いし、デオルドはまだ来て日が浅いし……難しいかな……
ネフェルとサーヤはミランダと同じ親方の工房で修行中だから、まだたいして給金をもらえていないしな。
「ハダル兄! なーに眉間にしわ寄せてるのさ。ハダル兄の考えていることなんて、お見通しさ」
金髪の髪を短く刈り上げたカイは、大人びた表情でハダルを見た。
「なーに生意気なこと言ってんだよ!」
ハダルは笑いながらカイの額をコツンと弾く。
「だって俺はまだここがいいんだよ。まだハダル兄にモルダリア語とイリス語を教わってないし、みんなと一緒に暮らしたいし」
「ありがとうな。カイ」
ハダルはカイの頭を優しく撫でた。
丁度その時、パウロとデオルドも帰って来た。
年かさの少年三人もハダルの来訪に瞳を輝かせ、飛翔の参加を喜んだ。
ハダルがさりげなくみんなの様子を尋ねる。
すると、パウロが得意げに話し出した。
「昨日は面白い情報が分かったぜ。ガルーシャの旦那、今度アルタ国のなんか高い
「
カイも相槌を打つ。
飛翔は気になってハダルに尋ねる。
「ミザロの町では、賄賂が多いのか?」
「まあな、
ハダルも難しい顔をしている。
ハダルと飛翔の心配をよそに、パウロは話を続けている。
「大人のやつらは、俺たちなんか気にしてないんだぜ。透明人間だと思っているんじゃないかな。昨日だって、ガルーシャの旦那、俺が文字読めないと思って、思いっきり大切な契約書広げたまんま昼食べに行ったぜ! ゴミ集めの小僧なんて、目に入って無いんだよな」
パウロの言うことには一理あった。
商売敵や役人に対しては用心を重ねているような商人でも、下働きの貧しい子どもが文字を読めるなんて考えてもいないのだ。だから、ついうっかり気を抜く。
そうして集めた情報は、カイ達子どもたちの知識となり、時には、金になる情報源となった。
子ども達のたくましい様子に、飛翔は複雑な気持ちになった。
聖杜では、みんなが同じような機会を与えられていた。
子どもは全員学校に通えて、就きたい職業につくことが出来て、食料も平等に分け与えられる。
決して贅沢な生活では無かったが、とても穏やかな生活を満喫できていた。
それは、とても幸せなことだと思う。
それに比べてミザロの町はどうだろうか……
裕福な人と、貧しい人、貧富の差が激しいように見える。
そして、持てる物はもっと持てるようになり、持たざる者はますます貧しくなっていく。
ここは生きやすい国では無いはずだ。
こんな国が良い国な訳は無い。
それでも、目の前の少年少女の瞳は、決してあきらめてはいない。
不幸せな出来事に屈してはいない。
希望なんて無くても、目の前のことを一歩ずつ……
ハダルの言葉が、飛翔の心の中で現実感を伴って息づき始めた。
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