第15話 歴史学者

 飛翔はまだ夜が明けきる前に目が覚めた。

 ゆっくり起き上がると、フィオナが横に置いておいてくれた水を一杯飲んだ。

 頭がだいぶすっきりしてきた。


 窓の外を覗くと、自分が寝ているのは二階の部屋で、思っていたよりも大きな建物だと気づいた。

 小高い丘の上にあり、そこそこ栄えた町並みが見下ろせる。

 周りは家がまばらで丘の上にも関わらず、少し緑が見える。静かなところのようだ。


 階下の一角に、灯りを見つけて、飛翔はそっと覗きに降りていった。

 

 漏れ出る光を頼りに扉に手をかけて、静かに押し開くと、白髪まじりの男ががぶつぶつ独り言を言いながら、砂に覆われた石碑を磨いていた。

 その石碑が何であるか、飛翔は一目見て分かった。


 神殿の井戸の一部だ!

 やっぱり聖杜せいとはあの砂の下に埋もれているんだ!


 あの深い森がなぜ砂漠に代わってしまったのか?

 いったい何が起こったというんだ?


 込み上げる悲しみと疑問に打ちのめされて呆然と立ち尽くしていると、ひょいと男が振り返った。


「おや、起き上がれるようになったんだな。良かった良かった」

 

 振り返ったその顔は日に焼けて、経年以上の皺が刻まていたが、人の好さそうな風貌から、単なる笑い皺のようにも見えた。

 男は顔全体でくしゃっと笑うと、

「ミイラ取りがミイラになるところだったな! はっはっは!」

 と陽気に笑った。


「どうだーこの石碑すごいだろ! 君が倒れていたところで発掘したんだぞ。あの辺りは砂が深くてな、今まで何回か発掘に行っているのに、何も出なくて、困っていたんだよ。でも、今回はすごかったんだぞー! こんな大きな石碑が二個も見つかって!」

 

 男は興奮したように、まるで少年のようなキラキラした瞳で話を続けた。


「やっぱり、私の思った通りだ! あの砂の下には、でっかい古代文明が眠っているに違いない。砂漠でどうやって生活していたかはわからないけれど、まあ、私がこれからじゃんじゃん発掘すれば、きっといろんなことが分かってくるはず。ふっふっふ、私は歴史学者だからな。昔の人々が何を考え、どうやって生活していたのかを知ることは、これからの我々の生活に大いに役立つ情報のはずだ! この私が、その謎を解き明かしてくれるぞ! 歴史は、人類の知恵の宝庫だ!」


 男が期待いっぱいに腕をおーっという形に振り上げようとした時、扉からフィオナが現れた。


「お父さん! 朝から大声挙げないで!」


 お父さんと呼ばれた男は、急にバツの悪そうな顔でフィオナを見た。


「あら、飛翔起きていたのね。眠れなかった?」

「いや、よく眠れた。ありがとう」

「この能天気おやじが私のお父さん。名前は、ドルトムントよ」


 ドルトムントは、頭を軽くかきかき、飛翔に手を伸ばしてきた。

「私は、歴史学者のドルトムントだ。飛翔ヒショウ君だったね。よろしく!」

「こちらのほうこそ、お世話になって、ありがとうございました」

 

 飛翔は感謝を込めて、その手を取り握手した。

 

 聖杜せいとの滅亡を知って、暗い気持ちになっていた飛翔にとって、先ほどのドルトムントの言葉は、ポッと胸に一筋の光を灯してくれた。


 俺がここに来たことは、きっと何かの意味があるはずだ。

 その意味を見つけるまでは……


「ドルトムント、あなたは歴史学者なんですね。では、この国の歴史に詳しいんですよね。私に教えていただけませんか?」

「飛翔君、君はなかなか見どころのある青年だな。いいぞいいぞーいくらでも教えてやるぞ!」


 ドルトムントは嬉しそうにぱーっと顔を輝かせた。


「ちょっと、飛翔。お父さんをあんまりおだてないでくれるかしら?」

 フィオナが口をはさんだ。


「歴史を知ることはいいことだって、私もわかっているわよ。お父さんのやっていることは偉大な事だってわかっているしね。でもねぇ、お父さん、発掘にはお金がかかるのよ。そのお金はどこから湧いてくるのかしら?」

 

 フィオナはドルトムントにとにじり寄ると、と言葉を浴びせた。


「お父さんが発掘したではご飯は食べていけないの。少しはお金になりそうな物も掘り出してくれないかしら? 本当のお宝をね!」

「いやーいつもお前には感謝しているよーフィオナ。美味しいご飯を作ってくれてー。もちろんハダルとジオにも。色々他で働いてくれているんだよな。いつか恩返しできるようにがんばるからさ」

 

 ドルトムントがなだめるように、ニコニコ笑いながらフィオナに言うと、やれやれという顔でフィオナも笑った。


「朝ご飯つくるから、待っていてね」

 二人にそう言うと、部屋を出て行った。

「飛翔もまだ無理しちゃだめよ!」


「妻が死んでから、フィオナには苦労ばかりかけているからな。頭があがらないんだよ。でも、最高の娘だろう!」

 ドルトムントは嬉しそうに笑いながら、

「歴史の勉強は朝ご飯を食べてからにしよう。まずは、顔でも洗ってこよう」

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