第6話 禊祭

 『聖杜せいとの民の誓い』が彫られた大理石の壁を見つめながら、飛王ひおう飛翔ひしょうに語りかけた。


「飛翔、これまで『ティアル・ナ・エストレア』の継承者は一人だった。けれど、俺たちは双子として生まれた。きっとこれは、二人で継承しろという、宇宙の神の言葉だと思う。二人で引き継ぐことに、何らかの意味があるはずだ。だから、これからも俺を支えて欲しい」


「もちろんだよ、飛王。俺はいつでもお前の傍にいる」

 飛王はその端正な顔を悲し気な表情に変えると、飛翔の瞳を真っ直ぐに見て、先ほどまでとは反対の事を言った。


「飛翔、禊祭みそぎさいが終わったら、お前はその指輪で時の輪をくぐって逃げろ」

「え! 飛王、何を言っているんだ!」

 飛翔は思ってもみなかった飛王の言葉に驚く。


 今回の継承者交代は、予期せぬ出来事だった。

 いや、不穏な前兆は度々認められた。

 だから用心はしていたのだが、まさかこんなに早く王の命が奪われるとは思ってもみなかったのだ。

 

 二人の父である、彰徳王しょうとくおうが毒殺されると言う、聖杜せいと始まって以来の悲惨な事件があったため、突然成人前の王子が継承しなくてはならなくなった。


 今まで、他の国から軍隊をもって攻めて来られたことは多々あった。

 だが、王の毒殺事件など起こった事が無く、起こるはずがないと思われていた。

 なぜなら、王を毒殺できるほど近しい人間が、王を裏切るなどと言うことは、使命感の強い聖杜の民にとって、考えることすらできない出来事だったからだ。

 

 身内を疑う……それがどれほどバカげた考えであるか。


 だが、毒殺の犯人もまだ分かっておらず、犯人の目的は恐らく、『ティアル・ナ・エストレア』の略奪。

 ならば、せめて二つの神器がそろわないようにすれば、危険が半減するはず……飛王はそう考えていた。


「指輪を時の輪の中に隠すんだ。二つともそろっていたら、いつ何者に奪われるかもしれない」

「確かにそうかもしれないが……それでは俺は飛王のそばに居られない」

「大丈夫。俺たちは双子だ。どこにいても、心は繋がっている。継承者が二人。その意味は、きっとこういうことだと思っているんだ」

「……」


 飛翔が戸惑いを隠せずに黙っていると、


「リフィアも一緒に連れていけ」

「え!」


 飛王が穏やかな口調で言った。


「一人で時の輪を超えるのは寂しすぎる。きっとリフィアも一緒に行きたいはずだ」

「飛王……」

「とは言っても、どうやって時の輪をくぐり抜ければよいのかは、わからないけどな」

 飛王は情けない顔でそう言った。

「父上がご存命だったら、その方法も共に引き継ぐ事が出来たはず」

 飛翔もそう言って唇を噛み締めた。


 そこまで話したところで、最高司祭の真成しんせいが禊祭を取り仕切るために入場してきた。

 二人は会話を止めて井戸に向き直る。

 そこへ、真成しんせい以外の人影を見かけて、飛王の目が鋭くなった。


真成しんせい、禊祭は、お前と私たち三人だけで執り行うはずだが」


「少々事情が変わりまして」


 『聖杜せいとの民の誓い』を率先して守ってきたはずの神官の思いもよらぬ言葉に、飛王と飛翔は身を固くした。


「王子様方、大人しくその剣と指輪をお渡しください。それは神親王シェンチンワン様が持つべきもの。あなた方では荷が重い。真の継承者は、天空国チェンコンの覇王、神親王シェンチンワン様です!」

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