第5話 聖杜の民の誓

 聖杜国セイトの民は、二十二歳の成人の儀において、『知恵の泉』の前で五つの誓に誓約する。


『知恵の泉』を守り、泉の守り手の『ティアル・ナ・エストレア』を守るために。


 一つ 知恵の泉はエストレア星の宝であり、未来永劫守るべき宝と心得ること。

 一つ 知恵の泉は何人の物でもなく、個人の欲のために独占されることのないように守る盾となること。

 一つ 知恵の泉から得た知恵を生かして、平和で友好的な生き方をすること。

 一つ 泉から得た知識を持って広く世界へ旅立ち、エストレアの民の幸せに貢献すること。

 一つ 聖杜国の位置や詳しい出自については、旅先にて一切人に語らないこと。


 そして、この誓約の言葉は、『知恵の泉』を囲む大理石の壁に、花のような文字、古代エストレア語にて記されていた。



 古より、泉を守ってきた聖杜国の民が、常に平穏に生きてきたわけではない。この地が古の地と疑う隣国から、度々侵略の危機にさらされた。


 だが、『誓の言葉』の通りに不戦を掲げる彼らには、組織的な軍隊は無く、自衛のためのわずかな兵力しかなかった。


 軍の無い聖杜国であったが、不思議なことに、決定的に破壊されること無く生き残ってこれた。それは、山火事であったり、豪雨であったり、様々な自然災害によって守られてきたから。


 人々はそれを、『ティアル・ナ・エストレア』の力だと思っていた。


 そんな巨大な力を持ちながらも、聖杜の民は静かに生きていた。

 自給自足の生活、奢ることなく、無用な争いを避け、旅先では名乗ることなく、その地に骨を埋める覚悟を持って旅立つ。

 言葉も文化も隠し、周りの国と同化するような暮らし。

 碑文の文字、古代エストレア語花文字は封印され、暗号としてだけ使われるようになった。


 全ては泉を守る民としての使命感ゆえに。



 飛王と飛翔が『ティアル・ナ・エストレア』を継承しようとしていた頃も、聖杜国の周りには、様々な国が犇めいていた。


 陸の通商路の中継地ザイード国。海洋国家バルディア国。宝燐山を越えた向こうにはキリト王国。そして、緑多き青海国セイカイ


 古代エストレア後を封印した聖杜の民は、城壁の外へ出た際には、隣国青海国セイカイと同じ文化、言語を使ってカモフラージュを欠かさなかった。



 だが、三つの国を吸収してもなお、資源と人材を求めて侵略を続ける大国、天空国チェンコンが、青海国を次の標的とした。


 戦いの火の手は、すぐそばまで近づいていた。


 聖杜国の行く末をどうするのか?

 選択の時期が迫っていた―――

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