怒りと後悔、そして恐怖
【携帯繋がらないし、家にもいないみたいだし、どこにいるの? 身体は大丈夫なの?】
複数件入っていた尋からのメールの、最新のものを確認、返信する。
【ごめん。気づかなかった。今から、そっち行くわ】
舞花は、御津宮の話を信じるならなにも知らないのだろう。
おそらく、辻先輩と松本はクロだ。
なら尋は、尋はどうだったのだろう。
しかし、俺の詳細をリークできる人間など、あいつ以外には思いつかない。
「ユウキちゃん! どこ行ってたの!? 心配したんだよ? でも、無事でよかったあ」
玄関を開けた瞬間、制服姿の尋が駆け寄ってくる。
「ああ、悪い。ところで尋、大事な話がある。部屋、上がっていいか」
「うん? 大事な話って? いいけど、散らかってるよ」
「ああ、知ってるよ。そんなの今更だろ」
「もぉ、少しは期待してくれたっていいじゃないー」
尋の後について二階の尋の部屋へ。
「親父さんやお母さんは?」
「んー? 二人とも仕事で出かけてるけど。車、なかったでしょ」
「ああ、そうだな」
なんとなく、念のために聞いてみた。
相変わらず汚い尋の部屋。コミックスや生物模型、機械類が無秩序に積み上がって足の踏み場もない。天井に吊り下げられた鳥籠が混沌に影を落としている。俺たちはこの部屋の唯一の聖域、ベッドの上に腰かけた。
「で、なんなの? 大事な話って」
身を乗り出し、尋が問う。
「ああ、俺の、昔言ってただろ、記憶喪失についてだよ」
「なんかあったの。アレって戻ったんだよね」
「実は、戻ってないんだ。半年間の話だし、そこまで支障もないから黙ってたけど」
尋を心配させまいとして吐いていた嘘を、撤回する。小さく息を飲む音が聞こえた。
「そう、なんだ」
尋の声は少し悲しそうだった。
「当時何度も聞いた話だけどさ。その半年間、俺がどんなだったかもう一度教えて欲しいんだ」
「え? うん、いいけど。昔の話だし、そんなに詳しいことは覚えてないよ」
「それでいい。覚えている限りでいいから、頼む」
その後、尋が語った内容は、やはり以前聞いたものと同じ。時々メモライズにのめり込んでいった俺が、急速に二次元至上主義者の道を辿って行ったという話だった。
「あの頃のユウキちゃん本当に、なにかに憑りつかれたみたいな感じだった。今じゃわたしも話について行けるようになったけど、当時は結構びっくりしたんだよ。急にどうしたんだろう、って」
そして俺は、現実の人間には強烈な苦手意識を持つようになり、実際に会話をする人間は尋くらいになった。おおよそ今のような形の完成だ。
「だけどユウキちゃんは、そこに至るまでの半年の記憶を忘れてしまっていたの。どうしてかは分かんない。頭を打ったとか、そんなこともなかったと思うんだけど」
「そうか」
「でも、どうして今頃聞いてきたの?」
「お前はさ、御津宮と以前から知り合いだったのか?」
「どういうこと? 知り合い、じゃないけど」
質問を質問で返した俺に、尋は困惑する。
「実は今日、御津宮と会ったんだ」
尋の身体が、微かに震えた気がした。
ここから先は、どう話したものか。
いや、全て話すべきだろう。この際。
俺は、思い出の少女の件から、最近の時メモじみた状況、暗号解読からついさっきの話に至るまでを、尋に話し続けた。この長身寝癖の幼なじみの反応を、そのつど窺いながら。
「そんな、そんなことがあったんだ」
長い長い俺の話を聞き終えて、尋は言った。
そして、次の言葉を探して黙り込んでいた。
もしかしたら、この状況を尋に伏せていたことにショックを受けているのかもしれない。
だが、
「お前はこの話、本当に知らなかったのか?」
「え?」
俺は尋の言葉を待たずに、やや強めの口調で問う。
「時メモを意識させる五人の中には、幼なじみのお前も入っている。本当にお前は、なにも知らないのか? あいつに、御津宮になにか依頼されたんじゃないのか」
尋は、予想外に高圧的な様子に、おどおどし始めた。別に尋をいじめる気なんてない。けれど、今までの疑問や混乱に寄った溜めこまれた俺のストレスは、抑えようとしても抑え切れるものではなかった。
「な、なんでそんなこと言うの。わたし、わたしなにも知らないよ」
「そうか、じゃあ質問を変えるぜ。お前が話してくれた俺の空白の半年間の話、アレについて俺になにか隠し事はしてないか?」
「し、してないよ」
やっぱり、歯切れが悪い。
尋はなにかを隠している。
「お前から聞いた半年間の話の中には、御津宮のことはまるで出てこなかった。でも、あいつがあれほど言うことが実際にあったのなら、お前だってなにかは知っているはずなんだ。だって俺とお前は四六時中一緒にいたんだから! それに、あいつは記憶喪失の件には関わってないと言っていた。じゃあお前はどうなんだ。お前が関わっていて、なにか隠してるんじゃないのか? とにかく、俺が普通にギャルゲーにのめり込んでいっただけ、なんてことはないはずだろ! なにか、なにか他にあるはずだろ!!」
言葉を重ねるごとに、責めるような口調になっていった。
尋は、唖然としてそれを聞いていたが、
「ううっ。ひどい、ひどいよ」
やがて、悲痛な声を上げた。
「なんで、なんでそんなこと言うの? ユウキちゃん」
尋は俺の腕に両手を回してしがみつく。体重を預けてくる。
「だって、わたしがなにを言っても、肝心のユウキちゃんの記憶が戻ってないんなら、どうしようもないじゃない。ユウキちゃんがわたしを信じてくれなきゃどうしようもないよ」
俺の腕を抱く尋の力が強まる。俺に倒れ掛かるような体勢で、今だけ俺より少し低い位置にいる尋が俺を見上げる。
「ねえ、教えてよユウキちゃん。わたし、なにをすればいいの。どうすればわたしを信じてくれるの? ねえ、教えてよ。信じてよ、ねえ――――」
「ッ! やめろよっ!」
俺は思い切り腕を振って尋を引き剥がす。
尋は仰向けにベッドの上に倒れ込む。
そのままの体勢で、尋は繰り返す。
「ねえ、わたしはなにをしたら信じてもらえるの? ユウキちゃんは、わたしがなにをすれば満足するの?」
俺はその姿を見て、とても恐ろしい、してはいけないことをしてしまったことに気付く。
大好きだった幼なじみに。世話を焼きながらも、それ以上に世話になっていた彼女に対して、なんてことを。
俺は怖くなった。
このままだと、溜まりに溜まった鬱憤を、全て尋にぶつけてしまいそうで。
俺はベッドから立ち上がり、急いで部屋の外へと向かう。
「どうかしてる。今日の俺はどうかしてたんだ。最近色々ありすぎておかしくなっちまったんだ! ごめん、本当にごめん! 許して、許してくれ、尋――――」
尋の方を振り向く勇気はなく、俺は雪島宅をあとにした。
家に帰って二次元の存在に囲まれても、一向に心は落ち着かない。
布団にくるまって、時たま意識が飛ぶことはあったが、
俺はほとんど眠れずに夜を明かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます