希望的観測、交わす約束

「あ、ゆーくん! 今日も来てくれたんですね! 会えてうれしいです」

 多くの苦難を乗り越え、疲れ切った身体を引きずりながら公園にやって来た俺は、舞花の朗らかな呼びかけに心底救われた。

「こっちこそ、舞花が今日もいてくれて、よかったよ……」

 夕暮れ、公園のベンチに座る舞花には、一種の神々しさすら感じる。流れ星の髪飾りといい、髪形といい、服といい、星川渚というギャルゲーヒロインに酷似した、不思議な少女。俺はこの少女に、やっぱり心を奪われていた。

 二次元至上主義者、失格かもしれない。

 けど、こうして舞花と楽しく話せるのなら、俺はどうして今まで「こんな風」になっていたんだろう――――。


「ゆーくん、ゆーくん、大丈夫ですか?」

 柔らかな声に、目を開ける。後頭部には温かく柔らかな感触。

 ぼうっと浮かび上がる女の子のシルエット。あれ? このアングルって、確か星川渚の膝枕シーンのCGで、

「う、わっ! ご、ごめん!!」

 意識が覚醒するとともに、俺は飛び上がる。どうやら、舞花に膝枕されていたらしい。

「あ、あたしは全然構わないんですけど、ゆーくんは大丈夫なんですか? いきなりふらついて、倒れちゃうし」

 ああ、そうか。俺は舞花の姿を見つけて、気が抜けて倒れてしまったのか。

「ごめん。はは、本当に体力無いな、俺」

 精神的な体力は、特に。


「倒れるなんて普通じゃないですよ。ゆーくん、具合悪いんじゃないですか?」

 舞花は心配そうな声で言い、俺の額に掌を当てた。

「ちょ」

「熱、見てるだけですよ」

 それはそうなんだろうけど、躊躇いのない行動に俺の鼓動が跳ねる。

「やっぱり、熱い」

 舞花は手を引く、その感触が名残惜しい。

「今日はもう、帰った方がいいんじゃないですか? きっと風邪かなにかですよ」


 ああ、そうか。俺は、今日の異様な疲労感の正体を悟る。

 いくら俺が人見知りで、大量の三次元人と関わったからといって、それだけでここまで疲れるとは考えにくい。最近色々ありすぎて、疲れたところを風邪にやられたのだろう。

「大丈夫だよ。まだそんなに辛くはないし、もう少し舞花と一緒にいたいな」

 熱に浮かされて、俺は馬鹿なことを言う。

「もぉ、無理は駄目ですよ」

 舞花は照れくさそうな声を出して、真面目に応じる。やっぱり、可愛いなぁ。

 ポケットの中のスマホが震える。


【ちゃんと休んでるー? ゲームとかしてちゃだめだよ?】

 尋だった。

【大丈夫。心配かけてごめんな。けど、そっちにはいけないから、今日は適当に飯見繕って食べてくれ。俺は寝るよ。お前も疲れてるんだから、帰ったら早く寝ろよ。じゃあ、おやすみ】

 会話を打ち切る返信をして、スマホを再びポケットにしまう。

 そして新たな振動が来てもスマホを開くことはせず、俺は舞花と話をした。尋に嘘をついてしまったことに若干の罪悪感を覚えたものの、それは楽しい時間の中に溶けて行った。


 辺りはもう、夜の色だ。

 ずっと舞花と話をしていたいけれど、時間は容赦なく進んでいる。

「あ、お兄ちゃんからだ」

 呪わしい、兄からの着信。舞花との逢瀬を終わらせる音だ。


「あと十分で来るって?」

「はい」

 来るのが遅れるっていう電話だったらどんなに良かっただろう。

「あのさ。ちょっと聞きづらい質問していい?」

「はぁ。いいですけど。あ、変な質問はなしですからね」

「いや、真面目な話だよ」

 舞花ですら嫌がる変な質問って。一体なんだろう。ちょっと考えてしまう。

 舞花は、こちらにしっかりと向き直って姿勢を正す。

「わかりました。どうぞ」

 舞花は不思議な子だ。それは魅力なのだが、分からないことが多いという不安でもある。

 俺は彼女のことをもっと知りたい。

 藤堂舞花という、どこか儚げな存在を、はっきりとさせたいのだ。


「記憶障害の件なんだけど。その、医者とかには、通ってるの?」

「通っては、ないですね」

 微妙な言い回しだ。

「家に、来てくれてるとか?」

「えーっと。実は、お兄ちゃんが、お医者さんなんですよ」

 予想外の回答に俺は驚く。お兄ちゃんとお医者さんごっこ、だと? いやいやいや! 馬鹿な想像はよせ。真面目な話を振ったのは俺だろう。

「そうなんだ。で、どうなの。治りそうなの?」

「もうすぐよくなるから、心配するなって」

「記憶が、もうすぐ戻るってこと?」

「それは、どうなんでしょう。ただ、前にも言いましたけど、あたしは今も記憶が曖昧になったり、物忘れが激しかったりするんですよ。その辺は治るだろうって言ってました。普通に生活することができるようになるだろう、って」


 嬉しい話だった。舞花が治って、例えばウチの学校の俺のクラスに転校してきてくれたら。なんて妄想を思わずしてしまう。

「そうなるといいなあ。ところで、舞花は、本当に星川渚を知らないんだよね」

「ああ、渚ちゃんですか。はい。知らなかったですね」

 そう。彼女は星川渚を知らなかったと言う。

 しかし、目の前の少女は渚に似過ぎている。髪形も、服飾も、雰囲気も。

 と、いうことは、

「笑わないで聞いてほしいんだけど、多分舞花の失われた記憶の中には、きっと渚に関するなにかがあると思うんだ」

 舞花は、失われた記憶の中の星川渚に影響を受けている。そう考えれば、藤堂舞花という不思議な存在の説明がつく。

「そして、多分だけど、俺の失われた記憶の中にも同じものがある」

 俺は最近の、まるで時メモのような現状についても説明した。


 舞花と尋、三大変人を足した五人。

 時メモとのヒロイン同数、同属性の女の子たち。

 時メモと同じ高校二年生というタイミング。


「へぇ、すごいですね。すごい偶然。偶然、なのかな」

 この、ある意味もっとも馬鹿馬鹿しい話も、舞花は笑わずに聞いてくれた。

「どこからどこまでってのは分からないけど、とにかく単なる偶然じゃないと思うんだ。そうだ、お兄さんに星川渚のことを伝えてみたらいいかもしれない。なにか分かるかも。ああ、もちろん、さりげなくね?」

 相手が舞花でなければ、妄想狂として病院を紹介されそうな提案ではある。

 だが俺の実感としては、全てがただの偶然であるという方がおかしいのだ。

「そうですね。そうしてみます。……あ、あれは、お兄ちゃんの車かな」

「げ」

 公園の入り口近くに、車が止まる。まずい、俺は公園の裏口から脱出を図る。兄に目なんかつけられたら、今後会えなくなるかもしれない。

「そ、それじゃ! また」


「ゆーくーん!」

 背中に舞花の呼びかけを受けて、俺は動きを止める。

「なんだか色々大変そうですけど、困ったときは遠慮なくあたしを呼んでくださいねー! あたしだってゆーくんの力になりたいんですからねー!」

 実にありがたい言葉だった。俺は手を振って応え、公園を出る。

 まぁ、連絡先とか知らないんだけどね。

 気持ちだけ受け取っとくよ。


【ゆっくり休んでね。お大事に】

 ベッドに倒れ込み、さっき来ていた尋からのメールを確認する。

 わりぃ、尋。お前の忠告を無視した報いで、体調がヤバい。

 だけど今日も舞花に会えて、よかった。


 時々メモライズは「思い出の女の子」を探すゲームだ。

 奇妙に重なる、俺の現実。

 断片的な、思い出の少女の記憶。

 記憶障害を持つ、俺と舞花。

 このパズルが、どのような形に落ち着くのか、まだ分からないけど、


 俺の思い出の少女は、きっと舞花だ。

 たとえ違ったとしても、この不思議な縁をきっかけに、ここから始めていけばいい。

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