15 ぼくと黒い影の秘密 3

「これが、雷獣か」

これ・・とはなんであるか。俺様はいと気高き存在なのであるぞ!」

 机の上で腕組みをしてふんぞり返っているハクさんを見て、おとうさんはすごくうれしそうだった。

 おとうさんはタマさんが猫又だって知ってるから、ハクさんのことを隠す必要ないし、おとうさんにも話を聞いてほしかったから、ハクさんには姿が見えるようにしてもらったのだ。

 妖怪の姿をちゃんと見たことがないおとうさんは、すごくよろこんでいる。


「それで、タマのことなんだが」

「ちびには言ったのであるが、一帯のことは、それを統べる者に問うものである。道祖神がおるではないか」

「……そうか、土地神か」

 おとうさんが、うなずいている。ぼくにはよくわからないけど、おとうさんは知ってるらしい。

 どういうことなのか訊いてみると、説明してくれた。

 上坂かみさかは、神さまが住んでいた場所らしい。おかあさんのほうのおばあちゃんたちが住んでいる中津なかつは、今ではにぎやかな町だけど、大昔はそうでもなくて。神さまが住む山のすそに広がっている村だったらしい。

「市内には、上中下って名前がついてるところがあるだろう? 上坂かみさか中津なかつ下地しもじ下島しもじま。坂の上に神さまが暮らす土地があって、そこから川を使って海のほうまで恵みをもたらしていたんだ。下島の辺りは、島って付いてるとおり、昔は海だったってことだな」

「ハクさんが言ってるどうそしんっていうのが、その神さま?」

「というか、神さまを拝むために建てた石像や石碑だな。だが、道祖神は主に土地神だ。ハクさんが言ったように、地域を見守り、護ってくださるモノだ」

「ちびよりは理解が早いな、人間の男」

「光栄ですね」

 それからおとうさんは、スマホでおじいちゃんに電話をかけた。タマさんのことを知りたいなら、おじいちゃんに訊いたほうが早いってさ。

 おとうさんから電話を受け取って、ぼくはおじいちゃんに説明する。

「おじいちゃんのとこにいるときは、タマさん、お出かけすることはなかったの?」

『タマは軒先で寝泊まりしていたからな。飼い猫のような暮らしはしていなかったから、どれぐらいのあいだ、家を空けていたのかまでは、わからん』

「……そっか」

「タマが姿を消すのは、おそらくけがれを清める意味もあるんだろう」

「けがれ?」

 良くないモノを取りこむと黒くなる。あれのことを、けがれっていうらしい。

 三方の家は、すぐ近くに天狗さまが住む山があった。ふしぎなモノたちが暮らす世界に近い場所だったから、タマさんもそうそう黒くなることもなかったけど、こっちはそうでもないのかもしれない。

 ぼくが寄りつかれやすいから、ぼくのかわりにタマさんがいっぱいいっぱいケガレて、病気になっちゃったのかもしれない。

『タケル』

「なあに?」

『おまえは悪くない』

 ぼくはドキっとした。

 おじいちゃんには、ぼくの考えてること、わかっちゃったのかな。

『タマはそんなに弱くない。じいちゃんだって年齢を知らないんだ、それぐらい長生きの猫だ。タマが戻ってこないのは、それなりの理由があるんだろう。でも、それはタケルや、家を守るためだ』

「守る?」

『タマはそういう面倒見のいいやつだ。そうだろう?』

「……うん、そうだね。タマさんはやさしいもんね」

 それから、おとうさんに電話をかわって、なんかむずかしい話をしているのを見ながら、窓の外を見る。外は暗くて、雨がしとしと降っていた。

 そうだ。クーの姿、見えるのかな。

 ぼくが外に行くと、ハクさんがいっしょに付いてきた。「ちびはまた、不用意なことをしでかしかねないのである」とか言ってたけど、きっとぼくのことをしんぱいしてくれてるんだ。ハクさんもやさしい、いい妖怪さんだ。

 サンダルを履いて、勝手口から外に出ると、雨の音が強くなった。

「坊ちゃん坊ちゃん」

「ケロさん! どうしたの、こんなところに来て」

「犬っころが迷っていたから、連れてきたでようよう」

 ケロさんがピョコンと跳ねると、地面が盛り上がるみたいになって、まるっこい形になった。それがもこもこ動いて、クウーンとちいさく鳴く。

 クーだ!

「クー?」

 ぼくが呼ぶと、土のかたちが変わる。顔と胴体、四本の足。くるんと巻いたしっぽが揺れて、ぼくの足もとを通りぬける。

 黒い子犬。黒柴の子ども。

 ぼくが知っている、かつてクーだと思っていたとおりの姿で、ぴょこぴょことしっぽを振ってぼくを見ている。

 そおっと手を伸ばしてみると、ちゃんと頭を撫でることができた。持ち上げて抱っこもできる。

「影であるな」

「かげ?」

 クーを見て、ハクさんが言った。

「影にひそむモノ。いましがた闇に溶けこんでいたように、普段は姿を見せぬのである。だが、それを眷属けんぞくとなせば、光のなかで具現化することも、可能となるのである」

「けんぞくって、なに?」

「……まあ、ちびにもわかるように言うのであれば、あやかしと友になる、ということである。無論、供物は必要であるが」

「つまり、ごはんをあげて、ぼくの飼い犬にするってことだね」

「坊ちゃんと犬っころは、すでに主従であるある」

 ケロさんが、ゲコゲコ笑う。

 そんなことをした覚えはないんだけど、クーがぼくになついてくれてるってことだろう。だったら、うれしいなあ。

「あのね、ケロさん。ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんですかい?」

「ぼく、タマさんを捜したいんだ。そのためには、道祖神さまのところに行かなくちゃいけないみたい。いっしょに行ってくれない?」

「坊ちゃんがお困りなら、お助けするのはやぶさかではないない」

「ハクさんも、いっしょに行ってくれる?」

「乗りかかった舟なのである。仕方がないのである」



    □



 翌朝、土曜日。

 ぼくはリュックサックにいろんな荷物を入れて、家を出た。

 家の外で待っていたケロさんは地面を跳ねる。姿を消したハクさんは、ぼくといっしょに地面を歩く。クーも、ぼくの足もとを歩いている。筆じいは、ぼくがかぶった帽子の上だ。

 途中で学校に寄って、コンさんを呼ぶ。リュックから取り出した水筒のお水と、おまんじゅうをちぎってあげると、コンさんは学校の外に出られるようになった。

 なんか、きびだんごをあげておともをつくる、桃太郎みたいだ。


 神社からつづく道を歩いていくと、山のほうへ行くんだけど、山道にはいるまえのところに、お地蔵さんがいる。

 それが、ケロさんやハクさんが言うところの「道祖神さま」らしい。

 お地蔵さんのところにある器に水を入れて、あたらしいおまんじゅうをひとつ、お供えする。


「おはようございます。ぼくは、クサナギタケルっていいます。きょうは、おねがいがあってきました」

『――草薙の童か』

「はい。タケルです。よろしくおねがいします」

『そうかしこまるでない。我は、ただ見守るだけの者』

 お地蔵さんのほうから、声が聞こえた。男のひとなのか、女のひとなのかもわからない、ふしぎな声だった。

『あの猫又のことで来たのであろう?』

「タマさん、どこにいますか?」

『ヒトは立ち入れぬ裏の世界』

「どうやったら、そこに行けますか」

『真昼の闇に、それは潜んでいる。闇を踏み、扉を開くがよかろう』


 なんか、なぞなぞみたいなことを言うなあ。

 ぼくの足もとで、クーが鳴いた。

 午前中の太陽は、ぼくの足もとに、ぼくの背よりも長い影をつくっている。

 ところどころが欠けて、穴があいているアスファルトに、くっきりと濃い影をつくっている。

 黒い影。

 暗闇。


「わかったよ、道祖神さま。タマさんは反対側にいるんだね」

『お気をつけ。影に惑わされないように』

「だいじょうぶだよ、みんないるし」

 一本足のカエルが喉をふくらませて、まっしろいキツネがふさふさのしっぽを振る。ふたつに分かれた灰色のしっぽに、くるんと巻いた黒いちいさなかわいいしっぽ。

 みんながぼくを助けてくれるんだ。


 ぼくは太陽に背中を向ける。

 ぼくの形をした影が、地面にうつっている。


 影を踏んで歩くゲームだ。

 ケロさんが、ぼくの影に飛びこんだ。ぽちゃんと波紋を広げて、ケロさんが消える。つづいてハクさんが空へ上がると、プールの飛びこみ競技のひとみたいに、くるっと前まわりをして、影のなかに消える。コンさんは、その場でジャンプして影のなかへ。

 クーはもともと、ぼくの影にいることが多いから、そのままずぶりと消えた。

 さいごはぼくの番。

「筆じい、行くよ」

「良いとも」

 右足を大きく上げて、ぼくは、「ぼくの影」を踏んだ。



   ■ ◆ ■



 裏の世界っていうのは、神社のところで見たような、暗くてじめじめしたところだとばっかり思ってたけど、そうじゃないところもあるみたい。

 そこは、ついさっきまでいた場所とおんなじだけど、ちょっとだけちがう。

 具体的に言うと、右と左が逆になっている、鏡の世界みたいなところだ。

「坊ちゃんは、ここで待つ待つ」

「え、でも――」

「ここは、ヒトではない世界。オイラたちの領分領分」

 そうか。ぼくはブガイシャだもんね。関係者以外立ち入り禁止ってやつだ。

 リュックサックからおまんじゅうを取り出す。

 手でちぎって、足もとをうろうろしている小人さんにあげると、ぴょこんとおじぎをして走っていった。

 右がわの草むらからも、なにかが出てくる。おなじように、おまんじゅうをあげる。

「猫又のタマさんを見かけたら、ぼくがここにいるって伝えてくれる?」

 名前も知らない、なにかの動物にも、ぼくはおねがいをする。

 おまんじゅうは、どんどんちいさくなっていく。

 そのたび、小人さんや小動物が増えていく。


 ついにおまんじゅうがなくなって、供物がなくなっちゃったので、ぼくは座って待つことにした。

 リュックサックから、秘密ノートを取り出して、いまのことを書いていく。

 道祖神さまのこと。

 影のなかの、反対になった世界のこと。

 ケロさん、コンさん、ハクさん、クー。

 みんなが中心になって、タマさんを捜してくれていること。


 文字を書いていない空いているスペースに、猫の絵を描く。

 身体の横のところに、三角とまるい形の模様をつける。

 タマさんの絵。


 ニャー


 猫の声が聞こえて、ぼくは顔をあげた。

 茶色と黒色、ふたつのしっぽが、ゆらりと揺れる。


「……タマさん?」

「こんなところで、なにやってるんだいおまえ」

「タマさん!」

「蛙やら狐やら犬やら、おまえもずいぶん能力ちからを広げたもんだね」

「でも、ぼくはタマさんがいちばん好きだもん」

「……まったく、手のかかるやつだね」

 まだまだ引退はできないじゃないか――

 そう言ってタマさんは、いつもみたいにぼくの足に身体をこすりつける。ふわふわの毛が気持ちいい。

 手を伸ばして、ぎゅっと抱っこする。

 いつもとおなじ、あったかい、おひさまの匂いがした。

「さて、タマ殿の浄化も終わったようだし、表の世界に戻ろうか」

 筆じいはそう言うと、ポンと筆に姿を変えた。ぼくはそれを手に持って、立ち上がる。

 墨はないけど、きっと書けるんだ。クウーンと鳴く黒い子犬の身体を筆で撫でると、筆の先に黒い色が移る。

 それを持って、ノートの新しいページにドアの絵を描く。

 秘密のノートは、ふしぎなことがいっぱいつまった、ふしぎの入口なんだ。

 あんまり上手じゃないドアの絵が、ぼくの前にあらわれた。ドアノブを開くと、そこはまっくらだった。

 ケロさんが、そこへ飛びこむ。ハクさんが、コンさんが、クーが、闇にのまれて消える。

 ぼくはノートをリュックにしまって、あったかいタマさんを抱っこする。

「うちに帰ろうね、タマさん」

「腹が減ったねえ」

「タマさんの好きなカリカリ、買ってあるよ」

「――それは楽しみだ」

 ぼくは、ドアのなかに、足を踏み出した。



   ■ ◆ ■ 



 もとの場所にもどると、もう太陽が逆の方角にある。時計は持ってないけど、もしかしたらめちゃくちゃ時間がたってるのかもしれない。

 ほら、ああいうところは「時の流れがちがう」とか、よくあるじゃんか。

 お地蔵さんにおじぎをして、ぼくたちは家に向かう。


 神社のところで、ケロさんと別れる。


「オイラはここで」

「ありがとう、ケロさん」


 となり町につづく道のところで、ハクさんと別れる。


「俺様は、稲荷に立ち寄って帰るのである」

「ありがとう、ハクさん」


 学校のほうへ足を向けて、裏門のところでコンさんと別れる。


「では、またね、タケルノミコト」

「ありがとう、コンさん」


 家に向かって歩く。

 ぼくが歩く右側を、クーが歩く。

 ぼくが歩く左側を、タマさんが歩く。

 ぼくがかぶる帽子の上で、筆じいが座る。

 ぼくが背負うリュックサックの中で、秘密ノートと筆ばこが、ことこと揺れる


 ぼくの足もとから、影が伸びる。

 ぼくのうしろから、影がついてくる。


 門をあけて、そうしてぼくは玄関の扉を開いた。


「ただいま!」

「ニャー」





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