15 ぼくと黒い影の秘密 3
「これが、雷獣か」
「
机の上で腕組みをしてふんぞり返っているハクさんを見て、おとうさんはすごくうれしそうだった。
おとうさんはタマさんが猫又だって知ってるから、ハクさんのことを隠す必要ないし、おとうさんにも話を聞いてほしかったから、ハクさんには姿が見えるようにしてもらったのだ。
妖怪の姿をちゃんと見たことがないおとうさんは、すごくよろこんでいる。
「それで、タマのことなんだが」
「ちびには言ったのであるが、一帯のことは、それを統べる者に問うものである。道祖神がおるではないか」
「……そうか、土地神か」
おとうさんが、うなずいている。ぼくにはよくわからないけど、おとうさんは知ってるらしい。
どういうことなのか訊いてみると、説明してくれた。
「市内には、上中下って名前がついてるところがあるだろう?
「ハクさんが言ってるどうそしんっていうのが、その神さま?」
「というか、神さまを拝むために建てた石像や石碑だな。だが、道祖神は主に土地神だ。ハクさんが言ったように、地域を見守り、護ってくださるモノだ」
「ちびよりは理解が早いな、人間の男」
「光栄ですね」
それからおとうさんは、スマホでおじいちゃんに電話をかけた。タマさんのことを知りたいなら、おじいちゃんに訊いたほうが早いってさ。
おとうさんから電話を受け取って、ぼくはおじいちゃんに説明する。
「おじいちゃんのとこにいるときは、タマさん、お出かけすることはなかったの?」
『タマは軒先で寝泊まりしていたからな。飼い猫のような暮らしはしていなかったから、どれぐらいのあいだ、家を空けていたのかまでは、わからん』
「……そっか」
「タマが姿を消すのは、おそらく
「けがれ?」
良くないモノを取りこむと黒くなる。あれのことを、けがれっていうらしい。
三方の家は、すぐ近くに天狗さまが住む山があった。ふしぎなモノたちが暮らす世界に近い場所だったから、タマさんもそうそう黒くなることもなかったけど、こっちはそうでもないのかもしれない。
ぼくが寄りつかれやすいから、ぼくのかわりにタマさんがいっぱいいっぱいケガレて、病気になっちゃったのかもしれない。
『タケル』
「なあに?」
『おまえは悪くない』
ぼくはドキっとした。
おじいちゃんには、ぼくの考えてること、わかっちゃったのかな。
『タマはそんなに弱くない。じいちゃんだって年齢を知らないんだ、それぐらい長生きの猫だ。タマが戻ってこないのは、それなりの理由があるんだろう。でも、それはタケルや、家を守るためだ』
「守る?」
『タマはそういう面倒見のいいやつだ。そうだろう?』
「……うん、そうだね。タマさんはやさしいもんね」
それから、おとうさんに電話をかわって、なんかむずかしい話をしているのを見ながら、窓の外を見る。外は暗くて、雨がしとしと降っていた。
そうだ。クーの姿、見えるのかな。
ぼくが外に行くと、ハクさんがいっしょに付いてきた。「ちびはまた、不用意なことをしでかしかねないのである」とか言ってたけど、きっとぼくのことをしんぱいしてくれてるんだ。ハクさんもやさしい、いい妖怪さんだ。
サンダルを履いて、勝手口から外に出ると、雨の音が強くなった。
「坊ちゃん坊ちゃん」
「ケロさん! どうしたの、こんなところに来て」
「犬っころが迷っていたから、連れてきたでようよう」
ケロさんがピョコンと跳ねると、地面が盛り上がるみたいになって、まるっこい形になった。それがもこもこ動いて、クウーンとちいさく鳴く。
クーだ!
「クー?」
ぼくが呼ぶと、土のかたちが変わる。顔と胴体、四本の足。くるんと巻いたしっぽが揺れて、ぼくの足もとを通りぬける。
黒い子犬。黒柴の子ども。
ぼくが知っている、かつてクーだと思っていたとおりの姿で、ぴょこぴょことしっぽを振ってぼくを見ている。
そおっと手を伸ばしてみると、ちゃんと頭を撫でることができた。持ち上げて抱っこもできる。
「影であるな」
「かげ?」
クーを見て、ハクさんが言った。
「影に
「けんぞくって、なに?」
「……まあ、ちびにもわかるように言うのであれば、
「つまり、ごはんをあげて、ぼくの飼い犬にするってことだね」
「坊ちゃんと犬っころは、すでに主従であるある」
ケロさんが、ゲコゲコ笑う。
そんなことをした覚えはないんだけど、クーがぼくになついてくれてるってことだろう。だったら、うれしいなあ。
「あのね、ケロさん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんですかい?」
「ぼく、タマさんを捜したいんだ。そのためには、道祖神さまのところに行かなくちゃいけないみたい。いっしょに行ってくれない?」
「坊ちゃんがお困りなら、お助けするのはやぶさかではないない」
「ハクさんも、いっしょに行ってくれる?」
「乗りかかった舟なのである。仕方がないのである」
□
翌朝、土曜日。
ぼくはリュックサックにいろんな荷物を入れて、家を出た。
家の外で待っていたケロさんは地面を跳ねる。姿を消したハクさんは、ぼくといっしょに地面を歩く。クーも、ぼくの足もとを歩いている。筆じいは、ぼくがかぶった帽子の上だ。
途中で学校に寄って、コンさんを呼ぶ。リュックから取り出した水筒のお水と、おまんじゅうをちぎってあげると、コンさんは学校の外に出られるようになった。
なんか、きびだんごをあげておともをつくる、桃太郎みたいだ。
神社からつづく道を歩いていくと、山のほうへ行くんだけど、山道にはいるまえのところに、お地蔵さんがいる。
それが、ケロさんやハクさんが言うところの「道祖神さま」らしい。
お地蔵さんのところにある器に水を入れて、あたらしいおまんじゅうをひとつ、お供えする。
「おはようございます。ぼくは、クサナギタケルっていいます。きょうは、おねがいがあってきました」
『――草薙の童か』
「はい。タケルです。よろしくおねがいします」
『そう
お地蔵さんのほうから、声が聞こえた。男のひとなのか、女のひとなのかもわからない、ふしぎな声だった。
『あの猫又のことで来たのであろう?』
「タマさん、どこにいますか?」
『ヒトは立ち入れぬ裏の世界』
「どうやったら、そこに行けますか」
『真昼の闇に、それは潜んでいる。闇を踏み、扉を開くがよかろう』
なんか、なぞなぞみたいなことを言うなあ。
ぼくの足もとで、クーが鳴いた。
午前中の太陽は、ぼくの足もとに、ぼくの背よりも長い影をつくっている。
ところどころが欠けて、穴があいているアスファルトに、くっきりと濃い影をつくっている。
黒い影。
暗闇。
「わかったよ、道祖神さま。タマさんは反対側にいるんだね」
『お気をつけ。影に惑わされないように』
「だいじょうぶだよ、みんないるし」
一本足のカエルが喉をふくらませて、まっしろいキツネがふさふさのしっぽを振る。ふたつに分かれた灰色のしっぽに、くるんと巻いた黒いちいさなかわいいしっぽ。
みんながぼくを助けてくれるんだ。
ぼくは太陽に背中を向ける。
ぼくの形をした影が、地面にうつっている。
影を踏んで歩くゲームだ。
ケロさんが、ぼくの影に飛びこんだ。ぽちゃんと波紋を広げて、ケロさんが消える。つづいてハクさんが空へ上がると、プールの飛びこみ競技のひとみたいに、くるっと前まわりをして、影のなかに消える。コンさんは、その場でジャンプして影のなかへ。
クーはもともと、ぼくの影にいることが多いから、そのままずぶりと消えた。
さいごはぼくの番。
「筆じい、行くよ」
「良いとも」
右足を大きく上げて、ぼくは、「ぼくの影」を踏んだ。
■ ◆ ■
裏の世界っていうのは、神社のところで見たような、暗くてじめじめしたところだとばっかり思ってたけど、そうじゃないところもあるみたい。
そこは、ついさっきまでいた場所とおんなじだけど、ちょっとだけちがう。
具体的に言うと、右と左が逆になっている、鏡の世界みたいなところだ。
「坊ちゃんは、ここで待つ待つ」
「え、でも――」
「ここは、ヒトではない世界。オイラたちの領分領分」
そうか。ぼくはブガイシャだもんね。関係者以外立ち入り禁止ってやつだ。
リュックサックからおまんじゅうを取り出す。
手でちぎって、足もとをうろうろしている小人さんにあげると、ぴょこんとおじぎをして走っていった。
右がわの草むらからも、なにかが出てくる。おなじように、おまんじゅうをあげる。
「猫又のタマさんを見かけたら、ぼくがここにいるって伝えてくれる?」
名前も知らない、なにかの動物にも、ぼくはおねがいをする。
おまんじゅうは、どんどんちいさくなっていく。
そのたび、小人さんや小動物が増えていく。
ついにおまんじゅうがなくなって、供物がなくなっちゃったので、ぼくは座って待つことにした。
リュックサックから、秘密ノートを取り出して、いまのことを書いていく。
道祖神さまのこと。
影のなかの、反対になった世界のこと。
ケロさん、コンさん、ハクさん、クー。
みんなが中心になって、タマさんを捜してくれていること。
文字を書いていない空いているスペースに、猫の絵を描く。
身体の横のところに、三角とまるい形の模様をつける。
タマさんの絵。
ニャー
猫の声が聞こえて、ぼくは顔をあげた。
茶色と黒色、ふたつのしっぽが、ゆらりと揺れる。
「……タマさん?」
「こんなところで、なにやってるんだいおまえ」
「タマさん!」
「蛙やら狐やら犬やら、おまえもずいぶん
「でも、ぼくはタマさんがいちばん好きだもん」
「……まったく、手のかかるやつだね」
まだまだ引退はできないじゃないか――
そう言ってタマさんは、いつもみたいにぼくの足に身体をこすりつける。ふわふわの毛が気持ちいい。
手を伸ばして、ぎゅっと抱っこする。
いつもとおなじ、あったかい、おひさまの匂いがした。
「さて、タマ殿の浄化も終わったようだし、表の世界に戻ろうか」
筆じいはそう言うと、ポンと筆に姿を変えた。ぼくはそれを手に持って、立ち上がる。
墨はないけど、きっと書けるんだ。クウーンと鳴く黒い子犬の身体を筆で撫でると、筆の先に黒い色が移る。
それを持って、ノートの新しいページにドアの絵を描く。
秘密のノートは、ふしぎなことがいっぱいつまった、ふしぎの入口なんだ。
あんまり上手じゃないドアの絵が、ぼくの前にあらわれた。ドアノブを開くと、そこはまっくらだった。
ケロさんが、そこへ飛びこむ。ハクさんが、コンさんが、クーが、闇にのまれて消える。
ぼくはノートをリュックにしまって、あったかいタマさんを抱っこする。
「うちに帰ろうね、タマさん」
「腹が減ったねえ」
「タマさんの好きなカリカリ、買ってあるよ」
「――それは楽しみだ」
ぼくは、ドアのなかに、足を踏み出した。
■ ◆ ■
もとの場所にもどると、もう太陽が逆の方角にある。時計は持ってないけど、もしかしたらめちゃくちゃ時間がたってるのかもしれない。
ほら、ああいうところは「時の流れがちがう」とか、よくあるじゃんか。
お地蔵さんにおじぎをして、ぼくたちは家に向かう。
神社のところで、ケロさんと別れる。
「オイラはここで」
「ありがとう、ケロさん」
となり町につづく道のところで、ハクさんと別れる。
「俺様は、稲荷に立ち寄って帰るのである」
「ありがとう、ハクさん」
学校のほうへ足を向けて、裏門のところでコンさんと別れる。
「では、またね、タケルノミコト」
「ありがとう、コンさん」
家に向かって歩く。
ぼくが歩く右側を、クーが歩く。
ぼくが歩く左側を、タマさんが歩く。
ぼくがかぶる帽子の上で、筆じいが座る。
ぼくが背負うリュックサックの中で、秘密ノートと筆ばこが、ことこと揺れる
ぼくの足もとから、影が伸びる。
ぼくのうしろから、影がついてくる。
門をあけて、そうしてぼくは玄関の扉を開いた。
「ただいま!」
「ニャー」
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