14 ぼくと黒い影の秘密 2

「タケちゃん、タマさん帰ってきた?」

 コウキくんの問いかけに、ぼくは首を横にふる。

 タマさんがいなくなって、明日で一週間になる。

 こんなに長いあいだ、タマさんが帰ってこないのははじめてで、ぼくはどんより元気がなくなっている。身体が重くて、しんどい。


 ――タマさん、どうしたんだろう?


 学校からの帰り道にタマさんに会って、いっしょに家に帰って、ぼくが宿題をしているのをしばらく見てて、そうしたら外に行くって出ていって、それっきりだ。

 三日目までは、今回はちょっと遅いねって言ってたけど、五日もたったら、おかあさんも心配しはじめた。迷い猫の張り紙をするほどじゃないけど、近所のひとに訊いたりはしてる。

 おかあさんはコウキくんのおかあさんとも知り合いだから、コウキくんもタマさんがいなくなったことは知ってて、学校の帰り道とか、近所とかで、探してくれてる。

「…………」

「だいじょうぶだよ、タマさんって頭いいっていうか、なんかぼくらの言うことわかってるみたいなとこあるし、きっと、タケちゃんが呼んでる声も聞こえてるよ」

「……うん、だといいんだけど」

「サッカークラブのともだちにも訊いてみるからさ。タマさんの写真、見せてもいいよね?」

「……うん、ありがと」

 今日はサッカーの日だから、コウキくんとはそこで別れる。

 校庭のほうに走っていくけど、ぼくはまだ動く気になれなくて、廊下のすみっこにすわった。

 どこかで聞いたことを思い出す。


 猫は死に際を飼い主には見せない。

 死期を悟って、家を出て行く。


 一週間たっても帰ってこないってことは、タマさんは死ぬためにいなくなっちゃったのかもしれない――


 目のまわりがあつくなって、涙がでてくる。


 どうしよう。

 タマさんが二度と帰ってこなかったら、ぼくはどうしたらいいんだろう。


 下を向いて鼻をすすっていたら、腕のところにふわっとした毛皮の感触があった。

 ふわっとして、やわらかい。

「タマさん!?」

「ひいぃ」

「……ごめん、コンさんか」

「元気がないね、タケルノミコト。なにかあったのかい?」

 まっしろいキツネのコンさんに、ぼくはタマさんのことを話す。

「あの猫又がねえ」

「コンさん、なにか知らない?」

「さて、ワタシは校内には詳しいのだけれど、外界のことねえ」

「そっか、そうだよね……」

「ワタシが力になれることなら、なんでも言っておくれよ」

「ありがとう、コンさん」


 コンさんのふわふわの毛を撫でていると、ちょっとだけ元気になったから、家に帰ることにする。

 影のところだけを踏んでいくゲームもやる気になれなくて、ぼくはひたすらまわりを見ながら歩く。

 どこかに猫がいないか、タマさんの茶色いしっぽが見えないか、探しながら歩く。

 見かけた猫には、タマさんを知らないか訊いてみる。

 普通の猫の声はぜんぜんわからなくて、また泣きたくなってくる。

 ぐるぐる考えて、気持ちわるくなってくる。

 ねっちゅうしょう、かな。

 ぼくはきゅうけいするために、上坂かみさか神社のほうへ行った。表の鳥居のところから中に入ると、大きな木の下が影になってて、すずしかった。

 手水舎ちょうずやのところに行って、タオルを濡らして顔をふいたら、ちょっとだけ落ち着いた。

 はしっこの大きな石のところに座る。

 誰もいない。シーンとしてる。頭のずっと上のほうで、ときどき葉っぱがざわざわ揺れてる音が聞こえるだけ。

 木の影になっているところは、ひんやりしていて、半袖を着ているとちょっとだけさむいぐらい。こんなときは、あったかいタマさんを抱っこしたくなるけど、タマさんはどこにもいないんだ。

 そう思ったら、またおなかのあたりがもやもやして、重くなって、気持ちわるくなる。

 すっごく、イヤな気持ちになる。


「坊ちゃん? どうしたんですかいかい?」


 しゃがれた声が聞こえた。

 ひさしぶりのケロさんだ。

 そうだ。ケロさんは、なにか知らないかな。


「ねえ、ケロさん。タマさん、知らない?」

「猫又ですかい? 姐さんがなにか?」

「タマさん、家に帰ってこなくて。姿、見てない?」

「オイラ、最近はずっと湿ったところでじっとしているからねい、世事には疎い疎い」

「――そっか」

 そうしたら、ケロさんはなだめるみたいにして、言った。

「オイラの他にも、坊ちゃんに従うものはたくさん存在存在。最近は、あの犬っころも、坊ちゃんの影として従属従属」

「犬……、クーのこと?」

しもべとしての名は知らないがよう」

「おじいちゃんは、すねこすりっていう妖怪だろうって、言ってたよ」

 だけど、クーはいつもしっぽしか見えない。ちゃんと犬の姿をしているかなんて、もうわからないんだ。

「それならば、雨を呼べば姿を見せる見せる」

「そうなの?」

「オイラにおまかせおまかせ。この青蛙神せいあじん、雨雲を呼んでみせるでようよう」

 ケロさんが喉をふくらませて、ゲコゲコ笑った。



   □



 夕方になると、灰色の雲が出てきた。おかあさんは「夕立がくるのかな?」って言いながら、あわててスーパーへ買い物に行く。

 いつもならぼくもいっしょに行くんだけど、今日はなんだかそんな気分じゃないから、家で待つことにした。

 ゴロゴロ、雷が鳴ってる。

 ケロさんが、雨雲を呼んだんだ。

 すねこすりっていう妖怪は、雨が降る夜に出てくるらしい。つまり、夜になれば、しっぽ以外も見えるってことなのかもしれない。

 ――雨、降るかなあ。

 部屋の窓から、灰色の空を見上げてたら、なにか灰色のかたまりみたいなのが、空を飛んでいることに気がついた。

 あんなに大きな鳥、いたかな?

 そう思っていたら、そのなにかがだんだんこっちに近づいてくる気がしてきた。ぼくは、勝手口から庭に出て、上を見る。そして、手を振った。

 すると、ぐるぐる円を描くようにしながら、ゆっくりこっちに降りてくる。そして、屋根の上に着地した。

「ハクさん!」

「やはり小僧であるか」

 思っていたとおり、雷の鳴るなかで空を飛んでいたのは、雷獣のハクさんだった。ぼくは、ハクさんにもタマさんのことを訊いてみる。ハクさんは、いつもこのへんにいるわけじゃないって言ってたから、知らないとは思ったけど、いちおう、ねんのため。

「そういったことは、この辺りを統べるものに訊ねるのが確実であるぞ」

「すべるもの?」

「この地には、道祖神がおるであろうに」

「どうそしん?」

 その名前は、妖怪さんがよく言っているけど、ぼくは知らないし、会ったことない。

「……ねえ、ハクさん、時間ある? それとも、もう帰っちゃう?」

「べつに急いで戻る必要はないのであるが、なんだ、俺様に猫又捜しをしろというのか?」

「ハクさんにはかんけいないことってわかってるんだけど……」

「覇気がないのである。もうすこし気概を持てと言うておるであろうに」

 ハクさんがぷりぷり怒って、こっちに降りてきた。そしてぼくの頭の上に乗る。ふしぎと、ぜんぜん重くない。でも、ふさふさのしっぽが二本ゆれて、くすぐったい。

 ぼくはタマさんのしっぽを思い出して、また元気がなくなる。

 するとハクさんが、また怒った。

「つけこむ隙を与えるだけなのである」

「すき?」

「気づいておらんようであるが、あの猫又はおそらく、いつも邪を喰らい、小僧に近寄るものを排除していたのである。不在である今、そのように気落ちばかりしておるから、瘴気が寄ってくるのであるぞ」

 頭の上で、ハクさんが言う。

 言いながら、しっぽを揺らして、なにかを払いのけるような動きをする。

 そうしたら、どよんとしていた気持ちが、ちょっとだけすっきりした。

 これが、瘴気ってやつ?

 そういえば、まえにタマさんも言ってた。

 ぼくは寄りつかれやすいから気をつけろって。


 ――そっか、タマさんはいつも、いまのハクさんみたいにして、ぼくを助けてくれてたんだ。


 ひょっとして、さいきんすごくつかれたり、しんどいなーって思ったりするのは、そのせいなのかな。

 タマさんがいないから、瘴気がいっぱいあって、ぼくはそれを取りこんでる。コンさんが黒くなったみたいに、ぼくも黒くなっちゃうのかもしれない。

「ハクさん、急いでないなら、うちに泊まっていきなよ。タマさんの猫ベッドもあるし」

「他人の寝床を奪うつもりはないのである」



  □



 ハクさんの姿は、おかあさんには見えなかった。

 見えるようにもできるらしいけど、説明がめんどうだから、やめておくことにする。

 ストックしてある、はぎのやのおまんじゅうを持っていくと、ハクさんは鼻をヒクヒクさせて「喰ってやらんこともないのである」って言って、受け取った。

「雷獣に会うたのは初めてじゃな」

「俺様も、筆の付喪神は初めてなのである」

 ハクさんと筆じいが、向かい合って話しているのは、なんだかおもしろい。だって見た目は、フェレットと人形なんだもん。

 晩ごはんの時間だったから、ハクさんのことは筆じいにまかせて、台所へ行った。廊下のところでおとうさんといっしょになったから、ぼくはこっそりハクさんのことを伝える。

 おとうさんはビックリしてたけど、ごはんがおわったあと、ぼくの部屋に来てくれることになった。


 タマさんのご飯入れには、カリカリが入っている。みんなが寝ているときに帰ってきても、食べられるようにって、入れてあるんだけど、すこしも減ってない。

 つまり、タマさんはぜんぜんもどってきてないってことだ。

 なんとなくみんな、そっちのほうを見ないようにしてごはんを食べる。

 ご飯入れを見るたび、ぼくは哀しくなるんだけど、今日はまえむきに考えるようにした。だって、ぼくがイヤな気持ちになると、また黒いもやもやがやってきて、もっと暗い気持ちになっちゃうんだから。

 タマさんがいない今、ぼくはぼくで瘴気をはらわなくちゃいけないんだ。


 ――タマさんが帰ってきたとき、ぼくがまっくろになってたらビックリするよね。


 いっぱい食べて、元気にならなくちゃ!

 ぼくはごはんをおかわりした。






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