11 おじいちゃんと骨董品の秘密 1

 おじいちゃんの家には、古いものが多い。こっとうひんってやつ。仏像とかツボとかそういうのもあるんだけど、いちばんビックリするのはお面だと思う。

 お面っていっても、屋台で売ってるアニメキャラのやつじゃないよ。木でできてる、鬼みたいな顔のやつね。

 髪の毛として、かたい枯草みたいなのが生えてて、そういうのがいっぱい壁にかかってるんだよ。

 ちいさいころ、ぼくめちゃくちゃこわかった。じつはいまもニガテ。


 予定外にお泊りすることになっちゃったので、ヒマをもてあます。サトリくんに会いに行ったりもするんだけど、会えないときもけっこうあって。

 だからぼくは、この家を探検することにしたのだ。

 あと、ニガテこくふく。

 ぼくももう三年生だもん。いつまでも怖がってちゃダメだよね。


 さて。なんといってもいちばん怖いのは、奥の部屋だ。

 昼間でも電気をつけなくちゃいけないぐらい暗い場所で、壁にはずらりとお面がならんでいる。部屋のなかにいると、まるでたくさんのひとに見下ろされてるみたいなきぶんになる。

「うう、あいかわらず怖いよね」

「鬼だからね」

 タマさんがニャーと鳴いて、そう言った。チリンと鈴を鳴らして、畳のうえを歩いていく。

 追いかけるまえに、壁のスイッチを入れて電気をつけた。まるい電球ひとつだけなので、めちゃくちゃ明るくなったってわけでもないし、むしろぼわーっとしたかんじになって、逆に怖いんだけど、ないよりはマシなんだよね。

 古いもののにおいがする。

 なんていっていいのかわからないけど、しめっぽい、カビくさいような、そんなかんじのやつ。

 でもぼくは、きらいじゃない。むしろ好きなほうだと思う。

 せまくてものがいっぱいおいてある部屋は、なんだか秘密基地みたいじゃない?

「あのお面さえなかったらなあ」

「祟ったりするわけじゃないし、むしろ良いモノだろうよ」

「ぼくだってべつにタタリがあるとか思ってるわけじゃないよ」

 にらまれてるっていうか、おこられてる気分になっちゃうだけで。

 タマさんがぐるりと首をまわして、四面の壁をながめる。

 ぼくもつられて、いっしょにぐるっとみまわした。

 窓があるはずの場所は、大きな棚が置いてあってふさがれちゃってる。だからよけいに暗いんだなあ。

「それで、ここでなにがしたかったんだい?」

「んー、自由研究の宿題。おじいちゃんの家なら、なにかおもしろいものあるかなーって」

 授業で、地域の伝承をしらべてみようっていうのがあって、公民館とか図書室とかに行って資料を見てまとめて、班ごとに発表したんだけど、それがけっこうおもしろかった。

 おとうさんが言ってたけど、おじいちゃんは郷土資料館で仕事をしてたらしい。

 家にも、古い本とかいっぱいあって、おとうさんはそういうのを見て大きくなって、大学でも地域の歴史とか、なりたちとか、そういう勉強をしたんだって。

 おとうさんは、ぼくぐらいのとしのころから、ノートにたくさんのことを書いて、勉強をしたらしい。

 ぼくの秘密ノートは、そんなむずかしいことはぜんぜん書いてなくてはずかしいんだけど、おとうさんは「タケルの好きなもの、気になったものを全部書いておけばいい」っていうんだ。それは大きくなったときに、大事な「財産になる」んだって。ザイサンってお金のことじゃないの? って訊いたら、「知識を増やすことも自分を豊かにするんだ」って言った。

 おとうさんの言うことは、ときどきむずかしくてよくわからない。

 カミルくんぐらい頭がよかったらついていけるのかもしれないけど、ぼくではなかなかうまくできない。


 タマさんがしっぽを揺らして、壁のほうに歩いていった。

 かと思えば、姿が消えて、ぼくはビックリした。

 あわててそこに行ってみると、壁と棚のあいだに道があった。荷物がたくさんあって気づかなかったけど、ここからさらに奥があったみたい。


「タマさーん? だいじょうぶー?」

 声をかけてみる。

 鈴の音が聞こえるから、タマさんはいると思うんだけど、答えが返ってこない。

「ねえ、タマさん。もどってきなよ。そこになにがあるの?」

「古きモノだよ」

「ふるきもの?」

 向こうがわにも、こっとうひんがたくさんあるのかな。

 いつまでももどってこないタマさんが心配なのと、あとは好奇心が大きくなって、ぼくはそのせまいすきまを通ってみることにする。

 すっごくせまく見えたけど、壁にぴったり張りついてカニ歩きで進んでみると、意外と先に行けてしまった。

 言っておくけど、べつにぼくの身体がちいさいわけじゃないからね。


 壁に張りついてじりじり歩いて行くなんて、忍者みたいだな。まさに探検ってかんじで、ワクワクするよね。

 薄暗いすきまを進んでいくと、鈴の音が聞こえてくる。

 タマさんだ。

 そこにタマさんがいるんだと思うと、ぼくはすごく安心できる。


 辿り着いた先は、ちいさな部屋だった。

 天井が高くて、上のほうにある窓が電灯のかわりになっているのか、すごく明るい。いままでが暗かったから、よけいにそう思うのかもしれないけど。

 テレビの時代劇で見たことがある、木でできた大きな箱がある。たしか「ながもち」っていうんだ、あれ。

 古いタンスとか、竹みたいなので編んだカゴとかがあるなか、やっぱりいちばん目につくのは、柱のところにかかっている大きなお面。

「……天狗さまだ」

 太くて大きな鼻。ギョロっとしたまるい目は、まるでこのちいさな部屋を見張っているみたいだ。

 山で会った天狗さま(サトリくんのおとうさんじゃなかったらしい)とは、すこし顔がちがうように思える。

 なんていうかさ、やっぱり、動いてしゃべってくれたほうがいいよね。だまってると、にらまれてるみたいで怖いんだ。

 お面を見るのはやめることにして、それ以外のものに注目する。

 部屋のなかには、紐でじてる本がたくさん置いてある。こういうの博物館で見たことあるし、おとうさんも持ってる。「和綴じ」っていうんだよ。

 たしかにタマさんが言ったとおり、「ふるきもの」がたくさんあるね。

「こういうの、さわってもいいのかな?」

 ほら、展示してあるやつは、さわっちゃダメって書いてあるじゃん。

 誰かに怒られたらどうしようって思って、キョロキョロみまわしていると、「好きにするがよいさ」と声が聞こえて、ぼくはめちゃくちゃビックリして「うひゃあ」みたいなヘンな声をあげてしまった。

「え、だ、だれ? タマさんじゃないよね?」

 板の間にうずくまってタマさんを抱っこしていると、笑い声がきこえてきた。

 イヤなかんじの笑い方じゃなくて、すごくやさしいふんいきの声。

 その誰かは、つづけて言う。

「こんなところに迷いこむなんて、おまえは誰だい?」

「えっと、ぼくはクサナギタケルです」

「……ならば、おまえはわたるの息子か」

「おとうさんを知ってるの?」

「知っておるとも。なるほど、そうか。おまえはえるのだね」

 みえるっていうのはつまり、視力のことじゃなくて、ぼくがいつも見ているふしぎなもののことなんだろうなあって、なんとなくわかった。

 サトリくんとか、山の天狗さまとか、みんなおなじようなことをぼくに訊くんだよなあ。

「えっと、あなたは天狗のお面さんですか?」

「おや、これは失礼した。こちらだよ。そう、おまえの右側じゃ」

 右って言われてそっちを見ると、壁ぎわの机の上にたくさん筆が置いてある。近寄ってみると、すごく大きいやつもあれば、学校の習字でつかうようなやつもあるし、名前を書くときにつかうほそいやつもあった。

 ――へえ、おじいちゃんの筆かな?

 じっと見ていると、うっすらとひとの影みたいなものが浮かびあがってきた。

 仙人みたいな長いあごひげ。着物を着てるミニチュアサイズのおじいさんっぽいひと。

「おじいさんが、さっきの声のひとなの?」

「やはりえるのだな。さぞ、苦労したろう」

「苦労……は、ぼくよりきっと、おかあさんとかおとうさんのほうが、いっぱいしたと思う。ぼくがヘンなことばっかり言って、みんなにおかしな子って言われてたから、おかあさんは、すみませんっていっつもあやまってね、ぼく、ほんとダメな子だなって思って――」

 チリン。

 鈴が鳴って、板の間に座っていたぼくに、タマさんが身体をこすりつけてくる。ふわふわのしっぽがうでにあたって、ぼくはすこしほっとした。タマさんの頭を撫でると、手のひらにゴツンと頭を押しあててくる。

 タマさんはいつもこうして、ぼくがモヤモヤしているときになごませてくれるんだ。

 いつのまにか、タマさんのしっぽは二又になっている。

 タマさんの「猫又モード」は、ひさしぶりかも。


「おまえは優しい子じゃの。己よりも、父母を案ずる心を持っているからこそ、皆がおまえを慕うのだろう」

「みんなって?」

「おまえのまわりには、たくさんのあやかしものがおるじゃろう。ここにも、な」

「ここに?」

 人形サイズのおじいさんがにっこり笑うと、部屋のいたるところから、クスクス笑う声が聞こえてきた。

 座っているぼくの横を、なにかがトテトテ走りぬけていったかと思ったら、目のまえを白っぽいもやみたいなのが通りぬけていく。

 うしろを向くと、積んである本の表紙からにょきっと小人さんの頭が出てて、目が合うともぐって消えてしまう。タンスの上にある牛の置物がゴトゴト動いて、その背中にはわら人形がまたがっている。

 笑い声が降ってくる天井を見上げると、はりのところに黒くてモコモコしたぬいぐるみみたいなのがたくさんいて、なんかキノコが生えてるみたいだった。

「皆がおまえを歓迎しているのじゃ。ほれ、あまり喧しいと、そこな猫に喰われてしまう。程々にしておかれよ」

「……アタシだって、わきまえてるさ」

 タマさんはそう言うけど、ケロさんを猫パンチで地面に押しつけちゃった前科があるしなあ。それに、ちょくちょくなにか食べてるの、ぼく知ってるんだよ。

 猫又だから、人間や普通の猫が食べないようなものも食べないと生きていけないのかもしれないから、知らないふりをしてるけどさ。





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