12 おじいちゃんと骨董品の秘密 2

「それで、おじいさんは誰なの?」

「ここに魂を置いておる」

 おじいさんは一本の筆を指さした。

 それは、習字のときにつかうのとおなじ長さの筆で、ちょうどおじいさんの身長とおなじぐらいだった。

 筆の妖怪なんているのかな?

わしは、筆そのもの」

付喪神つくもがみだね」

 タマさんが言うと、おじいさんはゆっくりうなずいた。

 つくも神っていうのも、きいたことがある。

 古い道具とかに宿る精霊さんだ。

 ということは、この筆はすっごく古いものなのかな。うっかりさわって、ボロボロになっちゃったらどうしよう。

「そう萎縮するものでないよ、道具などというものは、使ってこそ。使いこまれたからこそ、儂はこうしてひとを模した姿を成したのだから」

「えっと、じゃあ、おじいさんの筆、ぼく持ってもだいじょうぶ?」

「無論」

 とはいえ、なんか怖い。

 いや、おじいさんが怖いんじゃなくて、やっぱりこういう「こっとうひん」は、勝手にさわらないでくださいってイメージが大きいんだよ。

 そおっと持ってみる。

 筆だ。ちっともトクベツじゃない、ただの筆。

「それはそうじゃ、儂は筆じゃからの」

 筆のおじいさんは、しわくちゃの顔で笑う。

「ねえ、おじいさんには名前あるの?」

「さて、筆じゃからな」

 自転車に名前をつけちゃうぼくでも、筆には名前はつけないかな。えんぴつや消しゴムに名前はつけないし。

 でも、こうしてココロを持っちゃうぐらいに大事にしてたなら、持ち主は名前ぐらいつけてたかもしれないよね。

 ――ん? この家にあるってことは、持ち主はおじいちゃんなのかな?

「ねえ、おじいさんは、ぼくのおじいちゃんの筆なの?」

「いや、儂が作られたのは、公文くもんが生まれるよりもずっと前のことよ。この部屋にあるものは、皆そうじゃ」

「おじいちゃんの、おとうさんとかおじいちゃんってこと?」

「タケル」

「え?」

 急に名前を呼ばれて振り向いたら、そこにいたのは、おじいちゃんだった。



   ■ ◆ ■



 孫の姿が見えなかったが、祖父である草薙公文はさして気にはしていなかった。

 ひとりで祖父母の家に泊まるというのは、八歳の男児にはそれなりに重圧かと思っていたが、ホームシックにかかることもなく、平然としている。

 ――やはり、傍に付けて正解だったか。

 孫の近くで、常に邪気を喰っている猫又を思い浮かべる。

 タマと出会ったのは、いつだったか。公文自身が、今の孫と同じ年のころだったのではないだろうか。

 瘴気しょうきをまとったネズミを捕まえたのが、彼女だ。二又に分かれた尾を揺らし、金色の瞳でこちらを見据え、「だらしがないね」とのたまう姿に、情けなくも悲鳴をあげたものである。

 草薙家は、三宝山を護る一族として、代々この地に暮らしてきた。かつては、祓い屋のような生業をしていたこともあったらしいが、ひとには見えない存在が暮らしていくには難しい時代。それらもやがて姿を消し、ることができる者も減った。その猫又も、流れ流れてここへやって来たらしい。

 猫又が惹かれたように、あやかしが集うなにかが、この付近にはあるのだろう。


 宝珠のような瞳をした猫又に「たま」と名付けたものの、彼女が居つくとは思っていなかった。

 家猫というわけではなく、ただ軒先を借りるだけの存在ではあったけれど、共に山へ向かい邪気を祓う程度には、こちらを気に入ってくれていたのだろうと思っている。

 公文が青年となり、伴侶を迎える年齢になっても、タマは変わらない姿でそこに居た。

 見合いをした際、庭先で寝ているタマのことを、どう説明したものかと思案したものだが、彼女は彼女でなにかを感じる力を持っていたらしい。タマを見るなり声をかけ、ニャーと鳴いた返事に同意を返したのだ。

 とはいえ、鳴き声を正確な言葉として受け取っているわけではないらしい。

 ただ「なんとなく、そう言ってるのかなって思ってるだけよ」と、ころころ笑う、深く頓着しないおおらかな性格の彼女は、草薙家と三宝山のかかわりについて打ち明けたあとも、一児の母となったあとも、変わらないまま傍にいた。

 生まれた子どもが成長しても、初めて見たときから変わらないタマの姿にも、なにも問わなかった。

 息子のわたるの目は、妖を映す目ではなかったけれど、その子どもはどうかはわからない。公文自身、父より力が強く、祖父に似ていると言われて育ったため、いつか生まれるかもしれない孫のことは、ずっと気にかかっていた。

 孫のたけるが生まれたとき、タマを託そうと決めたのは、公文より妻が先だったのは驚いたが、あの気まぐれなタマも彼女に同意した。草薙の自分を介さずに、随分と仲がよくなっていたらしい。


 案の定、幼いころからえる目を持っていた孫を襲わんとするモノを、タマは徹底的に排除した。もっとも無防備になる就寝時は枕元に己の身を置き、浮遊する魂を喰らう。

 居を構えた場所は、上坂かみさかという町。その昔、神が降りた伝説が残る土地を選んだのは、息子なりに懸念もあったのだろうと公文は思っている。

 亘は、草薙の者として生を受けたものの、三宝山を統べる天狗の姿を見ることができなかった。視覚的に見ることが叶わないならばと、伝承や歴史から探ることを選択した、そんな男が選んだ地は、さまざまな気に満ちた不思議な土地だ。

 悪いものばかりではなく、良いものもいる。

 草薙の血に縛られることなく育つには、よい環境だと感じた。



 そんな孫が、道を通って、秘密の小部屋へ辿り着いたうえ、付喪神らに囲まれている姿は、なかなかに感慨深いものがある。

 タマに呼ばれて確認に来たが、予想を上回る光景だった。

「おじいちゃん?」

「タマに呼ばれてな」

「タマさんが、おじいちゃんを呼んできたの?」

 なんで? と、疑問を顔に貼りつけて首を傾げるたけるに、タマは二つに割れたしっぽで近寄り、身体をすり寄せる。猫が飼い主に己の匂いをつけるように、タマは妖の匂いをつけて、ほかの妖を排除しているのだろう。

 これは自分のものだから、他をあたれという、タマなりの妖除け。

 タマには、感謝しかない。

「山で天狗に逢ったか」

「……なんで?」

「タマに聞いたからな」

「! おじいちゃん、タマさんとお話できるの?」

 目をまるくして驚く尊の手には、一本の筆が握られている。文机の上に立っている筆の付喪神と目が合い、公文の顔に笑みが広がった。

 ――そろそろ頃合いか。

 部屋を見つけ、こうして滞在を許される程度には気に入られているのだ。山のヌシも姿を許したのならば、もう告げてもよいのだろう。

「さて、なにから教えたものか」

「天狗さまが言ってたやつ、クサナギノモノってなに?」



   ■ ◆ ■



 なんとビックリ!

 タマさんはもともと、おじいちゃんの家に住んでいたらしい。

 そんなこと、おとうさん言ってなかったよ? って言ったら、ぼくにないしょにするために、だまってたんだって。なにそれ。

 まあ、たしかに、ぼくがちっちゃいころからぜんぜん大きさが変わってないけど、猫の寿命を考えると、べつにおかしくないから気にしてなかったんだけどなあ。

 それでも、おじいちゃんが子どものころから生きてるのは、ビックリだよね。

 この家に来るときタマさんもいっしょなのは、タマさんにとってもここが「実家」ってやつだから。

 おばあちゃんが、タマさんをゲージに入れたりしないのも、タマさんが「猫又」だって知ってるからだったんだね。


 タマさんの声が聞こえるのは、おじいちゃんだけらしい。

 おとうさんは、タマさんが猫又なのは知ってるけど、言葉はわからない。

 じゃあ、どうしてぼくはわかるのかなって思ったら、おじいちゃんが「それが草薙の血だ」って言った。

 クサナギ家は、天狗さまといっしょに、この地域をまもっていた一族らしい。

 天狗さまが妖怪の代表で、クサナギ家が人間がわの代表、みたいなかんじ? 「はらいや」って言って、妖怪をしずかにするお仕事もしていたけど、今はそういうのはなくなっちゃったって。

 お寺とか神社とかではやってるけど、ふつうのひとがそういうお仕事をやってるって、たしかにあんまりないよね。漫画とかアニメならともかくさ。

 クサナギの名前を知っているひとは、こっそり訊きにきたりもするみたい。おじいちゃんは、そういうひとにはおふだを書いて渡したりもするらしい。すごい!

 ぼくもそういうのやったことあるよって言ったら、おじいちゃんはビックリしてたから、コンさんとハクさんのことを話してあげた。ちゃんと姿を見たことがないクーのことについて訊いてみたら、「すねこすり」っていう犬みたいな妖怪のことも教えてくれた。

「おじいちゃん、すごいね。おとうさんが言ってたとおりだよ」

「ワタルがなにか言ってたのか?」

「ぼくが、おとうさんすごい物知りだねって言ったら、おじいちゃんのほうがもっとすごいんだって言ってた」

「そうか。俺は実戦から得た経験談だが、あいつは自分で見えないぶん、文字から得た知識が多い。どちらがすごいということもないぞ」

 この部屋は、クサナギの歴史がつまっている場所。

 天狗さまのお面は「憑代よりしろ」で、山に行かなくても、ここでお話しできたりするらしい。

「おまえがこの部屋を見つけられたということは、草薙の者として付喪神たちに認められた証拠だろうな」

「つくも神っていえば、筆のおじいさん。なんて名前なの?」

「付喪神に名付けをしたことはないな」

「呼ばないの?」

 名前があったほうがべんりなのに。

 そう言うと、おじいちゃんは「相手がよいと言うのなら、名をつけてもかまわない」って言った。

 でも「そくばく」をいやがる妖もいるから、そういうのはタマさんに相談しろ、だって。

 タマさんは、ぼくが思っていた以上に、すごい猫だったらしい。


 タマさんがおしゃべりできる猫又だってかくさなくてもよくなったから、それからの毎日は、とっても楽チンだった。おばあちゃんにも、タマさんがなにを言っているのか教えてあげたらよろこんでくれたしね。

 おとうさんが迎えにきてくれて、うちに帰る日。ぼくの荷物に、おじいちゃんがくれた筆が一本ふえていた。

 白くて長いヒゲをはやした、おじいさん付きの筆ね。





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