07 クーと生き物の秘密 1

 世の中には、猫派と犬派って言葉があるけど、ぼくはどっちもいいと思っている。

 タマさんがいるからといって、べつに犬がきらいなわけじゃない。コウキくんの家で飼っている大型犬のクマゴロウは大好きだし、学校へ行く道のとちゅうにある家で犬を飼っているところもあって、柵越しにあいさつもする。手を振ると、たいていの犬はしっぽを振ってくれるんだよね。

 ペットを飼うのはけっこうたいへん。ごはんとか、おさんぽとか、動物病院とか。

 だから、簡単に「うちで飼う」なんていかないから、こうしてこっそり、ごはんをあげているんだ。



「クー、おいでー」

 声をかけると、生垣のすきまから、クウーンと鳴き声がきこえる。そして、緑色の葉っぱのあいだから、黒い鼻が見えた。クンクンとにおいをかぐような動作をするので、ぼくはその鼻先に給食の残りのパンをちぎって持っていく。

 手のひらにのせておくと、ピンク色の舌が伸びてそれを舐めたあと、パクリとくちにくわえて、また葉っぱのなかに引っこんでしまう。いつもこうなんだ。

「おいしい?」

 クウーン。

 見てのとおり、犬だ。こわがりで、いつも姿をかくしているけど、誰もいないときはこっそり出てくるのを、ぼくは知っている。

 顔のまわりと手足のところが白いけど、ちょっとだけ茶色っぽいところもある。あとは黒色。ペットショップで見た『黒柴』っていうのに似てるワンコ。クウーンって鳴いてばっかりだから、名前は『クー』

 ここは、学校の裏のほう。体育館とは反対がわにあるから、めったにひとがこない場所。このまえ、かくれんぼをしたときに鳴き声をきいて、犬がいるらしいことがわかったんだ。

 こういうのは先生にバレたらたいへんだっていうのは、わかる。先生だけじゃなくて、おとなにバレたらたいへんだ。ほけんじょに連れていかれちゃうかもしれない。

 だからぼくたちは、こっそりごはんをあげることにした。

 そう。ぼくだけの秘密じゃないんだ。三組の一部をのぞいて、みんなでお世話してる。毎日ごはんを用意するの、ぼくひとりじゃムリだし。給食のパンだってクーのためにいつも残すわけにはいかなくて。

 だから、当番制にした。エサ袋としてコンビニの袋を持ってきて、おかずもちょっとずつあげるようにしてる。パンばっかりじゃきっと飽きちゃうよね。

 クラスの誰かが持ってきたプラスチックの入れ物に、水を入れる。牛乳が手に入ったときはそれをあげるんだけど、今日はなし。もうちょっと離れたところに花壇かだんがあるんだけど、そこにあるじょうろをこっそり借りてる。もしも見つかっても「水やりをしていました」ですむわけ。へへ、いい考えだよね。

 ごはんもお水もあげたから、今日はおしまい。

 ぼくはクーにあいさつをして、家に帰ることにした。




 クーは秘密の犬だから、教室のなかで名前を呼ぶわけにはいかない。

 ぼくたちは「例のあれ」とか「一番」とか、そんなかんじでクーのことを話す。なんだかスパイごっこみたいで、ワクワクする。

 ちなみにどうして一番かというと、ワンだから。

 一号じゃなくて、一番にすることで、ただの順番みたいに聞こえるでしょう?

 これは、ぼくたちだけの極秘任務。先生だけじゃなく、おとうさんやおかあさんにも言ってはいけない、重要な秘密なのだ。

 本で読んだ「王さまの耳はロバの耳」っていうのを思い出す。

 あれはひとりで秘密しなくちゃいけないからたいへんだったけど、ぼくたちの場合は仲間がいるから、すこしは楽なんじゃないかって思うんだ。

 それと、ぼくにはとっておきのものがあるからね。

 秘密ノート。

 ぜったいに見ないって、やくそくしてくれてる、ぼくだけの秘密。

 おとうさんも、おかあさんも、それぞれ自分用の秘密ノートみたいなものを持ってて、「お互いのリョウカイなしに、ぜったい読まない」って、やくそくしてるんだってさ。

 ぼくのノートを見るのは、タマさんぐらいじゃないかなあ。

 タマさんはおかあさんが机に座ってなにかを書いているときも、おとうさんがパソコンで文章をつくっているときも、すぐそばに座って見ている。

 秘密を覗き見しても許される、ゆいいつの存在。

 タマさんはきっと、ぼくの知らないおかあさんの秘密だって知ってるんだろうな。

 おかあさんはすごくおしゃべりだから、タマさんにも話しかけてるし。

 ぼくだってむかしから、タマさんにはいろいろなことを話してる。

 まあ、タマさんが猫又で、人間の言葉をぜんぶわかってるだなんて思ってなかったけどね。



  □



 クーのお世話をしている子たちも、家でペットを飼っている子が多い。

 ぼくの家みたいに猫を飼っている子は、犬のお世話ができることが楽しいし、犬を飼っている子は、よその犬をほったらかしになんてできない。

 ぼくたちはキョウテイをむすんで、秘密を守っているんだけど、いつのまにか三組だけの秘密じゃなくなっていることに気づいた。

 ある日、コウキくんがぼくに訊いてきたんだ。

「ねえ、タケちゃん。犬がいるってほんとう?」

「……なんのこと?」

「サッカークラブでいっしょのやつが、三組の子から聞いたんだって。一番っていうんだろ?」

 ぼくが答えないと、コウキくんはないしょ話をするときみたいに、耳もとでこっそり言う。

「ねえ、ぼくも見たい。どんな犬なの?」

 コウキくんは犬が大好き。コウキくんの家のクマゴロウは、すごく大きいんだけどおとなしくて、あそびに行くと、フサフサのしっぽを振っておでむかえしてくれる、いい犬だ。

 コウキくんなら、犬をいじめたり、悪いようにはしないだろう。

「……ぜったいないしょにできる?」

「する。給食のパンばっかりじゃダメじゃん? クマゴロウのドッグフード、持ってくるよ」

 それはかなりミリョクテキな提案だ。犬には犬用のエサがいちばんいいと思うし。

 タマさんもね、ふだんはちゃんと猫用のごはんを食べてるんだよ。おかあさんやおとうさんのまえで、タマさんが妖怪なのは秘密だから。お菓子を食べるのは、ぼくの部屋でだけなんだ。


 ぼくがコウキくんを仲間にくわえたように、クラスのみんなも、それぞれあたらしい仲間を見つけていた。

 いまや三年生だけじゃなくて、べつの学年にまで輪がひろがっているのは、おどろきだ。おとうさんやおかあさんにはないしょにしてても、おにいさんやおねえさんにはバレちゃうパターンが多いみたい。

 上級生は、おとなにバレたときのキケンを知っているから、ないしょに協力してくれている。

 おかげで、ぼくたちだけじゃできなかったことも、できるようになったと思う。

 学校の近くに住んでいる子が、夕方にこっそりクーにごはんをあげてくれるようにもなったんだ。

 もっとも、いつもいるとはかぎらない。

 だけど、ごはんを置いておけば朝にはなくなってるから、誰もいないときにこっそり食べてるんだと思う。

 クーの姿をちゃんと見たことある子、いないんじゃないかなあ。すっごくふしぎな犬なんだ。


 ぼくがクーと出会ったのはゴールデンウイークのあと。はじめは三年三組だけの秘密だったけど、七月に入るころには、もっとたくさんの子どもたちの秘密になっていた。

 きっとみんな、秘密にしておくのがたいへんになったんだと思う。

 ひとりでかかえているのはツライことも、ともだちやきょうだいがいれば、すこしはマシになる。

 ぼくはひとりっこだけど、タマさんがいるから。

 タマさんに話すことで、ぼくはすごく楽になってると思うんだ。



 ペットを飼っていない子たちは、いままで「動物を相手に会話をする」ということをバカにしていたけど、クーの出現によって、それが楽しいってことを知ったみたい。

 ごはんをあげながら、姿を見せない犬を相手に、おしゃべりをするようになったらしい。

 おとなしくて、クラスのなかでもあんまりしゃべるタイプじゃなかった女子は、クーとお話をすることで、ちょっとずつほかの女子ともしゃべるようになった。いっしょにコックリさんもやってたみたい。

 そういうのを見ると、いいことだなあって思うんだ。

 あ、コックリさんを信じるか信じないかはべつだけどね。


 そうそう、コックリさんといえば。禁止令が出たあとに天使エンジェルさまがはやったけど、またコックリさんにもどってきたらしい。

 正確には、コックリさんじゃなくて、おイヌさま。コックリを狐狗狸って書くことがわかったから、イヌになったんだって。タヌキでもいいのに。

 鳥居のかたちじゃなくて、犬小屋を描くのが、おイヌさま。

 たぶんこれは、ほかの小学校では見ない、あたらしいタイプだと思う。

 結局、相手はなんだっていいんだろうな。神さまでも天使でも。

 天使さまをやめちゃったのは、なんていうか、良いことばっかりっていうのは、スリルに欠けたんだと思う。

 ダメって言われたらやりたくなるように、ちょっと悪いことをするとき、それをやっていることにドキドキしたりするでしょう? そういうキケンがコックリさんにはあって。

 たとえば、ジェットコースターは怖いけど、また乗りたくなっちゃうみたいな気持ちとおなじで、みんなどこかで「ドキドキ」を求めているんだと思うんだ。





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