06 コックリさんと呪いの秘密 2

 コックリさん禁止令が出ているけど、それでもこっそりコックリさんをやるひとはいるみたいで、朝の会でもアンドウ先生が「あぶないからやめましょう」って言ってた。

 うーん。ダメって言われたらやりたくなっちゃうものじゃない?

 放課後、学校の図書室へ行くとちゅう、男の先生が怒鳴る声と、女子の声が聞こえた。ちょっとビックリするぐらい大きな声で、ぼくはおどろいておもわずかくれてしまった。

 こっそり見てみると、ミキモト先生だ。五年生の教室のなかから聞こえる。

 コックリさんをやってたひとがいるって言ってたのは、五年生のひとだったんだ。


「くだらない遊びをするなと言ってるだろう」

「まだコックリさん帰ってないっ」

「ちゃんとしないと!」

「バカバカしい。そんなもん、いるわけないだろ」

 そうして、机の上に置いてあった紙を取りあげて、ぐしゃぐしゃにまるめた。女子三人が、悲鳴をあげる。

 アビキョウカンってやつ? 耳がいたいや。

 ミキモト先生がさらに怒って、すごいさわぎになってる。

 そんな教室の扉から、なにかが出てきた。人間じゃなくて、動物――キツネだ。ぼくがじっと見ていることに気がついたのか、大きなしっぽをピンと立てて、キョロキョロあたりをみまわしたあと、すっと姿が見えなくなった。

 なんだか最近、動物の霊に縁があるなあ。これもタマさんが猫又だってわかってからのこと。

 コックリさんがーと泣き叫んでいる女子をおいて、ミキモト先生が教室から出てきた。ぼくはあわてて、いま通りかかったみたいな顔をして、「こんにちは」と頭をさげる。先生は「早く帰りなさい」って言って、向こうに歩いていった。

 立ち聞きしてたのバレてない、よね?


 キモモトむかつくー

 あいつサイアク

 まじにキモイ

 コックリさんに呪われて死ねばいいのに


 教室からそんな声が聞こえてきて、ぼくはなんだか怖くなって、廊下を走って図書室へ行った。

 次の日から、学校のなかでは変な音がたくさん聞こえるようになった。

 それはぼくだけじゃなくて、ほかのひともおなじみたい。

 机やイスが動いてたり、掲示板におかしなものが貼られていたり、それだけじゃなくて、画びょうが落ちてきて踏んづけちゃったり、二階の窓から黒板消しが落ちてきたり、階段の上からノートが降ってきたりと、当たったらあぶないものもある。

 そのうちに、コックリさんの呪いだって話になった。

 このあいだ、とちゅうでやめちゃったから、コックリさんが学校のなかに残っていて、みんなを呪ってるんだとか。

 コックリさんを信じているドレミちゃんは、それみたことかとばかりに、コックリさんのおそろしさを、みんなに話している。

 ドレミちゃんには悪いけど、それってたぶんちがうと思うんだ。ぼくの考えが正しければ、あれは呪いじゃなくて、ただのイタズラなんだもの。

 コックリは「狐狗狸」って書くらしい。キツネと犬とタヌキを、まぜこぜにしたみたいな名前。

 だけど姿はきっとキツネさんだ。ぼくがこのまえ見たものが、きっとコックリさんなのだ。

 タマさんに相談したら、「やめときな」って言った。見えるからといって、安易に怪異にかかわるなっていうんだ。


 ――でもさ、キツネさんのほうから近づいてきたら、どうしようもないじゃない?


 ぼくの前で「おすわり」しているキツネさんを見ながら、考える。

「なんとかしとくれ、このままじゃ、どうにかなっちまいそうだよ」

「そうは言っても、ぼくだってわかんないよ」

「ワタシはここから離れられない。みんなの呪いが強すぎて、学校から出られないんだ」

 キツネさんが言うには、学校のみんながあまりにもコックリさんのことを考え、強くつよく思っているから、接着剤でかためられたみたいに動けなくなっているらしい。

 禁止されちゃったからよけいに想いが強くなって、やりたいって気持ちが大きくなって、それが呪いみたいになって、キツネさんはますます動けない。最近では、思考が悪いほうに流れていくしまつだ。

「このままでは、ワタシは悪鬼あっきになっちまうよう、助けておくれよ、タケルノミコト」

「ぼくのなまえはタケルだよ」

 タケルノミコトって、大むかしの神さまじゃなかったっけ? 歴史マンガで読んだことある。

 名前が似てるからって、ぼくにふしぎな力があるわけじゃないし、「呪い」とかいう形のないもの、どうにもならないよ。

 ぼくが見ているまえでも、キツネさん(よし、名前はコンさんにしよう)は、なんだか色が黒っぽくなっていく。モヤモヤしたやつがたくさんある。ぼくがむかし見ていたやつと比べて、すごく気持ちわるい感じが強い。

 ぼくのこころも、もやもやする。

 それは、このまえ五年生の教室で、ミキモト先生の悪口を言っているのを聞いたときとおなじ感覚だ。

 よいものと、悪いもの。


 いざというときに太刀打ちできぬであろうに。


 ぽんと浮かんできた言葉は、このまえの土曜日に会った雷獣のハクさん。

 そうだ。ハクさんに訊いてみよう。あそこにはお稲荷さんもあったし、コックリさんがキツネなら、なにか関係あるかもだし!

 ぼくはコンさんに、もうちょっとだけ待っていてとお願いして、家に帰った。

 あしたは学校がお休みだ。ハクさんのところへ行ってみることにしよう。



   □



 会いに行こうと思っていたら、ハクさんのほうから会いにきてくれた。

 たまたまなのである! とか言ってたけど、ぐうぜんでもいいや。

 ぼくは、コックリさんのことについて、訊いてみることにした。


「たしかに俺様は、キツネには縁のあるモノである。雷獣であると同時に、我自身が稲荷神とも関連がある身なのである」

「あるある言っててよくわかんないけど、どうやって助けてあげたらいいの?」

「会うて見ぬことには断言はできぬのであるが、黒いモヤとはおそらく瘴気なのである。キツネの言うとおり、時が経てば悪鬼となりかねん。――ああ、まったく仕方がないのである。小僧、力を貸してやらんでもないのである」

 ぼくとハクさんは、小学校へ向かった。

 お休みの日だから門は閉まってて、中に入るのはむずかしいけど、裏にまわるとそうでもない。木がたくさん植わってるところがあるんだけど、生垣にはけっこうすきまがあって、ちいさい子なら抜けられるんだ。

 ゴソゴソと進んで、学校の敷地に入ることに成功した。

 うん、すきまを通れたからといって、ぼくがちいさいってわけじゃないよ。たしかにクラスのなかでも前のほうだけど、いまから大きくなるし、成長するからだいじょうぶなんだよ。

「剣は持っておるか、材質にはこだわらぬ」

「そんなのあるわけないじゃん。じゅーとーほういはんっていって、犯罪なんだよ?」

 なにしろ、カッターナイフだって持っていたらダメなんだ。

「ならば、ふだでよい」

「おふだなんて持ってるわけないよ」

「ええい、なにも持っておらぬとは。いままでどうしておったのだ」

 そうはいっても、ぼくはただの小学生であって、アニメやマンガの主人公みたいに、モンスターと戦うわけじゃないんだ。ぼくが持っているのは、秘密のなんでもノートとえんぴつと――

「ねえ、これは?」

 ぼくが取り出したのは、ふせん紙。おとうさんがくれたべんりグッズ。はしっこのほうだけノリがついてて、ペタって貼りつけられるんだ。テレビで見た、ユーレイ退治のおふだに似てない?

「まあ、それでよい。ようするに、気の問題なのである」

 ハクさんが腕組みしてうなずいた。キの問題ってなんだろう。やる気とか根気とか、そういうやつかな?

 まあ、やる気はあるよ。コンさん苦しそうだったし、なにより学校のなかがどよーんとしてて気持ちわるいんだ。

 おふだがわりのふせんに、なにを書けばいのか確認しているうちに、空がなんだかくもってきた。しめった風が吹いてきて、ちょっとさむいし、ヘンなにおいがする。

「……よどんでおるな。小僧、心せよ」

「こころせよって?」

 訊いたとき、ゴゴゴゴってかんじの音が聞こえた。地震みたいに揺れたかと思ったら、ハクさんが二本足で立ち上がって、前肢をあちこちに動かしはじめた。それに合わせて、なんだかキラキラした光が空中にあらわれて、ぼくらのまわりにあつまってくる。

 ドーム状の膜みたいなものができて、揺れがおさまったし、ヘンなにおいもなくなった。

「結界を張った、小僧、を持つである」

「う、うん。わかった」

 ぼくはノートを下じきにして、ちいさなふせんに言葉を書く。

 うーん。こういうの、マンガだと筆でさらさら書いてるけど、習字道具は家にあるんだよなあ。しかたないから、えんぴつ書き。

 こんなんでいいのかな?


 おかえりください

 草薙 尊


 むずかしい言葉はよくわからない。

 だいじなのは、気持ちだってハクさんは言った。

 あとは、名前を書けっていうから、それもちゃんと書く。まだ習ってない漢字だけど、自分の名前ぐらいはちゃんと書けるよ。

 おなじものをたくさん書いて、ハクさんが「ここなのである」っていうところに貼りつけていく。手を合わせてお祈りもしておくことにする。このモヤモヤしたやつも、タマさんがよく言ってる「裏の世界のもの」ってやつだと思うから、おなかすいてるってことだろうし。

 学校のなかをぐるぐる歩いて、さいごに元の場所にもどってきた。そこで両手を合わせる。


「封印」


 ぱんと手を鳴らしたとたん、地面から風がぶわっとあがってきて、いやな空気とかモヤモヤしたものを、吹き飛ばしてしまった。

 すごくスッキリした気分だよ。

「ハクさんは、すごいね」

「当然なのである。……いや、まて。そのハクサンとやらは、もしや俺様のことを言っておるのか?」

「ダメだった? 雷獣ってハクビシンのことなんでしょう? だからハクさん」

「雷獣は雷獣なのである!」

「じゃあ、ライさん?」

「どうしてそうなるか!」

「タケルに言っても無駄さね」

 ぼくたちの声に割って入ってきたのは、タマさんだ。

 タマさんだけじゃなくて、高校生ぐらいのおにいさんがいっしょにいる。テレビに出てくる芸能人みたいなひとだ。イケメンが好きなチカちゃんが見たら、キャーキャーさわぎそうだなあ。

 おにいさんはお祭りでもないのに着物を着ている。おとうさんに連れていってもらった、大学のお祭りでやってたコスプレみたいなかんじ。ああいうの、書生さんっていうんだっけ。

 赤茶色の着物と紺色の袴を穿いているおにいさんは、抱っこしていたタマさんをおろすと、ぼくたちのほうに歩いてきた。

 ぼくの足もとにタマさんがきて、身体をこすりつける。ふわふわのしっぽが当たって、くすぐったい。あったかいタマさんを抱っこすると、ほっとした。もしかしたら、すごく怖かったのかもしれない。

 タマさんと頭をごっつんこしていると、ハクさんとおにいさんが話しかけてきた。

 おにいさんはハクさんの知り合いみたい。ハクさんがお稲荷さんのところにいないから探していたところ、道祖神どうそしんに呼ばれたらしい。

 ドウソシンっていうのは、ケロさんが言うには土地の守り神さまらしいけど、どこにいるんだろう?


「いつも誰かの手があるとはかぎらぬのだから、己の身は己で守るのである。をうまく使うがよい」

「助けてくれてありがとう、ハクさん」

「ハクさん?」

 おにいさんがふしぎそうな顔をしたので、ぼくは説明する。ハクビシンの鳴き声がわからないから、ハクさんなのだと言うと、おかしそうに笑った。

「そうか。猫には見えなかったのなら、よかったよ」

「もしも猫なら、ニャーさんかな」

「にゃーではない!」

 すかさずハクさんが吠える。おにいさんはそれをみて、クスクス笑っている。

 ニャーさんもかわいいと思うんだけどなあ。

「じゃあ、やっぱり雷獣のライさんにする?」

「……ハクさんでいいのである」

 なんだかすごく顔をしかめてハクさんが言うと、おにいさんはまた笑いはじめた。なんだかよく笑うひとだ。

「帰るのである!」

 ハクさんが声を張りあげると、身体が大きくなった。動物園で見たゾウとかキリンとか、あれぐらい大きい。すごい、これが妖怪変化ってやつだ。アニメで見たことある。

 おにいさんは大きなハクさんの背中に乗った。そうしてぼくに手を振ると、ハクさんに呼びかけた。

「行こう、ハクオウ」

 風が吹いて、大きなハクさんが浮き上がる。そうしてぼくの頭のうえをぐるりとまわってから、どんどん高く高く上がっていって、どこかに消えた。

 また会えたらいいなあ。

 そのときは、抱っこさせてくれるかな。



 コックリさんのブームは去ったけど、こんどは「天使エンジェルさま」というのが、はやっている。

 ドレミちゃんもそのひとり。

 コックリさんは恐ろしいものだけど、エンジェルさまは天使だから、呪ったりせずに、むしろ良いことしかないらしい。


 どっちでもおなじじゃないかな、とぼくは思う。

 だって机のところには、まっしろい毛並みのコンさんがいて、ふわふわのしっぽを揺らして座っているんだからさ。






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