02 タマさんと神社の秘密 2

 タマさんはよく外にあそびにでかける。あとをつけようとして、いつもしっぱいするんだけど、その日はぐうぜん、タマさんが通りすぎるのをモクゲキしたのだ。

 ぼくは駄菓子屋のかげにこっそりかくれて、タマさんが歩いていく方向を見る。

 猫は人間とおなじ道なんて通らない。

 家と家のすきまのほそい道に入っていったので、ぼくはまわり道をする。

 そうやって、ぐるぐると行ったり来たりをくりかえしているうちに、神社のほうへ出た。こんなところから神社に入ったのははじめてで、ビックリする。

 神社の裏がわにこんな場所があったなんて、知らなかった。

 まさに、秘密の道だ。こんど、コウキくんにも教えてあげなくちゃ。


 上坂かみさか神社はちいさいけど、このへんの子にとっては、ちょっとした遊び場。ちいさいころから知っている場所だけど、いつもとちがうところから入ったせいか、なんだかふんいきがちがってみえた。

 低い木がたくさんあつまって、トンネルみたいになっているところを、タマさんは進んでいく。おとなは通れそうにない道を、ぼくはしゃがみながらゆっくり歩いた。なにせタマさんがふりかえったらアウトだし、こっそりしないといけないのだ。

 ぼくは知っている。

 こういうのを、「ビコウ」っていうんだ。


 考えているあいだに、ずんずん進んでいく。

 ぼくは、タマさんのしっぽを追いかける。

 ゆらゆら、ふらふら。

 タマさんのしっぽが揺れる。

 見つからないように息をしずかにしていたせいで、だんだんと苦しくなってきた気がする。きんちょーしているせいで、なんだかあついや。


 ――それにしても、どこまで行くのかなあ。


 そんなふうに思ったとき、ぼくは気がついた。

 上坂神社って、こんなに広くない。はしからはしまで歩いても、10分ぐらいでおわっちゃうはず。

 それに、神社のなかで、こんなふうに上ったり下ったりするところなんて、ないはずだ。

 ぼくはいったい、どれぐらい歩いてきたんだろう。

 汗をかいて、すごくのどがかわく。

 胸のおくのほうがドキドキして、かけっこのあとみたいな気持ちになる。


 ――もうタマさんにバレてもいいから、呼んでみようか。


 ひとりでいるのが怖くなって、ぼくはタマさんを呼ぼうとしたけど、どうしてか声がでなかった。

 どれだけがんばって声をあげようとしても、くちからはヒューヒューと空気がもれるみたいな音がして、言葉にならない。

 そういえば、風で葉っぱが揺れる音も、いつのまにか聞こえなくなっている。


 ――もう帰ろう。


 そう思ってうしろを向く。

 そうしたら、ずっとまっすぐに進んできたはずなのに、カーブになってて、生い茂る葉っぱのせいで道が消えたみたいに見えた。

 それでも一本道だったし、このままもどれば外に出られるはずだよね。


 ぼくがもどろうとしたとき、ざわざわと音がきこえた。

 葉っぱが鳴らす音ににてるけど、それだけじゃない音もきこえる。



 通りゃんせ、通りゃんせ

 用なきモノは、通しゃせぬ

 行きはよいよい、帰りはこわい

 覚悟なきモノ、通るべからず

 とおり道は、迷い道

 まどい道は、まっくらやみ

 かよい道を、通りゃんせ



 おとなと子どもと男のひとと女のひとと。

 ぜんぶがまざったみたいな声が、上から下から右から左から、聞こえてくる。


 通れって言ったり、通さないって言ったり、通るなって言ったり。

 まるであべこべで、わけがわからない。

 声が響く。

 夏のセミがジージーシャワシャワうるさいみたいに反響して、声がぼくをとりまく。ぼくにささやく。


 迷い道

 惑い道


 正しい道は、こちらへどうぞ



 頭のなかがおかしくなりそうで、耳をふさいでうずくまった。

 ぼくはもう、自分がどっちから来たのかすらわからなくなってきていた。

 タマさんの細長いしっぽは、どこにも見当たらない。


 鼻のおくがツンとなってきた。

 ぼくがタマさんの秘密をさぐろうとしたから、きっとバチがあたったんだ。

 いつもとちがうところから、だまって入ったから、神社の神さまが怒ってるんだ。


 ごめんなさい。

 ぼくがわるいから、たすけてください。


 おかあさん!

 おとうさん!

 タマさん!


 大きな声をあげようとして、ヒューヒューという音がでる。

 吸いこんだ空気は、食べ物がくさったみたいな味がして、気持ちわるくなる。

 手も足もつめたい。

 いつのまにか、地面が泥になっている。


 ひたひた、ひたひた。

 じめっとした雨の日みたいな空気。

 靴のなかに水が染みこんできたみたいだ。

 ぬるぬるして、こぷんと音がする。



 通りゃんせ

 通りゃんせ

 かよい道を

 通りゃんせ


 いきはよいよい、かえりはこわい


 帰り道はもう消えた


 生きがよいよい、たましいよ


 ワシのじゃ、オイラだ、わらわに喰わせよ

 久方ぶりの、たましいよ



 声が大きくなった。

 腕とか足とか背中とかを、誰かがぺとぺと触っている感覚。

 ぎゅっと目をつぶったまま震えていたときだった。



 ニャーオ



 高く、猫の声が響きわたった。

 大きく聞こえたあと、重なるみたいにつぎつぎに猫の声が聞こえてくる。

 一匹だけじゃない、たくさんの猫の声だ。

 ニャオニャオ、ニャゴニャゴ。

 あのへんな声を消しちゃうぐらい、猫ねこネコねこ猫。

 ふと、ぼくの足にふんわりやわらかいものが触れた。目をやると、細長い猫のしっぽ。茶色い毛と、黒い毛。二本のしっぽが揺れている。

「……タマさん?」

「まったく、なにやってるんだい」

「タマさん!?」

「ついてきな」

 三毛猫のくちから、ニャオウという声が聞こえたかと思えば、なぜか人間の言葉になって頭のなかに響く。

 ついてこいと言った猫がぼくの前を歩くんだけど、しっぽがふたつあった。

 茶色と黒色のしっぽが、ゆらゆら揺れて、交差する。

 茶色いしっぽに、黒色がからまっているみたいに見えて、ぼくはつぶやいた。

「トルネードだ」

「急ぎな、長居は無用だよ」

「わ、わかったよ」

 立ち止まって振り返った猫の身体には、茶色の三角と黒い丸の模様があった。




 あんなに歩きにくいと思っていた地面は、いつのまにか固い土にもどっていた。ちらちらと日射しが落ちてきて、耳には風でそよぐ葉っぱの音も聞こえてくる。

 前のほうが明るくなっていて、ぼくはすこしだけスピードをあげて、そこへ足を踏み入れた。


 そこは、神社の境内だった。本殿の裏がわの、あんまり陽が当たらない場所。幼稚園のころはかくれんぼをしてあそんでたけど、小学校にあがってからは、そんなこともなくなって、すっかり忘れていた場所だ。

 ニャーと猫の声がして振り返ったら、四匹の猫がいた。ぼくの足もとにいたタマさんがニャオンと鳴くと、それを合図にしてどこかへ走っていく。

 ぼくは訊いた。

「タマさんって、ボスネコってやつだったの?」

「……言うに事欠いて、まずそれを訊くのかいおまえは」

 ニャウニャウとタマさんが鳴くけど、そうはいっても、ぼくだってこまるよ。

 タマさんのことについて調べようとは思ったけど、まさかタマさんがこんなに変わった猫だとは思ってなかったんだ。ソウテイガイってやつだよ。

 うーむと考えるぼくの前で、タマさんのしっぽが不機嫌そうに揺れる。

 それは見慣れた二色のしっぽで、さっき見た、色分けされた二本のしっぽはどこにも見当たらない。

「タマさんのしっぽは、どっちが本物なの?」

「さてね。アタシはアタシで、ここにいるだけだからね」

「すごい、かっこいいね、それ」

「……というか、おまえは驚くってことをしないのかい」

「タマさんもお話できたんだなーって、うれしいほうが大きいし。タマさんはタマさんだから、べつに怖くもないし」

 それに、なんとなくだけど、こういうのははじめてじゃない気がするんだ。

 ぼくがそう言うと、タマさんは「そうだろうね」と、耳をぺたりと伏せた。

「おまえはケンキだし、無自覚に首をつっこむものだから、見ているこちらがヒヤヒヤするよ」

「けんき?」

 見る鬼と書いて、けんきと読むらしい。なんと、タマさんは漢字も知っていた。

 鬼っていっても、それは人間じゃないものぜんぶをさしていて、ようするにお化けとかユーレイとか、そういうやつ。

 つまりアレだ。霊感があるってことかな?

「なにを呑気な物言いをしているかね」

「ちがうの?」

「あれだけはっきり見聞きしておいて、感覚だけで済ませるんじゃないよ」

 フーと毛を逆立てて、タマさんが怒った。

「さっきだって、あのままじゃあんた、魂を抜かれるところだったじゃないか」

「そうだ。あれって、なに? 神社の裏から入ったから、神さまが怒ったのかと思ってたんだけど」

 もっといえば、タマさんをビコウするという悪いことをしていたから、バチがあたったのかなと思っている。

 だけどタマさんは、またフーフー怒って言った。


 タマさんが通ったのは、裏の道。

 この場合の「裏」は、単なる表と裏じゃなくて、人間が住んでる世界と、そうじゃない世界のこと。ぼくたちが住んでいるのが表で、ぼくが見たようなお化けや妖怪が住んでいるのが裏。

 ふたつの世界は、表裏一体。

 裏の世界に行くには、正しい道を通らないといけなくて。

 ぼくは、その「正しい道」を通らずに行こうとしたから、悪いものにつかまっちゃいそうになったらしい。

 あのへんな声はぜんぶ、ちゃんとした裏の世界に行けなかったモノたちなんだって。

 ふたつの世界の狭間はざまに引っかかって、動けなくなっちゃって。ぼくみたいに、うっかり迷いこんだ人間や動物の魂を食べている。

 どこにも行けないから、おなかがすくのかなあ。


「ねえ、タマさん。あのひとたちに、お供えとかできないの? おなかすいてるんだよね?」

「……おまえって子は、どうして、そう」

 だって、おなかがすくのはたいへんだ。寝坊して朝ごはんをちゃんと食べられなかった日は、給食までにすっごくおなかがすくんだ。グーグー鳴って、教室で聞こえたらどうしようってぐらい。

 隣の席にいるカミルくんにはばっちり聞こえたみたいで、かわいそうな子を見るみたいな顔をされた。ぼくはちょっと哀しかったよ。

「だから、えーと、いまなにかあったかなあ」

 カバンを探してみるけど、ビスケットがひとつだけだった。ポケットに入れて叩いても、量は増えずに粉々になるだけだって、八才にもなればわかる。

 タマさんは下を向いて、頭を振った。やれやれってかんじ。

 そして、人間みたいに後ろ肢で立ち上がって、ひょこひょこ歩いていく。バランスをとるみたいに、しっぽが二本になっていた。

 本で読んだことがある。しっぽがふたつに分かれている猫。

 たしか、猫又ねこまたっていうんだ。


 ニャーー!


 タマさんの声が、一帯に響いた。




 タマさんがなにをやったのか、ぼくにはよくわからない。

 だけど、あれ以来、裏口から入っても、あのヘンな場所に行くことはなくなった。

 あのときは、タマさんが「道を開いていた」だけで、いつもはめったなことで迷いこんだりしないらしいから、いまも変わらず、あのひとたちはおなかがすいているのかもしれない。

 神社の裏、すみっこのほうに石を置いて、ぼくはおまんじゅうをお供えする。

 妖怪はなにが好きかわからないから、ポテトチップスをちょっとだけ持ってきたりもする。あのとき、ぼくとおなじぐらいの子どもの声も聞こえたと思うから。

 ぼくのたましいはあげられないけど、かわりにお供えものを食べてくれたらいいなと思うんだ。





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