てりやきマックバーガー

「マクドナルドでは、てりやきマックバーガーしか食べちゃだめだと思い込んでいたんだ」

 ある日、浅川孝之がつぶやいた。

 てりやきマックバーガー。

 それは、永岡一成にとっても思い出深い食べものだ。小学校時代には、二人とも必ずオーダーしていた一品。

「だから、てりやきマックバーガー以外の選択肢なんて無かった。他のハンバーガーを食べてもいいんだって気付いたのは、中学に上がってからだったよ」

「孝之らしい」

「でね、中学生以降は、てりやきマックバーガーのほうを食べなくなった。僕ね、好きじゃなかったんだ。あの味」

 それはそうだろう。

 何故なら孝之は『甘辛』だとか『甘じょっぱい』食べものが苦手だ。その代表がみたらし団子で、よそで出されたときには一成は黙って孝之のぶんも食べたものだ。周りには、決して、わからないように。

「好きだと思い込んでいたんだよ。美味いって、思い込んでいたんだ」

「孝之の舌に合う筈が無いのは、明白なのにね」

「うん」

 その昔孝之は、決して親に逆らわない子どもだった。一成はそのさまをいつも、痛々しく見つめていた。

 てりやきマックバーガーに対する思い込みも、親に与えられたからに違いない。律儀に順応に当たり前に、食べてきたのだろう。一切の疑問を抱かずに。

「それでさ」

 孝之の声に我にかえる。

「今度、食いに行こうよ。てりやきマックバーガー」

 目の前の彼は、破顔していた。

 一成はきょとんとしてしまう。

「なぜ?」

「あまりにも長いこと食べていないから。僕、確かめたいんだよ。中学生以降の『本当は好きじゃなかった』が、今もそうなのか、否か」

 なるほど。実に

「孝之らしい」

 微笑んだのは、同時だった。

「明日、行こうか」

「そうする」


 実際には一週間後、二人はマクドナルドにいた。

「どう?」

「やっぱり、えびフィレオやチキンクリスプのほうが好み。僕はね」

 『僕はね』を文字であらわすと、エクスクラメーションマークが付くんだろうな。――そのとき一成はそう感じて、孝之の存在をいとおしく思った。

 なんとなく付き合いでてりやきマックバーガーをオーダーしていた一成に対する、孝之なりの気遣いを感じたからだ。

「孝之。食べられて良かったね、てりやきマックバーガー」

「うん」

 孝之がとびきりの笑顔を見せてくれる。

 もう、彼が、てりやきマックバーガーを食べる日は二度と来ないのだろう。

 それは確かな門出だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インスタント・ノンフィクション 電子煙管(仮) @electronickissel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ