インスタント・ノンフィクション
電子煙管(仮)
かれの孤独
『人を殺してみたい』と、大内雅之は言う。
「人間の三大欲求というものがあるけれど、あそこに殺人が這入らないのは不自然だ」
電子キセルに赤ワイン。いつもの雅之の夕餉。
「他者に理解を求めるのはむつかしいだろうね」
ワイングラスの隣のコップに手を伸ばし、岩佐啓太は微笑んだ。微笑むのは癖だった。そして一気に、水を飲み干した。――啓太の夕餉。
「無論」
「だから、おれは、きみに話して欲求を逃しているよ」
細めたまなざしが好ましい。
立ち上る紫煙を見つめながら、啓太は、雅之の視線の先に思いを馳せた。
「実際に、人を殺すわけにはいかないからね」
それは、苦渋の決断だったろう。
啓太はおもう。
食と同等の欲求を解消できる日が、生涯来ない――正気の沙汰では無い。
大内雅之は、なんて理知的な人物だろうか。
かれの孤独が、啓太にはいつも、かなしかった。
「どうしても、疼いて、疼いて、仕様がなくなったらさ」
「そのときには俺を、殺すんだよ」
言い聞かせるような啓太の言は、もう何度繰り返したか。
「そんなことが起こるくらいならば」
「二度ときみの前には現れない」
同じだけ繰り返された、雅之の言。
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