第29話 障子明かりの決闘

 だが、次のシーンは暗闇のままではいけない。

 僕は思い切って、雨戸をひとつ開け放った。

 外の光が障子越しに、上手からぼんやりと舞台に入る。

 その瞬間、コーディーリアがエドマンドに、リア王が伝令に早変わりする。

 伝令が跪くと、エドマンドは尊大に言い放つ。

「俺に挑戦状だと? 読み上げろ」

 伝令が読み上げる挑戦状の主は、息子と名乗れぬままに父親を失ったエドガーだ。

「エドマンド。父親を追放し、王への反乱を煽り立てた罪を問う。真実と名誉を重んじるなら、挑戦を受けろ」

 世界への憎しみに満ちた邪悪な庶子は、毅然として叫ぶ。

「挑戦を受ける。合図の鐘を鳴らせ!」

 そのとき、この時間にはあり得ない梵鐘の音がした。

 夕子の仕業だと、すぐに察しがついた。

 僕はさっきのお経の続きを唱えながら、舞台に入る。


 光雲無碍如虚空

 一切の有碍に障りなし

 光沢かぶらぬものぞなき

 難思議を帰命せよ


 エドガーが登場すると、本堂の雨戸がひとつ、またひとつと外されていった。

 夕子の指示で、照明担当者が動いているのだ。

 鈍い障子の明かりの中で、エドマンドがそれとは知らず、腹違いの嫡子を迎える。

「何者だ?」

 無実の罪で追放された兄は、自嘲気味に答える。

「名乗る名など、とうに失くした」

 だが、それは自尊心の裏返しでもある。

 同じものを傷つけられて生きてきた庶子には、受け入れられるものではない。

「気に食わんな、己ひとり尊しというその物言い。合図の鐘を鳴らせ」

 その台詞が聞こえているはずもないのに、絶妙の間で、再び梵鐘が鳴った。

 決闘シーンにはそれなりのBGMが欲しいところだが、電気がなければミキサーもただの箱に過ぎない。

 僕は自分の口で、このシーンを演出しなければならなくなった。

 低く歌いながら、エドマンドと剣を抜いて牽制しあう。


  清浄光明並びなし

  遇斯光の故なれば

  一切の業繋も除こりぬ

  畢竟依を帰命せよ


 最後のひと言が終わったところで、兄と弟の剣が交差する。

 倒れるのは、エドマンドのほうだ。

「名乗ってくれ。お前が貴族なら、許せる」

 苦しい息の下で告げるのを受けて、エドガーは答える。

「お前の父の息子だ、許し合おう」

 だが、エドマンドはまだ死ねない。

「父はどうした?」

 エドガーは、ただ母が違うだけの弟に、同じくする父親の最期を伝える。

「死んだ。正義が失われた絶望で」 

 エドマンドは、続いて兄を気遣う。

「名乗ったか?」

 エドガーは悲しみを抑えて、はっきりと答える。 

「死の間際に。追放した息子を前にしては、生きてはいまいと隠していた名を」

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