第28話 ヒューズ式なんていまどき古すぎます

 再び袖に入れば、もう僕の出番だった。

 あばら家のシーンから、盲目になったグロースターとの崖のシーンへ。

 さらに、コーディーリアがリア王と再会すれば、医師を含めた3人は、そのまま悪党たちへと姿を変える。

 エドマンドは、両天秤にかけた女たちの前で大見得を切る。

「王は娘に匿われたという。だが、俺たちを王を殺そうというのではない。フランスの侵略に立ち向かうだけだ」

 腹に一物あるゴネリルは、とりあえず妹と和解する。

「今こそ手を結ぶ時ではありませんこと? リーガン」

 だが、リーガンの考えていることもそんなに変わらない。

「そうですわねえ、お姉さま」

 どちらもエドマンドを巡って、お互いを亡き者にしようとしているのだ。

 恋の鞘当ての的となっている本人の思惑は、もっとどす黒い。

 その本音は、客席に向かって語られる。

「こいつらも始末せんとな」

 

 そこで、再び僕の出番だ。

 戦況を確かめに行ったエドガーは、グロースターのもとに戻ってくる。

「フランスが敗れ、陛下と姫が捕えられました。参りましょう、ここにいては危険です」

 だが、グロースターはもう、生きようとさえも思ってはいない。

「いや、私はここで死ぬ。もはや希望はない」

 絶望しきった父親を、息子と名乗れぬままにエドガーは叱咤する。

「己の生き死にすら、人は思うままにできません。全ては、然るべくして起こるのです」

 その言葉が、ひとたびは消えかかった老人の生命の炎を燃え立たせる。

「あなたの言う通りだ。行こう」

 だが、エドガーの心は、未だ晴れてはいない。

 世界の不公平への憤りを、ひとり吐き捨てる。

「正義を口にできるのは、勝ったときだけだということか」


 そのときだった。

 グロースターと袖に下がったとき、目の前が真っ暗になった。

 スポットライトも地明かりも、シーリングもパーライトも、一斉に消えてしまったのだ。

 僕は夕子と、慌てて縁側へ出る。

「どうした?」

 夕子は慌てて、篠井が残していったマニュアルをめくる。

「分からない、急に言われても」

 そこへ、ご住職がやってきた。

「庫裏も電気が来ません。ブレーカーが落ちたみたいですね」

 聞いてみれば、単純なオチだった。

 さすがに、篠井への悪態もつきたくなる。

「電圧ちゃんと計算しろよな……」

 だが、夕子はとことん篠井の味方だ。

「一徳くんにやらせたの、私たちでしょ」

 それは、事実と微妙に違っている。

 夕子を含めて、避難されるいわれはない。

「勝手にやって、勝手に送り付けてきたんだろ、灯体」

 だが、危機にあって他人を責めないのが夕子である。

「やるって決めたの建義じゃない」

 喜んでいいのか悲しんでいいのか、僕は夕子にとって他人ではないらしい。

 どんな顔をしたらいいのか分からないまま、僕はご住職に不満の矛先を向けた。

「何で戻さないんですか、ブレーカー」

 ご住職は、申し訳なさそうに言った。

「ヒューズが溶けちゃったんですよ」

 改修するなら、そっちも直しておくべきだったのだ。


 ご住職がブレーカーを直している間は、何とかこの場を乗り切らなければならない。

 だが、共に2年ちょっとを過ごしてきた仲間たちは、立派にその場を凌いでいた。

 運のいいことに、コーディーリアとリア王が幽閉されるシーンだったのだ。

 コーディーリアは、父親に無理をさせまいと気遣う。

「お姉さまたちにお会いになりますか?」

 だが、リア王は、やっと気付いた末娘の愛のために、生涯を終えようとする。

「この穴倉の中でいい。お前と二人きりになれるからな」

 コーディーリアは、そんな父の思いを酌んで答える。

「不幸が顔をしかめるなら、睨み返してやりましょう」

 リア王もまた、誇り高いひと言を残す。

「ワシらを泣かす前に、連中が残らず疫病で死ぬだろう」

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