第25話 最後の一手

 あくまでも、夕子との間では、である。

 僕の頭の中では終わっていなかった。

 余計なことだとは思ったが、やっぱり、最後の最後でいいところを見せないではいられなかったのだ。

 部活が終わって顧問も帰った後、僕はこっそり庫裏を訪ねて、ご住職への直談判を試みた。

 確かに、危険なことではある。不安はあった。

 何よりも、こういうとき、僕はいつも失敗してきたのだ。

 だが、思い出してみれば、篠井は平気でこれをやってきた。

 それなら、僕にできないわけがない。

 自分にそう言い聞かせながら、僕は再び、ご住職に無理をお願いした。

「お願いがあります……お寺のチャンネルで、公演流してください」

 ご住職がネット法話をやっていることは、篠井から聞いたことだ。

 本堂でやることに、常楽寺のチャンネルを使うわけである。

 何か支障があるとは思えなかった。

 しかし、ご住職は、スマホを僕に差し出しながら釘を刺した。

「ここに、人を集めてしまうことになりませんか? せっかく静かになったのに」

 誰かSNS上に上げた画面上には、誰もいない川原が映っていた。

 僕と篠井で杭を打ち、ロープを張った場所だ。

 確かに、ここのところ、県外ナンバーの車を見たことがない。

 だが、自主公演をネット配信することが、この成果をふいにするとは思えなかった。

「バーベキューもしなくなったのに、わざわざ1時間の芝居を見に来るでしょうか?」

 そう尋ねると、ご住職は静かにかぶりを振った。

「バーベキューもできないから、芝居を見に来るんですよ」

 そこでご住職は、SNSの画面を拡大してみせた。

 よく見ると、杭には立て看板が括りつけられている。

 こう書いてあった。

 ……ここで溺れて死んだ人がいます。

 人を遠ざけるには効果的だが、いたずらとしてはあまりにも性質が悪い。

「誰がこんな……」

 そう言いかけて、はたと気付いた。

 篠井なら、やりかねない。

 早退を繰り返していたのも、このためだと考えれば説明がつく。

 自分で看板を立てて、自分でSNSに上げたのだ。

 バーベキューをやりに来て、SNSの写真どおりのこんな看板を見れば、まるで三途の川にでも来たような気になることだろう。

 それでも肉を焼いたり泳いだりするほど図太い神経は、僕にはない。

 ご住職は、寂しげに笑いながら言った。

「身勝手かもしれませんが、人は逃げ場を求めるものです。口実は、何だっていいんですよ」

 それはそうかも知れない。

 だが、この公演をウィルス感染の発端にするわけにはいかなかった。

 より多くの人に、しかし、この本堂に来ないで僕たちの上演を見せられないものか。

 ご住職は静かな口調で、僕の申し出を断った。

「無作法なことですが、桜の花が咲けば、人は枝を折りに来るものです。雪が降ったのを見れば、外へ出てしまうものです」

 だが、その瞬間、僕の頭の中に閃いたことがあった。

 ご住職の言葉だ。

 ……何でもできるっていうことは、何もできないのと同じなんです。

 それは、何かができるようにするためには、何かできないことがあっても仕方がないということだとも取れる。

 僕は、ご住職の目を見据えて言った。

「あります! リモートで自主公演を見ざるを得ない方法が」

 それが何なのかを告げるのは、もう面倒臭いので後回しにした。

 更に面倒臭がりの顧問を動かすには、1分1秒でも時間が必要だった。

 その場で、夕子に連絡を取る。

 いいところを見せる見せないの問題ではなかった。

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