第14話 いちばん頼りたくないヤツに知恵を借りる
稽古が終わると、いつも最後まで残っている夕子は、今日に限って真っ先に帰ってしまった。
逆に、いつもは誰よりも早く帰る篠井は、最後まで帰れなかった。
僕が引き留めたからである。
どうしても、頼まなければいけないことがあった。
「結構、図々しいですね」
話を聞いた篠井が最初に言ったのは、それだった。
率直と言えば率直、礼儀を知らないといえば知らない物言いだったが、ここは下手に出なくてはならない。
「換気さえクリアできればいいんだ」
大きくて、強力な送風機があれば、体育館の中の空気を外に追い出せる。
それは、篠井も納得できたようだった。
「できなくもないですけど、それでいいんですか?」
協力的ではあるが、こいつの口の利き方は、どうもどこか引っかかる。
だが、ここは我慢するしかない。
分かる限りのことを答えるしかなかった。
「感染症対策としては、そのくらいしか……」
篠井は、相変わらずの冷ややかさで、さらに痛いところを突いてくる。
「照明なしでやるんですか?」
できれば使いたいが、今までは公民館の設備頼みだったので、充分な照明用の明かり……灯体がない。
舞台全体を照らす「地明かり」という光や、ある部分だけに当てる光を作るには、レンズの入った灯体が必要だ。
だが、自前の灯体は、「パーライト」というレンズなしの照明機材しかない。
高校の文化祭では、体育館ステージの上で1列に並んだ、「ボーダーライト」と呼ばれる赤青緑の3色灯を使うしかなかった。
前からの明かりは、体育館の左右のギャラリーに組んだ三脚の上に、パーライト3灯ずつを設置していた。
カラーフィルターで色を調整して、斜め方向から当てるのだ。
小学校の体育館がどうなっているかは下見をしないと分からないが、高校と同じことができるとは限らない。
最悪の場合は、昼間に、照明なしでやるしかないだろう。
あっても、せいぜい蛍光灯だ。
だが、前例がないわけではない。
「できなくはないんだ。大昔は、そうだったんだから。シェイクスピアの若い頃だって」
「何年前の話ですか? それ」
篠井のツッコミに、僕は事実だけを挙げて答える。
「400年か500年くらい前かな」
シェイクスピアは16世紀末から17世紀末に活躍した、イギリスのルネッサンスの立役者だ。
だが、篠井にとって、そんなことはどうでもいいらしかった。
クリエイターではなく、あくまでもユーザー目線でものを言う。
「そのときのこと知ってる玄人は納得してくれますけどね。知らない素人の大半は分かんないんじゃないかと」
もっともな理屈だが、それを言ってはおしまいである。
僕は食い下がった。
「それを分かるようにするのが僕たちなんであって」
芝居を作りたかったら、小屋に合わせるしかない。
だが、篠井は他人事のように一蹴してかかった。
「多分、自己満足で終わると思います」
それでも、照明機材ばかりはどうにもならなかった。
可能な限りパーライトで舞台の中を照らそうと思えば、方法がないわけでもない。
タワーと呼ばれる櫓を使ったり、体育館の梁から張ったロープで吊るした丈夫な金属のパイプに灯体を固定して、シーリングという照明にすることもできる。
だが、問題も大きかった。
「タワー建てたりシーリング吊ったりするの、かなり危険なんだ」
客席にタワーが倒れたりシーリングが落ちたりすれば、大事故になる。
篠井の返答は単純だった。
「じゃあ、やめた方がいいと思います」
取り付く島もない。
だが、僕は諦めなかった。
理屈には、理屈で対抗するしかない。
「もし、分かる方法で見せられるんなら?」
頭の中に、閃いたものがあった。
方法が、ひとつだけある。
篠井は即答した。
「全面的に協力します」
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