第8話 抱え込んだ2つのピンチ

 だが、常楽寺での手伝いを始めて2日目で、すでに自主公演は雲行きが怪しくなっていた。

 各々が本堂で大きな木箱を運んだり、アニメや時代劇の小坊主さん宜しく、板間の雑巾がけをしたりして、そろそろ1時間が過ぎようとしていた頃である。

 広さがたぶん20畳くらい、本尊の阿弥陀如来の鎮座する蓮のうてなまで入れたら30畳くらいある本堂の隅っこで、僕は4人の2年生たちに取り囲まれていた。

 まず、そのひとりが、なけなしの勇気を振り絞ったという様子で口を開いた。

「納得いかないです、やっぱり」

 こういうときは、受け止めるしかない。

「それは……分かる。でも」

 他の部員が、続いて声を上げた。

「明日も8時ですよね?」

 近所に住んでいる僕には実感できないことだが、1時間近くかけて自転車を漕いできた部員もいるのだ。

 だが、僕はきっぱりと答える。

「部長がそう言うし」

 人のせいにしたわけでない。

 部活が自己管理できていてはじめて、学校内外の評価も得られる。

 その中心が、部長なのだ。

 だが、イマドキの後輩は、それでは納しない。

別のひとりが、痛いところを突いてきた。

「でも、お金ないんじゃ、会場借りられないじゃないですか。公演もないのに休日潰されるんだったら、僕たち、辞めます」

「ちょっと、それは部長が……」

 公演をどうするかは、部長がきちんと考えている。

 そう言い切ろうとしたが、そこで最低最悪の邪魔が入った。

 当の部長本人がやってきたのだ。

「どうしたの? みんな」

 部員たちが、今度は夕子を取り囲もうとする。

「先輩、実は……」

 まずい。

 僕はソーシャルディスタンスなどお構いなしに、部員たちの間を駆け回って夕子から遠ざけた。

「待った、ちょっと待った。なんとかする……解散でいいよね」

 最後のひと言は、夕子への確認だ。

 だが、それに対する返答はなかった。

「あ、篠井君がいない」

 どうも夕子は、遠くから来た不思議な美少年に興味津々らしい。

 もっとも、それを気にしているのは僕だけのようで、部員はさらっと答える。

「何か、住職と話したいからって」

 話をそらすには好都合な、侵入部員の態度だ。

「勝手だな……呼んできてよ」

 すると、夕子が横から口を挟む。

「お父さんが迎えに来る都合で、先に帰るって言ってた」

僕は夕子に小声で囁いた。

「いいの? そんなんで」

 自由闊達というより、ただのワガママだ。

 それでも夕子は、篠井にだけは妙に甘かった。

 囁き声も、甘く聞こえる。

「明日学校だし、準備もあるでしょ? ろくな説明もなしに入った部員を、いきなりシメてもね」

 どうも、言うことがえこひいきっぽい。

 だが、部長を部員の追及から守るには好都合だ。 

僕はちょっと高い声で言い切った。

「じゃあ、明日、僕が注意しとく」

 何も知らない夕子は、最後の事務連絡をする。

「2日間働いたから、明日と明後日の部活は休み。毎日やるなって、顧問の指示だから」

「じゃあ、解散!」

 僕が部活終了を告げると、4人の部員がそそくさと、その場から消える。

 また、僕たちはふたりきりになった。

 そこで夕子は、きまり悪そうに言った。

「実は、困ったことになっちゃってさ」

 どうやら、本題は篠井のことよりも、こっちにあったらしい。

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