第6話 突然現れた優等生
なんにせよ。
こうして、8日間のタダ働きが始まった。
部活で揃えたジャージと「リア王」ロゴのTシャツに着替えた僕は何とか気力を振り絞って、午前8時ちょうどに常楽寺の境内へと駆け込む。
集合場所は、鐘楼だった。
朝夕、そして子供がいたずらする他には、除夜の鐘を鳴らす時にしか使わない場所である。
夕子は、やはりジャージにTシャツ姿で待っていた。
後からやってきた同じ格好の残り8人の部員が息を切らしながら、2mのソーシャルディスタンスを取って、夕子の前に整列する。
すぐさま、夕子の罵声が飛んだ。
「遅い! 全員、検温の報告!」
発熱していないことが、部活参加の絶対条件だ。
僕は反射的に、間髪入れずに答えていた。
「36度5分。平熱です」
これを皮切りに、次々と部員たちが自分の体温を答えていく。
その8人が全員、今日の活動に参加できると確認できたところで、聞き慣れない声がした。
「35度5分。ちょっと低いけど、これが俺の平熱です」
演劇部員10人の目が、いつの間にか現れた、その声の主に集中する。
鼻筋の通った、すらりとした感じの、背の高い少年がそこに佇んでいた。
僕は2m向こうの夕子に囁く。
「誰?」
それが聞こえたのか、少年は、よく整った顔に笑顔も浮かべることなく名乗った。
「篠井一徳。ちょっと前に、引っ越してきました」
考えてはいけないことなのだろうが、このご時世に、そこは気になるところだった。
「どこから?」
尋ねてみると、篠井と名乗る少年は、さらりと答えた。
「隣の県から」
そこで口を開いた僕は、もしかすると、いちばん無神経だったのかもしれない。
「え……こんなときに?」
だが、この篠井一徳は、自粛警察と非難されて仕方のないひと言を、軽く受け流した。
「こんな時だからって、オヤジが。ああ、2週間前、PCR検査も抗体検査も陰性でした」
そこで夕子が、話の流れを変えてくれた。
「どういうこと? わざわざ」
「IT系の起業するんで、なるべく安い土地探してたんです、親父。俺も県外移動自粛とか言われる前に動いとけって言われて、先月の頭に転校手続き取って、学校休んで」
夕子は夕子で、篠井の意表を突く返事に興味を持ったらしい。
「でも、何で演劇部に?」
「いや、ここの住職さんと話がしたくて」
どうやら、ここでのバイト……じゃない、手伝いの話は先に、顧問から篠井に入っていたらしい。
夕子が驚きの声を上げた。
「ここ有名なんだ、結構!」
また、篠井との間で話が弾む。
「動画で法話やなんか流したりとか、SNS使って人生相談やったりとか……」
どうやら、こいつはネット関係に詳しい人間らしい。
そこで、上機嫌の夕子は、ようやくのことで僕に話を振ってきた。
「建義知ってた?」
「いや、まさかここまでとは」
自分がいいところを見せるきっかけをつくろうとしながら、近所にある寺についての知識さえも、僕は引っ越してきたばかりの篠井に及ばなかったわけだ。
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