第5話 コピ・ルアクの罠

 演劇部の部員は、その日の活動が終わると、円陣を組んで反省会をすることになっている。

 だが、今日もお寺の境内で約2m間隔で円陣を組んだ部員たちは、有無を言わさぬ部長の決定を告げられた。

「ええと、明日から、ここの手伝いします。何時間?」

 横目で話を振られた僕は、ご住職の言葉を伝えた。

「1時間でいいって」

 夕子はゆっくり頷いて、部員全員に言い渡す。

「ご住職のお気遣いに感謝するように。明日から手伝います。お寺の朝は早いので、ここには8時に集合。いいね!」

 はい、と部員たちが歯切れのいい返事をする。

 僕もおもむろに頷いて、肝心なことを告げた。

「じゃあ、バイト料は……」

 家の近い副部長の僕が、ご住職からまとめて受け取ればいいと思っていた。

 だが、夕子はその先を、鋭い声で遮った。

「何言ってんの! 受け取れるわけないでしょう!」

 さすがに、これには僕も食ってかからないわけにはいかなかった。

「ちょっと待ってよ! 稽古だってしなくちゃいけないのに、タダ働きなんて……」

 そこで夕子の口から出たのは、意外なひと言だった。

「会場費の目途が立たなかったら、稽古も何もあったもんじゃないでしょう?」

 僕はつい、声を荒らげていた。

「だからもらえばいいじゃん! 日当1,000円もらって8日間とか」

 そこで夕子は、急に深々とため息をついた。

「もう貰ってるの、私たち……あのコーヒー」

「まさか、そんな、1杯8,000円のコーヒーなんて……」

 僕には想像もつかないシロモノだが、夕子は言い切った。

「あるのよ。コピ・ルアク……インドネシア産の、めちゃくちゃ希少価値のある豆」

 だが、この高さは法外だ。

「何でそんなに少ないの?」

 夕子は、言いにくそうに答えた。

「ジャコウネコの……から、手で拾って」

「え? どこから?」

 そこで夕子、呻くように答えた。 

「……ウンコよ、ジャコウネコの」

 聞かなければよかった、と心底思った。

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