第4話 アイスコーヒーに部長の眼が光る

 そこで玄関から、息を弾ませた夕子の声が聞こえた。

「遅くなりました、すみません! なんか今日、お客さん長っ尻で家の手伝い、忙しくて……」

 この辺はバスが2時間に1本しか来ないから、暑い中、自転車を必死で漕いで駆けつけたのだろう。

 静かに立ち上がったご住職が、玄関からマスクに制服姿の夕子を案内して戻ってきた。

「ええ、構いませんよ、代わりは鴫野くんがしっかり務めていましたから」

 だが、夕子は僕をちらりと見るなり、ご住職に頭を下げた。

「建義がいい格好して、心当たりがあるなんて言うもんですから……ご無理でしたら、断ってくださって構いません」

 人の努力を何だと思ってるんだろう。

 むしろ、フォローしてくれたのはご住職のほうだった。

「会場が借りられなかったら、困るんじゃありませんか?」

 夕子はその辺りを、当たり前のようにさらっと答える。

「それは、学校のグラウンド借りるとか、最悪、たとえばここ来る途中で川原に杭打ってロープ貼ってありましたけど、ああいうところでも」

 建物を借りるのは、いろいろとハードルが高い。

 その他にもいろいろと事情があるのだが、ご住職はそれも含めて、たいへん簡単にまとめて話す。 

「ああ、あれは人が入れないようにということのようです。バーベキューしに来る方がたいへんに多くて、この辺りの皆さんが迷惑なさっているとか」

 だが、それは夕子にとってはどうでもいいことだ。

「とにかく、小屋に合わせて芝居作るのが私たちなんで」

 だが、ご住職は笑顔のまま、素朴な疑問を投げかけた。

「雨が降ったら、上演は中止ですか?」

「それは……」

 夕子は口ごもった。

 単純なだけに、ひっくり返しようがない。

 返答に詰まった僕らに、ご住職は再び助け舟を出してくれた。

「まあ、落ち着いてコーヒーでも」

 夕子の前のカップにも、黒真珠のような色合いのアイスコーヒーが注がれる。

 グラスを手に取った夕子は、目を輝かせていた。

「いただきます」

 マスクを外して飲んだコーヒーに濡れる唇に、つい見とれてしまいそうになる。

 だが、その妄想を祓うかのように、ご住職は僕たちにもコーヒーを勧めた。

「いかがですか、もう1杯」

 じゃあ、と僕を含めた残り9人が9人、残らずグラスを手に取る。

 だが、自分のをゆっくりと飲み干した夕子は、きっぱりと言い切った。

「いいえ、結構です。今日はこれで……みんな、ちょっと」

 部員たちを見渡して撤収を促す夕子の目は、いつになく厳しい、冷たい光を宿していた。

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