第100話

 ガラガラガラと崩れる瓦礫の下からフシュ―と息を吐きながら龍頭の魔王が立ち上がる。頭からは血が流れ、白いうろこを朱に染めている。

 魔物の中には紫や緑の体液を流すものも多くいるが、目の前の魔王は赤い血を流していた。


「ようやく目が覚めた」


 ダメージは蓄積されているはずだが、その割に堪えている雰囲気はなかった。先ほどから殴り続けているのだが、それだけで俺の方も疲れている。

 耐久値が異常に高いのか、あるいは自己治癒力が高いのだろうか。

 掌に帰ってきた感触からすれば骨も数か所砕いているはずなのだ。その割に平然とし過ぎている。さすがは魔王というところか。


「死ねよ」

「それもいいかもしれんなぁ」


 奇妙な奴だ。

 龍頭のためか表情が読みにくいが、本心から言っているように思える。


「だけど、死ぬなら春がいいなぁ」

「は?」


 吹雪を攻撃手段として使ってきたやつが何を言っている。

 いや、そもそも、魔王と会話している意味が分からない。

 俺は頭を左右に振った。

 呼吸も整ってきた。もう一度仕掛けよう。打撃に耐性があるのなら斬撃を叩きこもう。

 手刀の形に魔力を込め、龍頭の首を斬ろうと踏み込んだ。

 だが、攻撃を加えようとしていた俺は気付くと大きく間合いを広げていた。冷たい空気の流れる中、汗が流れ落ちた。

 敵に避けられたわけではない。

 嫌な予感が無意識化で俺を動かしていた。

 見れば龍頭の魔王から湯気のように蒸気が立ち上っていた。青と白の交じり合ったような濃厚な魔力が一気に膨らみ爆発する。

 次の瞬間、龍頭が空に昇った。

 服の中にあった身体が襟元から龍頭に続いて伸びていく。

 空に顕現する白き龍。

 西洋風のどっしりとしたものでなく東洋風の蛇に手足の付いたような龍である。全長は10メートル位だろうか。

 その姿にククリ山脈にいた蒼龍を思い出す。

 アレと比べれば大人と子供。

 堂々たる姿で空に浮かぶ白龍であるが、その時のことを思い出せば恐怖も和らぐ。


「それが正体ってところか」


 最終戦のボスが第二形態になるっていうのも定番中の定番だろう。

 白龍は空を泳ぎながら、凍結のブレスを吐きだした。攻撃範囲から大きく距離を取れば、がれきが凍り付くのがわかった。凍り付いた建材がひび割れ、地面に落下し粉々になっていた。

 少しでも触れればそうなるのだろう。


 空にいれば近づけないとでも思うんだろうが甘い。


 白龍の背後まで空中を駆け上がった俺は首の後ろを蹴り飛ばし地面に叩きつける。そのまま地面に落下する勢いを利用して拳を叩きこもうとするが、白龍は慌てることなく退避する。空振りした拳が大きく地面をえぐる。


 避けた白龍は身体を振り回し俺を攻撃してくる。逆立ちから飛び上がった俺の真下を龍の下半身が通り抜ける。

 龍に変化したことで速度と膂力が増したようだが、それでも限界突破した俺の方が早い。体の大きさやブレス攻撃というのは脅威であるけども、俺だって800年続く轟流を継承しているのだ。負ける気は全然しなかった。


―――――――――――――――――――


 碧獣の身体には無数の裂傷に刺し傷が生まれていた。

 フランのスキル『雷斬』によって、バリアのような機能を果たしていた雷を無効化されてしまえば、碧獣はただの大きな獣と変わりはない。

 エスタとシエス、さらには王国軍の精鋭たちによる攻撃は少しずつ碧獣の体力を削っていっていた。

 普通の魔物ならすでに致命傷を与えているところであるが、昼の王と呼ばれる魔王の側近は伊達ではない。

 基本となるスペックの高さゆえに、ここまで一方的な戦いを続けていながら碧獣が倒れることはなかった。


「GUROROROOOOOXO」


 わき腹に大きな穴をあけた碧獣はフランから大きく距離を取ると、大気を震わせるほどの大きな咆哮を上げた。

 何度か攻撃を受けたことで碧獣はフラン達の弱点を見抜いていた。己の肉体を守る雷を斬るという恐ろしい攻撃であるが、そのスキルを持つのはフラン一人であるということ。脅威であるがゆえに、先に倒すべきだと思っていたが、それは勘違いであると悟ったのだ。

 フランのスキルは脅威であるが、フラン単体は脅威になりえない。

 

 誰かが碧獣の動きを止めなければフランが碧獣を切ることができない。ならば、真っ先に倒すべきは周りの相手だろうと。雷の力を使い瞬発力を上げている碧獣の動きについてこれる小さな兎は無視して、遠くから弓で攻撃をしてくるエルフに狙いを定める。

 四肢に力を込めて瓦礫を渡り、頭を丸のみにしようと咢を開いた。


 その瞬間、体を守る雷が再び消失した。

 守りを失った碧獣に至近距離から魔力矢が突き刺さる。地面に落下しながら、フランの方を振り向けば、離れた位置で剣を振りぬいている姿が映った。

 

 直接でなければ斬れないと思ったのは碧獣の勘違いだ。

 フランの持つ剣は、魔力を斬撃として飛ばす魔法剣である。スキルは魔法の一種であり、魔力の性質を変化させたものである。それゆえ飛ばせないわけではない。それでも普通の剣ではフランも『雷斬』を飛ばすことはできなかった。魔法剣であるゆえ、可能となった攻撃である。


「GUROROROOOOOXO」


 地面に落ちた碧獣がフランをにらみつけ咆哮を上げる。そこへフランは追撃は仕掛けない。スキルが魔法である以上、魔力を消費する。以前に比べてステータスの上昇したフランだが、それでも魔力は純粋な魔法使いであるネルと比較すればかなり少ない。無駄打ちはできない。真っ向から戦えば、碧獣にはスピードもパワーも敵わないことは冷静に理解している。


 そして冷静になったのは碧獣も同じ。

 目の前の敵は一晩中戦った者たちとは違い力押しでどうにかなる相手ではない。碧獣のその目に人のような知的な輝きが宿る。


「なに?」


 様子の変化に人側は動きを止めた。

 エスタは冷静に弓を構えたまま、シエスはすでに碧獣の真後ろまで移動していた。騎士たちもフランを守れるようにタワーシールドを掲げ、フランは攻撃のタイミングを計っていた。

 碧獣の体が徐々に縮んでいく。

 変化中の体は一見隙だらけのように見えるが、放電量が大きすぎ碧獣へ近づくことすらできなかった。


 何もできないまま様子をうかがっていた三人の前に人型の魔物が姿を現す。

 体表を覆う毛は緑で、顔も獣の時とそれほど変わってはいない。それに帯電していることも同じだった。


「はやっ」


 フランはギリギリのところで人型となった碧獣の爪を受け止めた。

 だが、その瞬間、自身の魔法剣を伝って雷がフランを襲う。


「がはっ」


 フランのスキルは常時雷を無効化するものではない。そのため、スキルで意志をもって斬らない限りは雷の攻撃は受けるのだ。全身が痺れ身動きの取れなくあったフランに碧獣のもう一つの爪が襲い掛かる。それをエスタの矢が邪魔をする。雷のバリアを貫くことはできなかったが、その攻撃は碧獣の攻撃を逸らさせる。

 同時にシエスがフランの体をかっさらっていった。

 小さな体とは思えない膂力を発揮して、軽々と碧獣から距離を取った。

 追撃をしようとする碧獣へはエスタの矢が雨のように降り注ぐ。


「フランお姉ちゃん、大丈夫ですか」

「なんと…か」


 まだ、体に痺れは残っているが剣を握る手はしっかりと動いた。

 自分の弱さを知るフランは油断したつもりはなかった。

 それでも碧獣の速度は反応できる速度を大きく上回っていた。人型を取った理由は、その方が素早く動けるからなのだろう。筋肉量が減るかもしれないが、体重はその分減る。そして、体が小さくなれば的は当然小さくなり、エスタの矢を受ける可能性も低くなる。

 恐怖に身震いする。

 獣とは思えない知恵に、恐ろしいほどの速度。対応できる自信はなかった


 エスタが矢の弾幕で必死に抑えている碧獣の様子をうかがうと、その攻撃から逃れようと動いていた。しかし、その速度は一瞬でフランの目の前に現れたときほど早くはない。もしかして、高速で移動するときには、体を守る雷が出せないのだろうか。

 ほとんど無敵とも言える雷のバリアだったが、フランが参戦する前、雷を無効化する力を持たないはずの王国軍との戦闘でも傷を負わせていたのだ。碧獣の攻撃のタイミングに騎士たちの攻撃があった時に負わせたものかもしれない。

 そう思えばまだやれる。


「シエス」

「はい」

「すごく危険だと思うけど、お願いしていい」

「わかったです」

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