第99話

 ソレはがれきの山の上に悠然と座っていた。

 足元には血を流し、体をバラバラにされた死体が転がっている。服装から見て城に勤める近衛兵や宮廷魔導士なのだろう。

 昨夜見かけた碧獣と戦っているのとは別の部隊だったのだろう。


 まるでそこが玉座であるかのように、肩肘をついて拳に右頬を預けている。昨日見た影と同一の存在なのだろうか。人型には違いないが、日の光の下ではっきりとした姿は人とは似てもにつかない。

 ヴァンパイアロードがそうであったように、ソレもまた人と同じように服を着ていたが見えている地肌は白い鱗におおわれていた。身長は3メートルはありそうなのだが、魔族にも服を仕立てる技術があるのだろうか。

 龍人とで言えばいいのだろうか、大小二対の角を生やした鱗に覆われた顔は東洋の龍や麒麟のようであった。目は鋭く細められ、鋭利な刃物のように剣呑な雰囲気がある。

 昨日の影とは違い濃密な気配を有している。

 肌にピリピリと突き刺してくる殺気はヴァンパイアロードとは比較にならない。


「お前が魔王か?」


 それが以外に答えはないと思いながらも確認を取った。


「一人か?」

「ああ」


 碧獣に向かったフランとシエスとエスタ。それに王国の数名の精鋭たち。さらに、王都を結界に封じ込めるためのソウ率いる魔導士部隊。そこにネルは含まれる。さらには街の残された住民の避難を促すための部隊に分かれたため、俺は単独でここに来ていた。万全の態勢で向かうべく『武神の加護』を発動させておきたかったのだが、敵を前に儀式を行わないと発動しないようで加護はない。


「もう一人はどうした」

「もう一人?」

「バカげた魔導の使い手」

「ソウのことか。俺一人じゃ不満なのか」

「舐められたものよ」


 龍頭であるがゆえか、声がかすれ昨夜の影のものとは違う。だが、会話が成立しているようで、どうにもつかみどころがない感じが昨日のヤツだと物語っている。こいつこそが魔王なのだろう。

 これ以上の会話は不要だと拳を握りしめ、魔王に向かって歩き出す。


 俺の戦う意思を感じ取ったのか、魔王が開いた手に魔力を込めた。掌の上で氷の粒が渦を巻いている。局所的に生み出されたブリザードが手を離れ突然大きくなる。

 米粒くらいの氷が、こぶし大まで大きくなり風のうねりは周囲を巻き込むほどに広がった。

 音速で回転する氷の粒ががれきを粉砕しながら舞い続ける。

 縦横無尽に踊り狂う氷塊が時折俺に襲い掛かってくるがすべてを叩き落していった。


 氷を避けながら、龍頭の魔王へ肉薄し攻撃を繰り出すも立ち上がることすらせずに受け止める。

 さすがは魔王というところか。

 だが、俺は伊達にククリ山脈で修行を積んできたわけではない。

 拳に込める魔力を上げる。

 

 突如として膨らむ魔力の大きさに半眼だった魔王の目がカッと開いた。受け止めようとした掌をそのまま押し返し龍頭を殴りつける。

 がれきの山に突っ込む魔王の腹部にジャンプして膝を叩きこむ。

 げほっと口を開けたところで持ってきていた魔道具を押し込み殴りつけた。魔道具が粉砕されて、紅い光が牙の隙間から漏れ出る。

 ソウの言葉を信じれば、これで魔王はもう転移が使えない。仕組みはさっぱりだが、世界とのつながりを強化したとかなんとか。

 これはあくまで保険だ。

 俺が倒しきれるならそれでよし。

 攻撃の手を緩めることなく打撃の嵐を叩きこんでいく。

 肉をつぶし、骨を砕く感触が拳を通して伝わってくる。白いうろこに覆われている魔王の体は鋼を殴りつけているようであるが、俺の拳は痛まない。

 ソウが作ってくれていた特殊なグローブのおかげで、拳が反動で砕けることはない。



―――――――――――――――――


 一方、昼の王――帯電する碧獣の相手をしていた王国軍は疲弊しきっていた。イチロウが昨晩にみたときから押されていたわけだが、それでも全滅せずに戦え続けられていただけでもさすがというべきだろう。


「加勢します」


 そういって現れた冒険者らしき剣士と兎人族、それからエルフと僅かばかりの王国兵を見て”助かった”と思ったものはなかった。それどころか、何をしに来たんだと疑問に思ったものが多かっただろう。しかし、碧獣と戦う騎士の中に、スマニーのダンジョンで共に戦ったものが残っていた。


「フラン殿、それにシエス殿」

「たしか、ホフマンさんでしたか」

「ああ、お二人がいるということは……」

「はい、イチロウもいます。彼は今頃魔王と戦っているはずです」

「それは……感謝します」


 戦闘は継続しているものの、宮廷魔導士の多くはもはや魔力が底を付いていたため、背後に下がっていた。けが人も多く、そんな彼らにシエスがマジックポーションとヒールポーションを配っていく。魔法都市への転移陣を利用して食料だけでなくあるだけのポーションを手に入れてきた。

 数人の騎士がタワーシールドで碧獣の突進を受け止めていたが、それもどこまで持つかわからない。状況を変えるには怪我人の戦線復帰が必要だった。もっとも万全の態勢でも押されていたわけであるが。


「見てわかる通り、ヤツの体は帯電している。金属の武器での直接攻撃はできない。かといって遠距離の攻撃も魔法もほとんど効いていない。おそらく雷が障壁となっているのだろう」


 それはフランの目にもわかった。

 あちこちから血を流しているのはわかるが、見る限り傷は浅い。


「アレの相手は任せてください」

「しかし」

「南門の近くにソウさんと魔法使いが控えています」

「ソウ様が!!」

「はい、前線基地より魔導兵器と精鋭を引き下げてきています。これを殺せるかわかりませんが、撤退が完了次第、王都ごと破壊するつもりです。現状、前線より戻した兵たちで王都内の生存者の捜索と魔物の殲滅をしています。ですが、人数が足りません。出来ればそちらに回っていただけないでしょうか」

「ソウ様の魔導兵器ですか……どうやってそんなことができたのか、いや、いまはそんなことを言っていても仕方がないか。だが、初めて希望が見えてきた。しかし、本当にこの人数であれを抑えきれるのか」

「抑えます」


 ホフマンは不思議に思っていた。

 スマニーの下層で共に戦った時のフランには自信と呼べるものがないように見えていた。ワイバーンの首を落とし、ギガントサウルスの腕を切り落としてなお、”自分なんか”と口にしていたのだ。そんな彼女だからこそ”抑えます”という言葉に光を感じた。

 彼女に限って大言壮語ということはないだろうと。

 しかし、一晩戦った経験が言葉を鵜呑みにすることができなかった。そんな態度をみてフランが口を開く。


「ですよね。少し見ていてください。シエス、エスタやるよ」


 戦闘中の騎士たちの間を縫ってフランが飛び出した。帯電した碧獣がタワーシールドに激突し、突進の勢いを殺した兵士たちが盾を経由して全身を痺れさせられる。動きを止めた騎士たちへ碧獣が追撃を行おうとする。いままではそこに別の部隊が攻撃を仕掛けて、部隊を守っていたのだが代わりにフランが斬り込んでいった。

 その瞬間、碧獣の身を守る電撃が消失した。


 スキル『雷斬』


 文字通り雷を切り裂くスキルである。

 攻撃が通った瞬間、エスタが遠くから弓を射り、近くでシエスがナイフを一閃させた。血を噴き上げ後ろに飛んだ碧獣を見て戦っていた者たちから歓声が上がる。


「なんと!!」

「わかっていただけましたか。私ならアレと戦えます。ですので、撤退を」

「しかし、そうであればなおのこと。全員で総攻撃をしたほうが――」

「皆さんが万全ならお願いしたいところですが、一晩中戦われたのです。ここは私たちに任せてください」

「ホフマン!!」


 碧獣と戦っていた部隊長がホフマンに声を掛け、短いやり取りを繰り返すと撤退を決めた。


「フラン殿、感謝します――全軍撤退、これより王都内の魔物の殲滅、生存者の救助に移る」


 彼らの撤退を見送りながら、フランは剣を構え碧獣と向かい合った。戦いには相性がある。雷という力に守られた碧獣にとってフランは天敵のようなものなのだろう。フランが雷を切り裂き、無防備な体にエスタやシエス、さらに数名の王国兵による攻撃を叩きこむという戦術が碧獣を追い込んでいった。

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