第98話
前線もまた凄惨だった。
王都の町と違って無抵抗の民の虐殺ではない。
倒れているのは兵士と夥しい数の魔物。
始めに感じたのはむせ返るような血の匂いと、死後数日が経って腐り始めた肉のにおい。冬に入り腐敗の速度が下がっているといっても、全く腐らないわけでもない。
それに戦場の近くでは、生活の営みというものもある。
つまりは糞尿の類だ。
それらは病気の原因にもなるため隔離され、灰などで殺菌されているがすべてが無くなっているわけではない。様々なにおいが混じり合い、結果として転移した俺たちは胃液を逆流させた。
「ソウ様!! わざわざこのような場所まで、先ほどの魔法は一体?!」
「転移魔法ですよ、ゼノビアさん。私がお渡しした転移陣をちゃんと設置してくださったんですね。こればかりは賭けでしたので」
「それで一体何が。それにあの者たちは……」
「勇者とその一行です。そんなことより王都が魔王に現れました」
「っ!!!?」
「簡潔に説明します。半日ほど前に魔王とおそらく昼の王、さらには千を超える魔物の群れが王都を襲撃、王城は半壊し、住民の多くの命が失われています。王都を脱出できた者たちは、魔法都市ドニーへと向かっています。それから、国王陛下と第二王子は死亡、第一王子、第三王子、それから貴族の方々も半数くらいは王都を無事脱出できております」
「なんと…」
「これより魔王討伐を行います。そのため、前線の主力をもらいたい」
「も、もちろんでございます。何なりとこのゼノビアにご命令ください」
「ありがとうございます。戦闘はまだ終わっていないのでしょう。このまま全員引き上げてしまえば、この先の村や町が襲われかねません。それにここから先は魔王討伐です。精鋭を最低でも50は用意してほしいです。それから魔導兵器も引き上げます」
「それだけでいいのでしょうか。それに魔導兵器を引き上げても使える魔石がないのでは」
「それに関しては問題ありません。勇者一行が魔石を大量に所有していたので」
「ほぉ」
驚きながら胡乱げなまなざしで俺を見る。
信用していないのだろう。
しているはずもないか。
ソウが才能を発揮し始めたころから、王城内において腰ぎんちゃくのようにソウに仕えるようになった宮廷魔導士であるが、場内の人間の中でも俺へのあたりは一番強かった。
正直、嫌いだ。
「俺たちは魔導兵器を運ぶのを手伝おうか」
小高い丘の上に設置された六門とひときわ大きな一門の大砲。馬鹿でかいし立派ではあるけども、大陸を消したと言われるほどの力は感じない。王都だけなら一門あれば事足りるはずだけど念のためである。
もともとここへ運搬するときのことも考えていたのだろう、足にはキャスターがついている。使用するときだけはキャスター横についた杭を打ち込むようになっているらしいので、まずはそれを抜く作業を行う。地面に深々と突き刺さっているそれを俺たちが抜いていくと、周囲からどよめきが起きた。
俺の仲間は見た目は戦場に似つかわしくない可愛らしい少女ばかりである。
それが地中深くに突き刺さった杭を抜くのだから驚愕するのだろう。
「問題ないか?」
「まっすぐ刺さっているだけですから、うちの田舎でクコ芋を抜くよりも全然楽です」
そんな風に言って魔法使いであるネルもひょこひょこと抜いていく。あっという間に自由になった大砲を転移の範囲に収まるように移動させて一か所にまとめていく。
そうこうしている間に、魔王討伐へ向かうメンツの選抜も済んだらしい。見たことのある騎士や宮廷魔導士も含まれている。彼らが集まったところで王都の南門前に転移を完了させる。
一瞬で目の前の景色が変わったことに動揺が起こる。
「さすがはソウ様です」
ソウのことを恍惚とした表情で、まるで神を崇拝するような目で見つめて気持ち悪いのが一人いるが、言うまでもなくゼノビアである。
「これより、いよいよ魔王討伐ですね。ついに、ソウ様がそれを成されるのですね」
「いや、決戦は明日の朝です。城内で戦っている者たちが気になりますがいったん休息をとりましょう」
ゼノビアとしゃべっているときのソウの口調も若干気持ち悪いが、それはさておき休息は必要だろう。前線で死闘を繰り広げていた騎士に宮廷魔導士、それに俺たちだって夕方からずっとせわしなく動いていた。
魔法都市に再び転移門を開いて持ってきた食料を全員に配り、思い思いの場所で休息をとる。この隔絶された空間には当然のことながら光も入ってこない。新しい空気が入ってこないため、寒くても火を焚くこともできない。だから、みんな火の魔石を使って暖と明かりとしている。
「いよいよ明日ですね」
「ああ」
戦いを前に眠らなきゃいけないんだろうけど、興奮して何となく眠れなかった。座っていると、ネルが横に腰を下ろしてきた。手には温められた紅茶があり、俺にも渡してくれた。
「ソウさんってすごい人ですよね」
「本当にな。子供のころの付き合いだけど、あいつの頭の中がどうなっているのかさっぱりわからねえ」
「ふふ、でも仲がすごくよさそうです」
「俺を殺したいらしいけどな」
「ビックリしましたよ。私があっていたツクルさんは、そんなこと言うような人ではなかったですから」
「あいつ、人によって性格変わるから。そこらへんも天才ゆえの異常性ってところなのかもな」
「異常性って…ふふ、ソウさんを前にしているとイチロウもちょっと性格が違う気がします」
「そうか」
「そうですよ。ちょっと口が悪いですし」
「そんなもんじゃないか、ネルだって俺としゃべるときとフランの時で違うだろ」
「言われてみればそうですね」
「俺としてはそろそろ敬語やめてほしいんだけどな」
「わかっているんですけどね。なんか最初にこのしゃべり方にしてしまったので、このままになってしまったっていうか」
「少しずつでいいよ。少しずつ変えてくれれば」
「わかり……うん」
「ネルは魔王討伐の後、どうする?」
「どうって、何も考えてないですよ」
「また、敬語」
「あっ、ごめんなさい。じゃなくて、ごめん」
「いや、別に謝らなくていいんだけどな。俺はさ、冒険者っていうのを続けたいんだよな。いや、違うな。よく考えたら、ギルドで依頼受けたのってニースでのオーガ退治だけなんだよな。だから、冒険者になりたいっていうのかな」
「ふふ、そうですよね。ランクもFのままですし」
「そうなんだよ。ソウの奴、しれっとEランクなんだよな。城に引きこもってただけの奴に負けてるってなんか悲しい」
「ふふ、私もEランクです」
「そうだよね。まあ、でも、Eランクくらいすぐに追いつくさ。そしてそのままAランクを目指してみたいと思っているんだけど、一緒に目指してくれるか」
「こちらこそ、お願いします」
「よしっ」
俺は小さくガッツポーズを作る。
これで魔王討伐の後もみんなで冒険ができる。
本当はもっと突っ込んだこととか聞きたいんだけど、それは魔王討伐の後に取っておこうと思う。いや、逆か、「生きて帰れたら告白するんだー」がフラグだとしたら、いっそのこと告ったほうがいいのか。
「でも、イチロウは本当にいいんで……いいの? ソウさんの話だと元の世界に戻れるんだよね」
「うーん。家族には会いたいけど、俺個人はこっちの世界の方があってるんだよ。それにソウだったらそのうち往復できるような転移門作れそうな気がするしな」
「そうだね。ソウさんならきっと」
「だな」
眠れない俺たちはただ横に座って決戦前夜を一緒に過ごしていた。
緊張や不安、これからのこと。
何か特別な会話をするわけでもなくただ横にいただけだ。
お互いの体温が感じられる距離でいつの間にかお互いを支えに眠っていた。
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