第101話
寒い。
恐ろしく寒い。
一体どれだけの時間戦い続けているのだろうか。凍結ブレスの直撃こそ避けているのだが、凍り付かされた戦場は気温が恐ろしく下がっている。ククリ山脈での戦闘時には火の魔石を懐に忍ばせることで暖を取っていたが、この状況は想定外だった。冬なので当然気温は低いのだけど、戦っていれば当然身体は温まる。
しかし、それでも耐えられて気温が0度位までだろう。
ヤツの体から流れた血が一瞬で凍り付いているところから想像するならマイナス20度は下回っている。
白龍につけた傷は一つや二つではない。
右の後ろ脚は切り落としているし、角を一本へし折り、左のわき腹も大きくえぐり取っている。それでもまだ空中を自由に泳ぎ回り、攻撃の手を緩める気はないようだった。
「しまっ」
寒さで動きが鈍ったのか、しっぽによる振り回し攻撃をもろに受けてしまった。瓦礫の山に激突する。そこへ白龍が凍結ブレスを放ってきた。
世界そのものを凍り付かせるかのような、白い息吹が襲い掛かってくる。
すぐに脱出しようとするも凍てついた瓦礫は踏んだ瞬間に粉々に崩壊する。
「ファイアウォール」
さすがに無理かと思った瞬間、眼前の白が赤へと変わる。
それと同時に凍てついた空気が温まり、氷が溶けだしてきた。
「ネル」
「皆さんの退避は完了しました。もうすぐ王都の隔離魔法が発動します」
「ありがとう。助かった」
すぐに瓦礫から這い出ると、飛び上がりざまに白龍を殴りつけた。このまま戦闘を継続させれば白龍を殺せる可能性は、ネルが来てくれたお蔭でより高まった。
「フランたちは?」
「まだ戦闘中でしたけど、大丈夫というのでこっちに来ました」
「倒せそうということか」
「はい」
「さすがだな」
「よし、俺たちも倒すぞ。ソウの用意したプランは必要ないだろう。とどめは任せる」
「私が? ううん、任せて」
空中に飛び上がり、白龍を殴打する。その間にネルは魔導回路を構築する。久しぶりの共闘だけど、今まで幾度となく繰り返してきたパターンだ。俺が強くなったように、ネルの魔法もまた何段階も進化を遂げている。今の彼女なら白龍を殺せるだろう。
空に照明弾のようなものが打ち上げられ、空間が変質した。おそらく王都の隔離が済んだのだろう。これでもう魔王は逃げられない。
ネルの魔導回路を見た白龍は、高まる魔力と構成から魔法の内容を理解したのか逃げるように大きく飛び上がる。豆粒くらいの大きさまで飛翔されては厳しい。空歩とでも名付けられそうな技術を身につけたことで、空を駆けることはできる。
それでもやはり空中を自由に動き回れる白龍の速度には適わない。
だが……。
「ネル。あいつを引きずり落とす」
俺は掌を白龍へと向けると、魔力を伸ばした。
エスタのためにワイバーンを狩りに行ったときに使用した魔力の糸。その技術を戦いで使用できるレベルにまで昇華させた。
伸びてくる魔力の気配を感じ取った白龍が高速で移動し、その身をくねらせる。しかし、一気に魔力を爆発させると糸は網のように広がった。魔力の網が白龍をつかむ。
そこから先は力と力のせめぎ合いだ。
俺が引き寄せる力に抗うように白龍は咆哮し、凍結ブレスをまき散らしながら身体をくねらせる。魔力の糸をより太く、より力強く、決して逃がさない。
豆粒くらいの大きさしかなかった白龍が徐々に大きくなっていく。ネルの魔導回路はすでに完成している。俺の背後で渦巻く魔力は膨大で目視できるほど。
己を殺しうると白龍は本能で感じ取っているのか、抵抗がより大きくなる。魔力の糸を通した綱引きは再び拮抗していた。白龍が暴れるたびに俺の腕が右に左に持っていかれるが、大地に下した二本の脚は根が張ったように動かない。
それこそが轟流の真骨頂。
上空に魔力を伸ばすように、足の下にも魔力の根は伸ばしている。
足で地面をつかむだけではない。
すべての力を注いでいる。
「うぉおおおおりゃああああああああああああ」
気合を入れて白龍を引き寄せる力を太く大きくする。
魔力を網に回している分、身体強化には魔力が回せない。操作しているのは魔力なのに、まるで綱引きをしているように物理的に筋肉が引きちぎられそうな抵抗を受けている。しかし限界を超えた力で乗り越えると、大地に白龍が激突する。
「エクスプロ―ジョン」
白龍の体の周りで爆発が連続して起こる。
パーティを一時解散する前にネルが使っていた水蒸気爆発とは規模も威力も桁違いに跳ね上がっている。だが、本質は同じものらしい。彼女の使っているこの魔法にソウの助言が活かされていると思うと、ちょっと悔しいけども、やっぱりネルはすごいなと思う。
爆発が収束し、煙が晴れていく。
魔力の糸で捉えていた以上、回避されたとは考えにくい。
煙が風に流されていくのを拳を握りしめたまま様子をうかがう。
果たして白龍は体の大部分を損壊させて横たわっていた。
ピクリとも動かないその体からはどくどくと止まることなく血が流れている。さっきまでの白龍は凍結の力でもって流血を抑えていた。それができないということは殺せた可能性が高い。
「念のためやっとくか」
魔力を込めた手刀を振り魔刃を飛ばす。
魔刃は吸い込まれるように龍頭の根本に入り、その首を抵抗を受けることなく破断する。どう見ても終わりだった。
「ネル」
「……」
振り返った見た彼女は信じられないというように呆けていた。
何しろ、魔王を討伐したのだ。それを成したのが勇者でもない王都の近くのニースという小さな村出身の女の子なのだから。
俺は無我夢中で彼女を抱きしめた。魔王討伐を成した少女の体はびっくりするほど小さくガラス細工のように繊細だった。
――――――――――――――――
フランたちが実戦で連携するのはいまこの戦いが初めてである。もちろん、フランとシエスとエスタは迷宮内で共に戦った経験はある。しかし、三人は昨日の昼に再会したばかりなのだ。会わない間にそれぞれレベルアップをして、新たな技術を習得したことはわかっていても実践でそれを確かめたことはない。ただ、イチロウがもたらした昼の王――碧獣の特徴からフランのスキルで対応できることはわかっていたから、この三人で組むことになった。
フランは『雷斬』を手に入れたが、シエスやエスタはそこまでには至っていなかった。フランにはリアムという師がいたが、シエスやエスタにはそれはなかった。エスタは魔力弓を基軸にした戦いを確立していたし、魔物であるシエスにスキルの習得が可能かどうか不明だった。
「エスタ」
フランが彼女の名前を呼び、目で合図をする。
矢の弾幕が一時晴れ、それを好機ととった碧獣が動く。
この戦いの要であるフランを狙うか、ほかの誰かを先に狙うか。エスタも身構えるが碧獣の動きは速い。フランのスキルが発動できればいいが、人化した碧獣の速度はフランには対応できない。そして、碧獣の攻撃は受けることすら許されない。
「あきらめたか」
避けるそぶりすら見せないフランを嘲笑するように碧獣の口が動く。
しゃべれるのか。そんなことが一瞬脳裏に浮かぶが、高速戦闘の中そんなことを考えている暇はない。
碧獣の爪がフランに迫るが、二人の間にシエスが割って入る。
シエスに殴り飛ばされた碧獣が瓦礫に頭から突っ込んだ。
「本当に攻撃できるみたいね」
「すごいです」
シエスはただ殴っただけである。しかし、その手は黒っぽい手袋で覆われていた。ソウが”絶縁体”でできていると説明してくれたがフランたちには何のことかはよく理解できていない。しかし、雷を無効化すると聞いていた。
いままで使わなかったのは、それが本当に有効か確かめるすべがなかったからということと、手だけしか覆い隠していないため、碧獣の体表のスパークを受けてしまう可能性があったのだ。フランの攻撃で仕留められればそれでよし、それが無理な場合の手として用意していた。
瓦礫に突っ込んだ碧獣にフランが追撃を掛ける。スキルを込めた斬撃に斬られた碧獣はシエスの攻撃をやすやすと受ける。その時になって碧獣はフランの『雷斬』の恐ろしさを改めて理解した。
『雷斬』は雷を切る。
生き物は脳から電気信号を受けて各部位が動くのだ。それが阻害されている。
スキルに目覚めたときフランは使い道のなさに落胆した。
雷を斬るといえば聞こえはいいが、一体いつそんな機会が訪れるのだろうかというものだ。雷魔法と呼ばれるものはあるし、魔物の中には雷を操るものも存在する。だけど、そんな相手は非常に稀だ。ほとんど相対することはない。
そんな数少ない敵を戦えるスキルがあっても無駄だと思っていた。剣の師であるリアムにもどうすることもできず、そんな時にネルに紹介されたのがツクル――ソウであった。彼はフランの悩みを聞き、答えを教えてくれた。
その瞬間からフランは別のステージに立っていた。
碧獣の超速にすら匹敵するシエスが動きを止め、体を守る雷とともに次の動きをキャンセルさせるフラン。そこに突き刺さるエスタの矢。
三人の力が重なり、魔王配下である昼の王を圧倒する。
「くそがっ!!」
想定外の状況に碧獣の顔に焦りが浮かぶ。
「エスタさん、一発大きいのお願いします」
「了解」
フランが瞑想により魔法剣から発動する魔刃を大きくできるように、エスタもまたそれに近いことができる。スキルの顕現には至らなかったが、エスタの渾身の一撃はワイバーンを屠れるほどなのだ。
シエスが絶縁体を纏った足で碧獣を蹴り上げ、フランがスキル『雷斬』で切り伏せる。
スキルの斬撃は肉体を斬ることはない。ただ、電気信号を斬るだけだが、その瞬間斬られた相手は動きを止める。
空中で動きを止めた碧獣に、最大威力の魔力の矢が突き刺さる。
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