第95話

 ソウは日暮れ前に王城へ戻るとレストランを出ていった。

 転移魔法を駆使してこの街に逃げ込んできたが、そのままというわけにはいかないだろうと責任感か罪悪感がだんだんと募ってきたらしい。ゴーイングマイウェイといった俺の知っているソウらしくない反応だとは思うけども、人は変わるのだろう。

 自分がこの国にとってどのくらいの価値があるのかわかっているのだ。急に消えれば騒ぎになる。一度、城を抜け出したことがバレたときには上へ下への大騒ぎだったらしい。


「はぁあ、びっくりしました。ツクルさんがソウさんで、イチロウの親友だったなんて」

「黒髪黒目ってこのあたりだと珍しいだろ」

「そうですけど、だからってそんな偶然があるとは思わないですよ」

「そうだよね。しかも、魔王討伐の立役者だっていうし」

「でも、これで安心なのです」

「うん。命を狙われる心配もなくなったってことだよね」

「私はどうしたらいいのかしら」

「さあ、観光でもして帰ったらいいんじゃない?」

「ちょっと、フラン。せっかく魔王討伐のために来てくれたんだからそんないい方しなくてもいいじゃない。エスタさんも王都でどこか行きたいところあったら言ってください。案内しますよ」

「ありがとう。でも、王都には住んでいたこともあるから」

「えーそうなんですか」


 ソウが帰った後も、俺たちの時間は続いていく。

 夜になっても街の喧騒は変わらず、あちこちに上機嫌な者たちがあふれていた。いつもはお堅い研究職につくような者たちもこの時ばかりは泥酔するまで酒を飲んで騒いでいる。

 食べて飲んでしゃべっている間に、日はとっくに沈んでいて俺たちは食堂を後にした。

 それからネルとフランの使っている宿にチェックインをしていると、入り口のドアを激しく音を立ててソウが飛びこんできた。


「イチロウ!!」


 見たことのない剣幕に嫌な予感がした。


「どうした」

「城が落とされた」

「なっ」


 声のトーンも落とさずに告げられた事実に俺たちは驚愕する。しかし、それは周りの客たちの耳には入らない。


「魔王が生きていたらしい」

「マジか」

「俺が戻ったとき城は半壊。王都の町も火の海だった」

「そんなっ」

「うそでしょ」

「城に設置した魔法陣が使えなかったからおかしいとは思ったんだ。それで王都のアパートに設置している予備に飛んだんだが、地獄絵図だったよ。おかげでこっちに戻るための魔石を見つけるのに苦労したけどな何とか逃げられた」

「あ、あの、私たちを連れて転移することは可能でしょうか。王都にはお世話になった宿の女将さんや食堂もいっぱいあるんです。皆さんの避難を手伝わないと」

「俺も手を貸してほしいと思ってこっちにきたんだけど本気かい? 魔王軍は王都を撤退したわけじゃないんだ」

「だったらなおのこと早くいかないと!!」

「俺からも頼めるか」


 王城の連中を救いたいとは思えないけど、ネルが助けたい人がいるのなら話は別だ。それに魔王が死んでいないのなら俺もまた安全とは言えない。どちらかといえば、魔界を消したソウの方が危険な気がするが。


「魔石は……あるよな」

「ああ」

「お前は本気で勇者をやるつもりかよ」

「そういうわけじゃないけどさ。やらないわけにもいかないんだよ」


 俺はそう答えながら、逆にお前の反応の方が不思議だけどなと心の中で考えた。人を助けるために奔走するとかソウらしくない。

 ついてこいと、俺たちを伴って宿を出た。チェックインしたのに結局部屋には入らずに。ネル以外の三人も王都へ向かうことに躊躇いはないらしい。フランはネルと同じ考えだろうし、シエスは俺に同行する。そしてエスタはそもそも魔王討伐のためについてきているのだから。

 ソウが俺たちを連れて行ったのはこの街の一角にあるアパートである。そこを借りているらしい。住んでいるわけではないので、家具も何もない。ただ魔導回路が描かれた布が地面に敷いてあった。ソウが転移陣と呼ぶ魔道具の一種らしい。


「王都の西地区のアパートに出る。そこもここに来る時にはすでに魔物に襲われていた。拠点を壊されたくはなかったから、最低限の結界は張っているから、出た瞬間に襲われることはないと思うが警戒は怠たらないでくれ」

「わかってる」「はい」「了解」


 シエスの袋から必要とされる魔石――中級の魔物オークキングのものを渡すとソウが魔法陣の中央にそれを設置して、魔導回路に魔力を流す。魔導回路が魔法陣から浮かび上がると空中に展開され、光の檻のようなものが俺たちの体を包んだ。


「行くぞ」


 掛け声とともに俺たちは一瞬で別の場所に立っていた。

 ソウが言ったように空間そのものは結界で守られていたが、屋根が吹き飛んでいた。火の粉が空を舞い、黒煙が上がり悲鳴が聞こえてきた。

 まるで戦争映画を見ているようだ。


「私は南地区にある宿に向かいます」

「いや、ネルさんは俺と一緒に南門の先に来てほしい」

「どうするんだ」

「避難させるにも場所が必要だろ。イチロウ、ワイバーンクラスの魔石ならいくらでもあるんだろ。だったらそれを寄越せ。俺はネルさんと一緒に南門の先に結界を張る」

「大丈夫なの? 王都の結界を破るような連中相手に」


 エスタの指摘はもっともだろう。だけど、ソウは天才なのだ。宮廷魔導士など比較にならない。


「大丈夫だ。ソウが出来るというのなら出来る」

「随分信用してるのね」

「信用じゃない。知っているんだ。こいつなら出来るってことを」

「避難場所は二人に任せるとして私たちはどう動く」

「その宿はフランもわかるよな」

「もちろん。だから、私が案内する。他にも何か所か回りたいところあるけどいいかな」

「問題ない。じゃあ、フランとエスタでそっちを回ってくれ。俺とシエスは南門の先に避難場所があることを伝えながら町中を走る。シエス敵の力量を見誤るなよ」

「ハイです」

「大丈夫なのか」


 ソウはシエスの実力を知らない。見た目だけを言えば小さな子供であるし、ウサ耳の可愛らしい女の子なのだ。


「シエスは速度だけなら俺を超える。余程のことがない限り、敵につかまることはない。そんな事より、ネルのことは任せるからな」

「わかってるって。俺はレベルは大したことないけど、自分用に作った魔道具がある。オーガ程度なら問題ないだろ」


 噴水広場前の喧嘩で最低限の力量はわかっている。いつものコートは着てないけども、銃以外にもいろいろと隠し玉はあるだろう。


「大丈夫ですよ。ツク――ソウさんのことは私に任せてください」

「くくっ、形無しだな。よし、行こう。今は一刻一秒を争う」

「「「「はい」」」」


 魔石をソウに渡して王都の町に飛び出した。

 ここからは単独行動だ。仲間を信じて進むしかない。

 火の手の上がる建物、怪我をしてうずくまる街人。こん棒を振り回す人型の魔物、オークやサイクロプスやオーガ。さらに獣型や蟲型の魔物と一体どこから現れたのか多種多様な魔物が王都の町を蠢いている。それらを目に入る傍から屠っていく。

 まず目指すのは西門。おそらくそこから外へ逃げようとする町民がいるはずなので、彼らに南門の方に避難場所を作ろうとしていることを説明する。

 王都を守る軍も何かしらの策を講じているだろう。場合によってはそれに合わせる必要もある。


 一体どうやってここまで魔王軍は来たのだろうか。

 ソウの言葉を信じれば、魔界のあった部分は海に沈んでいる。オークやオーガ、グレイウルフみたいのが、仮に範囲外だったとしても海を渡れるとは思えない。

 そもそも、前線にいたはずの軍はどうなったのだ。

 彼らを突破したのか、あるいは飛び越えてきたとでもいうのだろうか。

 そもそも時間軸が合わなすぎる。


 ソウの話を信じれば殲滅戦が行われたのは6日前。

 王都から前線まで20日の距離がある。魔王そのものは何らかの手段を持っているとしても、ほかの魔物を引きつれてこれるはずもない。いや、これだけの量の魔物毎転移してきたとしたら格が違い過ぎる。


 と、考え事をしている間に西門が見えてきた。

 だが、そこは魔物によって破壊されていた。僅かな隙間を求めて人々が殺到している。門番を中心とした兵士たちが魔物から集まっている避難民を守っているが、隙間が狭すぎて脱出に時間がかかり過ぎていた。


「みんなどけ」


 グレイウルフの頭蓋を砕き、オーガを三体を連続して叩きつぶす。破壊された街門の近くの壁のそばに着地すると、新たな通り道を作る。拳一つで馬車が通過できるほどの大穴を開けたことに、いささか引かれたようだけど、すぐに避難民が殺到する。


「お、おおお」


 歓声が上がり近くの兵士と話をする。


「南門の先に避難場所を作る予定で仲間が動いています」

「避難場所」

「魔族が入れない結界を張る予定です」

「しかし、王都の結界すら破られたのだぞ」

「知っているかわかりませんが、ソウというものが指揮を執っています」

「ソウ……ソウっていうのはあの?」

「はい」

「そうか。にわかには信じがたいがあの方なら」

「とにかく、伝えました。俺はこれから北西門に向かいます。もしほかの避難民を見つけたら情報だけ伝えてください」


 少なくとも彼はソウのことを多少は知っているようだったので大丈夫だろう。

 情報は伝える。それ以上のことは時間の無駄。それがソウの結論だった。すべてを救うのは無理だと。合理的なアイツらしい考えだけど、たぶん正解だろう。それが結果的に大勢を救うことにつながると。それでもできる限り救いたいと口にしたソウは俺よりも勇者らしかった。


 西門を離れ、東を見れば街の中心部にある王城から何度も爆発音が聞こえてきている。おそらく魔王との戦闘は継続しているのだろう。想定外の襲撃だとしても、ここはこの国において最高戦力が集中しているのだ。宮廷魔導士然り、騎士団然り。

 相手が魔王とはいえ、やすやすとやられる事はないと信じたい。


 王都は半径3キロほどの広さがある。ここから北門まで外壁沿いに走れば4キロと少し。北西門を経由しつつ、それだけの距離を俺は1分ほどで駆け抜ける。もちろん目にした魔物はすべて殺したうえで。

 街の北側は西地区とは比較にならないほど損壊していた。

 建物のほとんどが倒壊し、道路はがれきでおおわれ、あちこちに魔物や人の亡骸があった。

 魔界はメーボルン王国の北側にあった。だとしたら敵が攻めてきたのは北側からなのだろう。やはり転移などではなく直接向かってきたのだろうか。

 北門の周囲には魔物もいない代わりに生存者も見られなかった。

 俺は生存者を探すことを諦め、東門を目指した。

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