第94話

 自分の名を呼ぶ声に振り返ると懐かしい顔がこっちを見ていた。

 一瞬、別人かと思うほど久しぶりにみるネルはなんていうか、女の子らしい服装をしていた。いや、いつもネルは女の子だったんだけど、一言でいうと可愛かった。


「ひさしぶり」

「うん。久しぶり。シエスちゃんも。それにエスタ…さんも」

「ああ、うん。手紙にも書いたんだけど、まあ、なんかそんなことになってて」

「付いてくる必要はなかったみたいだけどね」


 魔王討伐のためにエスタは一緒に来ているのだから、魔王がすでに討伐されたということなら彼女が言う通り目的を達したことになる。


「本当に無事だったのね」

「ええ」


 スマニーのダンジョンでのことをフランはまだ根に持っているのだろう。受け入れたという顔はしていない。


「ああ、それと紹介したい人がいるんだけど……あれ、ツクルさんは」


 ネルがあたりをキョロキョロとし始める。

 ツクルさん?

 定住している二人に手紙を出すことはあったけど、森にいた俺たちは手紙を受け取ることはなかったため修行している間の二人の動向についてはほとんど何も知らなかった。もっとも俺たちが手紙を出したのは、エスタにあった直後と森に入る前、そして出た後の三回だけである。


「どこ行ったんでしょう。ここまで一緒に来たんですけど」

「久しぶりの再会だって言ったから遠慮したんじゃない?」

「そうなのかな。えっとですね。魔法図書館で知り合った人なんですけど、すごく魔法に詳しい人でいろいろと助言をしてくれたんです

「へえ、そうなんだ。その人がツクル?っていうの」

「はい」


 ツクル。つくる。作る。創る?


「そいつってどういう見た目してる?」

「あっれー、あんたもそういうの気になるんだ」

「いや、そうじゃなくて――」


 背後に膨らむ殺気。

 気配を頼りに振り返り、殴りかかってくる拳を受け止めた。


「ソウ?」

「ツクルさん!!?」


 俺の知るころよりさらに後ろ髪が伸びでいるけども、その顔はこの世界に一緒に召喚された親友に違いはなかった。


「いきなり何すんだよ。しかも、なんでここにいる」

「うるせえ。リア充爆ぜやがれ」


 拳を握られたまま、体を捻ったソウの回し蹴りが俺の側頭部を捉える。手を放し、しゃがんで蹴りを躱すと数発拳を叩きこむ。だが、それをソウはやすやすと捌いた。

 もちろん本気で打ち込んでないけども、ソウのステータスからすれば捌けるとは思わなかった。予想外の動きに驚いていると追撃が入ってくる。

 一発一発が鋭く、研究ばかりでなまっているような動きではない。


「いい加減にしろ」


 言葉ではそう言いながらも、懐かしい拳のぶつかり合いに俺は少しテンションが上がるのを感じていた。速度を上げて攻撃を仕掛けるが、ソウはそれすらも捌く。

 酔客同士の喧嘩とは思えない本気の殴り合いに周囲にいつの間にか輪ができていた。


「二人ともやめてください」


 制止を求めるネルの声が聞こえるが、ソウはそれでも止まらない。もちろん俺も。

 シエスもエスタもフランもどうにか止めようとタイミングを見計らっているようだけど、至近距離で殴り合う俺たちの間に入れるものはいない。

 が、業を煮やしたネルが一瞬で魔導回路を構築すると、次の瞬間周辺の空気が凍り付いた。


「やめてください」

 

 二度目の忠告と、急激に冷やされた空気に頭の冷えた俺とソウはお互いに顔を見合わせて拳を下した。


「一回ぐらい殴らせろよ」

「なんでだよ」


 すべてを捌ききっていた俺に口を尖らせて文句を言うが、ソウの顔も晴れやかでわだかまりがあるようには思えなかった。


「お二人は知り合いなんですか」

「前に話しただろ。こっちの世界に召喚されたとき、一緒にいた親友がいるって」

「お前そんなことまで話してたのか」

「ああ」

「勇者ってことも」

「……ああ」

「っぷ、はーはっはっはは。それ、言う? え、どんな感じで言ったの。俺は勇者ですって」

「うるせえよ」

「ふふ、本当にお二人は仲がいいんですね。ツクルさん、いやソウさんって呼んだ方がいいんですよね。でも、ソウさんのそんな姿初めて見ました。いつもなんだかクールだったので」

「へえ、こいつがクールねぇ。しかもツクルってなんだよ」

「ロキ君には言われたくない」

「……それについては忘れてくれ」

「はっはっは」

「いや、まじで」


 久しぶりに見る親友の顔は、最後に見たときと何も変わってなかった。あの時と違って目の下に隈はないけども、いまはのめり込むようなものがないだけなのだろう。


「よかったら、どこかお店に入りませんか」

「ああ、そうだな」


 周囲の目を気にするようにネルが間に割って入った。

 殴り合いのケンカはやめたものの、そんなことをしていれば当然目立つ。俺たちのことを見ている連中は多い。


「そうだな。どこか空いてるところあるかな」

「大丈夫です。魔王討伐の発表がある前に、お店押さえておきましたから」


 それはよかったと、全員を連れ立ってお店に移動した。予約のおかげで席は確保されていたけども、ほかのテーブルではいろんな客が騒いでいた。さすがに個室というわけにはいかなかったらしい。注文した料理というよりも、今日はもう大量に作られた料理が次々に供される仕組みらしい。


「で、魔王討伐。お前がやったんだろ」

「魔道具を作っただけさ。でも、お蔭でこんな格好で式典に出されそうになったから逃げてきた」

「そういうこと」

「そういうことってどういうことなんですか」

「魔王を討伐するための魔導兵器を作ったのがこいつ」

「「「えっ?」」」


 驚愕して目を見開いたのはフラン。ネルも驚いているようだけど、ソウの持つ魔法の知識に触れていた分、その衝撃は薄いのかもしれない。面識のないシエスやエスタはどうリアクションを取っていいのかキョトンとしていた。


「で、実際どうなったんだ。殲滅したんだよな」

「俺は現場には出てないからな。簡単に言うと次元の穴を開いて魔界全域を飲み込ませた」

「うん。さっぱり意味が分かんねぇ」

「だから殲滅っていうか、この大陸の北の方が丸ごと消滅してるはず」

「はい!?」

「まじかー、魔王倒すために滅茶苦茶頑張ってレベル上げしたんだけどなー」

「えっとちょっと待って、そこ普通に流すところなの。大陸が消滅って」

「そうそう。6日前に大きな地震があってその後大雨降っただろ。その影響らしんだけど、そこまでの二次災害は考えてなかったんだよな。いろんなところに迷惑かけてしまった」

「いやいや、そういう問題じゃないでしょ。だいたい魔王倒したのならそんなもの帳消しに決まっているわ」

「そんなことより俺としてはイチロウに聞きたいんだが。これはどういう状況なんだ」

「何が?」

「何がじゃねえだろうが。城を逃げ出したと思ったらチーレムかよ。俺が一人で城に監禁されている間にお楽しみってどういうこと。まさかイチロウがリア充とかありえないっての」

「リア充ってなんだよ」

「女の子たちとパーティ組んで冒険者やってたんだろうが。こんなかわいい魔法使いに、剣士。それにウサミミとエルフってなにそれ。随分とこの世界を楽しんでやがるじゃねえか」


 ステーキナイフを投げてきたのでそれを受け止める。

 ネルにだけ”かわいい”という形容詞をつけたソウの心の声が聞こえた気がする。


「たまたまだよ。お前こそ監禁って嘘つくなよ。こんなことに来ているじゃないか……っていうか、どうやって??? ん?? さっき式典って言ってたよな」

「ああ、王都でな」

「それはいつ」

「今頃始まってるんじゃないか」

「つまり、さっきまで王都にいたんだよな」

「ああ、転移した」

「そんなことできるのかよ」

「かなり魔力消費が大きいけどな。おかげさまでそこそこの魔石を自由に使える立場にあるから、まあなんとか」


 好きなところに行けるわけではなく魔導回路を刻んだ転移陣同士を繋ぐことができるらしい。初めは城の研究室から王都まで。それから冒険者登録をして、少しずつ活動範囲を広げて魔法都市まで来れるようになったらしい。そこで、さらに研究を重ねたそうだ。


「とりあえず、日本への帰還も目途はついたぞ」

「マジで」

「といっても、ワイバーンクラスの魔石が100個くらい必要だけど」

「それなら何とかなる」

「マジか。なら帰るか」

「いや」


 ネル、フラン、シエス、エスタの顔を順番に見て首を左右に振った。親父やおふくろ、じいちゃん。日本にだって会いたい人はたくさんいるけど、だからといってみんなと離れられるはずもない。


「だよな。リア充してるもんな」

「そういうんじゃないって。ソウはどうするんだ。魔石ならやるよ」

「俺もいい。研究したいことあるし、この世界は面白い。この世界ならお前を超えられそうだし」

「魔王を討伐した時点でお前の方が上だろ。大陸消滅させられる奴にどうやったら勝てるんだよ」

「けど、さっきは一発も当てれなかっただろ」

「それに関しちゃしょうがないだろ。ステータスがものをいう世界なんだ。けど、研究ばっかりしてる割には全然衰えてないのな」

「当たり前だろ。俺の研究はすべてお前を殺すためにあるんだから」

「発言が怖いわ」


 昔からのソウの言葉に俺は苦笑する。

 轟流では勝てないと悟ってから、武器作りに励んでは俺と試合をし続けていた。口癖が「殺す」なんて生々しいものだったけど、ソウの攻撃が届いたことはない。だけど、それに関して言えば本気で殺す気がないからだと思っている。もしも、その気があるのならとっくの昔に拳銃を使っていただろう。

 そんな俺とソウとのやり取りを見ている周りの視線が多少痛かったり、彼らをそっちのけで会話をしていたけども、フランやネルとの再会よりも俺はソウと会えたことがうれしかったのだ。


 もう、魔王に怯える必要はないのだ。

 これからは単純にフランやネル、シエスともしかしたらエスタやソウを交えた冒険者の日々が始まるのかもしれない。そう思った。

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