第93話

 ヴァンパイアロードとの戦いから二ヶ月が経ったころ俺たちはククリ山脈を出て魔法都市ドニーへと来ていた。シエスだけでなく、エスタも一緒にである。

 ワイバーンの魔石8個のお礼としてエスタが差し出されたというと語弊があるけれど、金銭で報いることができないならと体で払うとそうなったのだ。

 その必要はないと言ったし、そもそも勇者の戦いに巻き込むわけにはいかないと思ったのだけど、理由を言えない俺の代わりにエルフ族のシャーマンが事実を暴露してしまった。シャーマンには視えていたらしい。

 エスタはエルフの族長から魔王討伐の命を受けて俺たちについてくることになった。

 若干迷惑ではあるのだけど、シエスは嬉しそうにしていたのでまあいいのかもしれない。


 そして先ほど魔法都市に到着したのだが、街中は騒然となっていた。


「何があったんですかね」

「ああ」


 ワイバーンの襲撃のあった時とは違い、人々の顔に浮かぶのは歓喜の表情。


「聞いてくるです」


 シエスが飛び出していくと街行く人に声を掛けていく。そして、答えを聞いた彼女の耳がぴんと立つのがわかった。

 戻ってくるシエスを見ると、彼女の目が濡れていた。

 泣いてる?


「どうした。何があった。何かされたのか」

「違うです。そんなんじゃないです」

「何があったのシエスちゃん」


 シエスの型を揺さぶる俺と、優しく声を掛けるエスタ。俺たちの言葉にシエスは首を振り、涙をもう一滴こぼして答えた。


「魔王が、魔王が討伐されたです!!」


 ――だから、もう、お兄ちゃんは大丈夫です。

 シエスの声が遠くに聞こえた。

 周りの喧騒すらも聞こえなくなった気がした。

 一瞬、シエスの言葉の意味が理解できなくて呆けてしまった。


「どういうこと」


 冷静なエスタがシエスに聞くも詳しい話を聞き出せず、街行く人を再び捕まえた。曰く、新兵器を携えた魔王討伐軍が前線に赴き、魔王軍を殲滅したと。

 街の人に詳細な情報が流れていないらしいけども、大体的に発表されたことによれば魔王討伐ではなく、殲滅と国王陛下自ら発表したそうだ。

 王都での発表は二日前。

 俺たちが王都に立ち寄った後ということである。思い返してみれば、王都へ入る数日前に大きな地震があったのだ。あの時何かがあったのかもしれない。何しろ、クヌカの森を消滅させるほどの魔導兵器を軍は所有しているのだから。前線がいくら離れているといっても、多少の影響はあるかもしれない。


――――――――――――――――――――


 一方、そのころフランは部屋から中々出てこないネルを宿の一階の食堂で待っていた。食堂も飲めや歌えの大騒ぎとなっていたので、席につくこともできず入り口付近で立ち尽くしていた。


「ごめんごめん、お待たせ」


 階段を下りてきたネルはいつもの魔導士らしいローブではなく、白いふわふわのコートを着ている。ここ数ヶ月で長くなっていた髪の毛も編み込みをしてピアスや髪飾りをつけていた。一言で言っておしゃれをしていた。

 久しぶりにイチロウに会うのだから、それは理解できるのだけど待たされたフランとしてはため息をつきたくなるというもの。しかも、こんな喧しい人たちの中である。


「もうすぐ時間だよ。早く出るわよ」

「だからごめんってば」


 数日前にイチロウからの手紙が届き、それによると今日ここに来るというものだった。待ち合わせの時間はちょうどお昼の時間帯。待ち合わせ場所までの移動を考えるとあまり時間はない。


 宿を出た二人は、待ち合わせ場所である中心部の噴水広場へ急ぐ。だが、王都ほどの人口はなくても街中がお祭り騒ぎで人が多い。ぶつからないように避けたつもりでも、酔っぱらった人間の足取りというのは予想がつきづらく思わず衝突してしまうこともある。


「うわっと――あいたっ」


 そんな拍子に人を避けたところをフランは後ろから誰かにぶつかられてしまった。如何に鍛えた冒険者でも不意打ちというのには耐えられない。思わずバランスを崩したところをネルに支えられ、後ろを振り返った。

 こんな状況なので別に文句を言おうと思ったわけではない。相手も同じように転んでないかと思ったのだ。


「すみません。って、あれ? ネルさんとフランさんですか?」

「ツクルさん?」

「どうしたんです。あわてて」

「いや、ちょっと待ち合わせに遅れそうで」

「この人混みじゃしょうがないですね」


 乾いた声で笑うツクルはいつものラフな服装ではなくまるで貴族のような格好である。フランもネルからは冒険者として紹介を受けていたので小首を傾げた。


「どうしたんですか。その服」

「あー、まあ、なんていうか、いろいろあってね。こんな堅苦しい格好は嫌いなんだけど、それに似合ってないだろ」

「そんなことないです。似合ってますよ」


 とネルは言うけれど、正直フランは馬子にも衣裳だと思った。服を着ているというよりも服に着られている。そんな感じである。イチロウとは違うけども、黒髪黒目でひょろっとしていて顔ものっぺりとしている。そのせいか派手な服というのはちょっと似合わない。


「待ち合わせっていうのは?」

「仲間がこの街に来たんです」

「ああ、一時的に別行動していたっていう」

「そうです。先日手紙が届いて、これから噴水広場で会うところなんですよ」

「そっか、せっかく会えたし食事でもって思ったけど邪魔しちゃ悪いね。でも、この人混みだ。そこまで案内するよ」


 紳士らしい申し出をして、人混みをかき分けるさまは出来る男という感じであるが、フランからみれば一目瞭然。ツクルはネルが好きなのだろう。ネルの話を聞けば、いろいろと魔法についてレクチャーしてくれているらしい。フランも自分のスキルについて相談して、助言をもらったこともあるのでツクルが頭がいいのはよく知っていた。とはいえ、それに加えて食事に誘う回数も多く下心は透けてみえた。


「ネルって天然だよね」

「ん? 何か言った」

「ううん。なんでもない」


 街の喧騒にかき消されてフランの言葉は届かなかったらしい。ツクルは魔法使いらしからぬ足取りで街の人たちの間をかき分けてくれるので、これなら待ち合わせの時間に間に合いそうだとフランは思う。

 

 中心部に位置する噴水広場は待ち合わせ場所としては最適だけど、タイミングが悪かったかもしれない。お祭り騒ぎの爆心地となって、普段とは比較にならない人々が集まっていた。音楽が奏でられ、普段は見たことのない屋台がいつのまにか出没しておいしそうなにおいを充満させていた。

 食べ物だけではない。

 エールといった酒類も供されていて、街行く人々の顔が昼間から上気している。

 そんな大勢の人々の中であってもネルは目的の人物をあっさりと見つけることができるらしい。


「イチロウ!!」


 人々の声にかき消されないほどの大きな声を上げてネルが駆け出した。

 その声にイチロウが振り返る。しかし、その声に反応したのはイチロウやシエスだけではなかった。横にいたツクルが驚いたように小声で「イチロウ」とつぶやいた。


――――――――――――――――――――――――――

あとがき


今回でちょうど100話目のようです。

これまで拙作にお付き合いありがとうございます。

ここから最終章となります。

もうしばらくお付き合いください。

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