閑話6
胸が熱くたぎるようだ。
私はいま歴史の変革点に立っているのだろう。
眼前に広がるのは魔王軍の軍勢と戦う王国の大戦力である。
その数2万。
こうして戦場に赴くのは二年ぶりのことである。第四魔法部隊に配属されおよそ1年半、従軍していたがその時とはまるで景色が変わっている。
その頃は遠距離からの軍術魔法による一斉掃討、突破された魔物に対して弓矢による牽制、最終的には槍と剣を持った一般兵による直接のぶつかり合い。魔界の勢力といっても、指揮官クラスの上級の知恵ある魔物――魔族を別にすれば下級から中級はただの獣に過ぎない。それでも数の暴力は恐ろしく、前線は少しずつ後退していった。
だが、今は違う。
ソウ様の開発した銃を持った銃器兵部隊が配備され、魔物の群れを追い返している。下級の魔物をせん滅しているだけではない、遠距離からの狙撃により指揮官クラスの魔物を次々仕留めている。とはいえ、残念なことに最近は狙撃の成功率は下がっている。
魔物のくせに考えているらしい。
だが、それも今日でお終いだ。
小高い丘に設置されたソウ様の開発した大砲が、特殊な魔法陣の布を広げた周りに6門威風堂々と並んでいる。クヌカの森を消し飛ばしたあの魔導兵器である。そして、さらに大型の一門が中央に構えていた。
大きさも桁違いである。
何しろギガントサウルスの魔石を使用しているのだ。
王都の防衛に使われると思われたそれは軍事利用されることになった。魔石に込められた魔力量だけを見てもワイバーンの10倍。単純に考えてもクヌカの森10個分の破壊力があるのだが、ソウ様の作る武器がそんなものであるはずもない。
ソウ様はこうおっしゃった。
「地図が書き換わりますよ」
あの方に限って大言壮語であるはずがない。
魔王討伐という我々人類の悲願は今日実現する。いや、それにとどまらないかもしれない。
それぞれの魔導兵器に魔力が充填されているのがわかる。互いの魔導兵器から流れる魔力のうねりが実体化して怪しく光る。徐々に高まっていく気配。
それに敵が気がつかないはずもない。
飛行能力を持った魔物が飛んでくるが、それらは結界に阻まれてたたらを踏んでいる。放置していても問題はないが、この基地を守るための部隊によって撃ち落とされていく。
警戒すべきは空間を渡る力を持つヴァンパイアロードであるが、ここしばらく姿を現したことはない。三王の一人とされている夜の王を打ち取ったという報告は上がっていないので、魔王のそばにいるか何らかの指示を受けているのだろう。
ある意味で魔王よりも厄介な魔物である。
空間を渡るがゆえに、結界を無効化する。
王都にすら入り込んでいる可能性があるのだ。
もちろん、王城そのものはヴァンパイアロードでも入れない次元結界が施されているが安心はできない。
ハーピーやグリフォンといった魔物の群れをあらかた撃ち落としつくしたころ、結界の前に顔の右半分の皮がべろりと剥けたような、筋肉むき出しの豹型魔族が現れた。まるで人族と同じように二足歩行であるが、獣人との違いは全身が毛でおおわれ顔は豹そのものであることだろう。
結界を守っていた別部隊と戦闘に入るが、豹型魔族は攻撃を掻い潜り鋭い爪で結界を切り裂いた。この場でできる最上位の結界魔法である。それをやすやすと切り裂いた。豹型魔族を先頭に下級の魔物が大挙して押し寄せる。
「全員、魔導兵器と発動部隊を守護しろ」
敵の妨害があることは想定の範囲内である。
だが、これほどの敵襲は予想外。ソウ様を連れてこなくて正解だった。あの方はこの国の宝だ。万が一があってはならない。
「お前たちは下がっていろ」
兵士の間を異常な速度ですり抜けていく豹型魔族に近衛騎士団所属の剣士フィルファムが切りかかる。この場にいる中で近接戦闘においての最高戦力。動きは早すぎで私にわかるのは剣戟の音のみ。ソレを抑えている間に、ほかの魔物をせん滅する。
結界はもう必要ない。
必要なのは敵を抑えつつ、魔導兵器への魔力の充填を終えること。たいした時間は必要ない。魔導兵器の攻撃そのものは魔石の魔力を使う。流し込んでいるのは発動に必要な魔力のみである。それでも通常の魔道具と比較すれば莫大であるのは間違いないのだが。
仲間を信じ、戦争の終結を夢見て私もまた魔力を注ぐ。
ソウ様の作った魔導兵器が必ずこの戦いを終わらせる。
魔導兵器から魔術回路が飛び出て展開を始めている。クヌカの森を消した魔導回路と似通っているようだけど、より高度に昇華している。以前の魔導回路ならまだ半分は理解できたが、今回はそれ以下だ。魔導回路が理解できないからと恐れることはない。ギガントサウルスの魔石に替えはないので、この術式が展開されるのは当然初めてなのだが、ソウ様に間違いはない。
私はただあの方を信じていればいい。
フィルファムが血の花を咲かせた。
腹を突き破られて、膝から崩れ落ちると同時に豹型魔族が姿をかき消した。どこに行ったかなど考える間でもない。この場で最大の力を発揮する大門、その発動に必要なのはこの私。だからといって、いまさら魔力を注ぐのはやめられない。あとほんの少しなのだから。
「ゼノビ――」
私の左右を守る二人の騎士の首が飛んだ。
目の前に黒い影が迫る。
間に合わない。
あと、少し。
三秒でいい。
それだけあれば魔導兵器は発動する。
しかし、残酷にも豹型魔族の爪が振り下ろされる。
ほかの魔物は十分抑えられている。ここで私が殺されても6門は発動するだろう。それだけも十分な戦果だ。この大門が破壊されなければ、また機会は訪れる。豹型魔族の爪が結界を切り裂くほどの力を持っていてもオリハルコン製の大門がそうやすやすと壊されることはないはずだ。
時間がゆっくりと流れる。
斜め上から振り下ろされる爪。
口元を不敵に歪める豹型魔族。
右目と左目の色が違う。
それに口元の髭が16本あることすらはっきりと視認できた。
間延びしたときの中で、迫ってくる爪を目で追うがそれは何もない空間に留められた。
爪が何かに引っかかった。
ただの空間である。
私は思わず口元をゆがめてしまった。
「さすがはソウ様」
怪訝そうな顔をする豹型魔族をにらんだ。
敵が我々の攻撃の邪魔をすることを軍が想定するように、ソウ様にその程度のことが予想できないわけがない。魔導兵器に魔力を注ぎ込むと同時に、我々の体は結界で守られていたのだ。そんなことにも気がつかなかった。
ソウ様への畏敬の念を感じながら、私は魔導兵器への魔力の充填を終えた。
その日、魔界が地図から消えた。
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