第86話 (フラン&ネル)
「4体目のデミオーガを斬った後、なんで前方に大きく飛んだ」
「5体目が背後から切りかかっていたからですけど」
「それがわかっていたとして、あそこまで大きく飛ぶ必要はないだろう」
「いや、でも」
リアムとフランはたったいまデミオーガの群れ6頭を倒したところであった。戦いの後にはこうして、戦闘中の問題点をリアムが指導していた。
魔法都市リスベンに到着した三人は、ネルを置いて二手に分かれた。フランとリアムの二人で依頼を受けたのだ。
リスベンの冒険者ギルドは最低でもDランクからしか仕事は受けられないが、パーティとして受けるのであればBランクであるリアムがいるためCランクの仕事でも問題はなかった。
二人が受けたのはリスベンのあるウル山の中腹ほどに生息するメファスヴァイパーという魔物の討伐と毒袋の回収である。メファスヴァイパー自体は巨大な毒蛇ではあるが、それほど討伐難易度の高い敵ではない。ただ、森の深い場所の巣穴を作ることが多く見つけるのが少々厄介ということ。
それゆえ報酬もなかなかのものである。
「フラン君の言いたいことはわかる。気配はともかく動きまでは見えないから大きく避ける必要があったということだろう」
「ええ」
「気配をもっと細かく感じ取るんだ。ずっと戦いを見ていて思ったが、フラン君は魔力を感じる技術が高い。全方位に目があるかのように動けている。普通ならそこへ至るまでも何年も時間がかかるものなんだが、おそらく感覚的に魔力を感じ取っているんだろう。だが、それをなんとなくではなく意識して使うといい」
「意識してって言われても」
「それができれば背後からの攻撃にもっと正確に対処できるようになる。無駄が少なくなれば、消耗も減り長期戦にも対応できるようになるというわけさ。まあ、いきなり背後の敵を感じろっていっても無理だろうから、次からは目の前の敵に対して目で動きを捉えるんじゃなく、魔力で相手の動きを感じる様にしてみるといい」
「はい」
先生。と心の中でフランは続ける。
リアムの指摘するところは毎度毎度感心させられた。イチロウの教えてくれたこともためにはなったが、同じ剣士というのは大きい。剣士としての動き方というのを的確に指導してくれたのだ。
それゆえ、彼を師とすることに迷いはなかったのだけど、リアムが先生と呼ばせることは拒否した。
「よしてくれ。たかがBランクの冒険者なんだ。一流の剣士ならもっと他にいる」
というわけだった。そうはいってもBランクの冒険者というのもそれほど多いわけではないし、Aランクなんて規格外になると”天才”であるがゆえに指導者としては往々にして二流である。その点、しっかりと実力を積み重ねてBランクに到達したリアムは適任者であった。
「いま、どのくらいまで来たんでしょうか」
デミオーガから魔石や素材の回収を手早く進めていく。デミオーガはデミという言葉通り亜種もしくは劣種であるが、ここでは別の魔物との混血のような存在である。オーガらしく人型で角があるが、爬虫類型の魔物の特徴を受け継いだ赤い硬質の鱗に覆われていた。体もオーガより大きく手ごわい。
「そうだな。まだ、半分というところだろ。メファスヴァイパーの巣穴が近づいてくると周囲の植物に毒液で腐食した部分が出てくる。それを見つけるんだ」
「それなら分かりやすいですね」
依頼を受けたときに話を聞けば、もう一月以上沈没していた依頼ということだったので、もっと見つけにくいとフランは考えていたのだ。
「まあ、そうはいっても慣れていないと見つけにくいものだ。それにほとんどCランク以上しか足を運ばない魔法都市でも、この辺の魔物はやっかいだからな。そんな魔物と戦いながらそれを見つけるのは難しいものさ」
「そういうものなんですね」
「ああ、こんな風にじっくり魔物の解体する時間が取れているだけでも優秀な証拠さ。魔物との戦いに時間を掛けていれば、周囲の魔物を集めることにもつながるからな。この森に入れるというだけじゃ、とてもじゃないが巣穴まではたどり着けない。間違いなくフラン君はかなり腕が立つ方だよ」
「そうなんですかね」
フランは小首を傾げた。
一緒に行動し始めて何度かいわれているのだけども、実感はまるでない。一緒にいるリアムという男は飄々としているが実際かなりの実力者だ。フランが腕を磨きたいというからほとんど魔物を倒すことはないが、倒さずに敵を翻弄しその上フランが窮地に陥らないようにという調整までやっているのだ。
「まあ、そのうち分かるようになるさ――よし、こっちは終わった。フラン君はどうだい」
「私も取り終わりました」
魔石以外にもうろこ状の皮膚が素材として売れるので、面積の広い背中部分をはぎ取ったのだ。細かく言えば、それ以外も使えるが労力のわりにお金にはならない。それからデミオーガの場合は角が売れるためそれもすべて刈り取った。
「さて、次はどっちに進めばいい」
素材をリアムのマジックバッグに収納すると、そんなことを聞いてきた。彼が教えてくれるのは何も剣術だけではない。森の歩き方に始まり、森に生息する動植物について、魔物の素材に薬草などの採集素材など。フランも田舎の村出身であるし、冒険者として一年近い経験はあるけどリアムには遠く及ばない。だから、いろんなことを教わっているのだ。
「私たちはこっちの方から来たから、そっちに向かえばいいんですかね」
「うん。基本的には正解かな。ただ、よく耳を澄ませてほしい」
「耳ですか」
リアムに言われてフランは森の音を聞いた。
特に変わった音は聞こえないとフランは思う。魔物が接近しているわけでもない。何かが動いていれば地面の上にある枯れ枝や枯れ葉を踏む音が鳴る。大型の魔物であれば、木々に体を擦ることもあるし、ぶつからなくても、体の一部が当たることはあるのだ。
もっと細かい音に注目してみるが、どれも森の中にいたら普通に聞こえる音で何らおかしな点はないように思う。
「わからないかい」
「はい」
「そうか。じゃあ、どんな音が聞こえたか教えてくれ」
「風の音、風に揺れて葉っぱがこすれるような音が聞こえます。それから小さな虫ですかね、かさかさとした音が聞こえます。それから水の音です。たぶん川があるんだと思います。それから――」
「いや、十分だよ。いまフラン君が言ったように、水の流れる音がするだろ。つまり川がある。魔物を追跡しているときの基本だよ。生き物はすべからく水を飲む。もちろん、魔物でも同じだよ。生き物によって必要な水分量は違うから、小さな水たまりで十分な獣もいるが、メファスヴァイパーは体も大きいし必要とする水分は多い。つまり、川に近寄る可能性はかなり高い」
「でも、蛇は獲物から水分を取ることもあるから直接飲まないこともあるって聞きましたけど」
「ああそれも正解だ。だが、ほかの生き物が水を飲むのなら、それがメファスヴァイパーの獲物になるうるわけだ。近くに狩りをした痕跡が残っている可能性があるかもしれない。獲物を探すときは水回りからとなるんだ」
「じゃあ、こっちですね」
「うん」
リアムが満足したように頷くのを確認してフランは歩き出す。いままで通ってきた道も闇雲に動いていたわけではない。前提としてメファスヴァイパーがウル山の中腹付近で目撃されたという情報をもとに捜索を進めていた。他にもリアムが経験としてメファスヴァイパーの好む環境――木々が高く昼間でも影の濃い湿度の高い場所――などから辺りをつけていた。そういった知識もまたリアムからフランへと教えられていく。
そうして歩くこと数分、水源を見つけるよりも先にメファスヴァイパーの痕跡を発見した。
「これですか」
フランが見つけたのは小さな白い斑点。腰の高さほどまで地面から細い葉が伸びていた。十重二十重と同心円状に広がる葉っぱの一部をよく見ると、毒液が落ちたのか水滴ほどの小さな穴が空き、その周りが白く変色している。
「よく見つけたね。まさにそれだ。フラン君は本当に目がいい。あとはこれを辿っていこう」
「はい」
元気よく返事して、周囲を観察すると別の場所に白い斑点を見つける。それを繰り返しメファスヴァイパー巣穴を探し出した。
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