第87話 (イチロウ&シエス)
「そろそろ、本格的に狩りをするか?」
「そうしてくれると嬉しいわね。郷の結界師もどこまで維持できるかわからないもの」
「シエスも準備万端なのです」
森に入って一月が経過していた。
まだ冬本番ではないはずだけど、空気は凍てつくように寒く雪がしんしんと降っていた。激しく吹雪くわけでもなく、パラつくわけでもなく何日も同じ調子で振り続けている。
小屋を作ったのは正解だったと背後を振り返り思う。
「これどうしようか」
「そのままでいいと思うわ。まあ、誰かが使うということもないでしょうけど」
拠点にすると決めて三日で建てたログハウス。
周囲の木を手刀で切り、枝を落として積み重ねただけである。といっても、それだと隙間だらけになるので、重なる部分を素手で削ったりして隙間なく積み上げていった。
半ば冗談で言ったものだが、何とかなるものだなぁと振り返って思う。
「せっかくだから、このままにしとくか。で、向かう先だが7日前にワイバーンを見ただろ。あの方向でいいか」
「本気なの」
眉根を寄せてエスタが言う。
本格的な狩りをするという意味がワイバーンを意味することは彼女もわかっているはずだ。そもそも彼女が目的なのだから。エスタにとって願ってもない相手であるが7日前に見つけていながら手を出さなかったのは、10匹を超える群れだったからだ。ククリ山脈の蒼の森での戦闘は激しく、俺たちのレベルを格段に上げている。だが、ワイバーンの群れと戦えるかというと話は別だ。
一体のワイバーンが相手でも通常ならパーティで挑むものだ。元々スマニーでは12階に一体ずつしか出ないというおあつらえ向きの場所があったのだが、自然界に生息するワイバーンは繁殖し、群れを作る。魔法都市で現れたように群れから外れた一体を相手にできる機会はごくごく稀である。
「探せばまだ別に棲家があるかもしれないけど、もうかれこれ一月だ。少なくとも拠点は変えた方がいいだろう」
「もちろん移動するのに異論はないわ」
「シエスはどこでもいいですよ」
ダンジョンのように魔物の湧いてくる場所ではあるけど、毎日毎日狩り続ければ周囲の魔物は徐々に姿を消していく。それもあっての拠点の移動である。どうせなら、エスタの目指すワイバーンを狩るのも悪くはないと思った。
ただ、エスタが難色を示すのもわかる。ワイバーンの群れに突入するというのは無謀なのだろう。スマニーのダンジョンでは複数体と遭遇したが、その時は王子一行もいたわけで多勢だった。
「別に一か八かで突入するつもりはないさ。まあ、拠点を変えればほかの場所にも足を延ばせるようになるだろうから。まずはそれからじゃないか」
「そうね」
エスタが納得したところで、俺たちは撤収準備を終えるとログハウスの周囲に展開している結界はそのままにして拠点を後にした。 一か月で狩った魔物の数は千を超える。シエスの袋もかなり拡張されたのだけど、それでも魔物をそのまま収納するわけにはいかなかったため、ログハウスの周辺には無数の骨がうず高く積もっている。
魔石、皮、角、鱗、爪、骨、毒袋など換金性の高いものを中心にはぎ取り、食べることのできる肉を切り分け残りは燃やした。シエスの袋はただ広がるだけでなく内部の時間経過も遅くなったらしく食料品の保存状態も良くなった。
感覚的に1/5程度の速度らしい。
「ホワイトアヴィが4頭来るです」
シエスが耳をぴょんと伸ばして告げる。魔力を感知する俺や、斥候技術のあるエスタよりも早くシエスは魔物を見つける。耳が大きいから聴力が優れているのはもともとだけど、それに魔力感知技術が重なり、より正確な索敵能力を手にしている。
シエスはすぐに近くの木に登ると、枝から枝を飛び移りながらホワイトアヴィに向けて突っ込んでいった。雪の積もった大地は足を取られるため木の上の方がしっかりと踏み込めるというのが理由の一つ。それに加えてシエスの場合は、軽い体重でも攻撃力を大きくするために高いところから落下の勢いを利用するからだ。
エスタは雪の上をすべるように走りながら魔力の矢を放った。遠距離から攻撃できる彼女が先手を取るのはいつのこと。魔力の矢は青白い光を放ちながら白の世界を突き抜ける。その数6本。エスタもまた成長し一度弦を弾くだけで、複数本の矢を放てるようになっていた。その数最大20。ただし、数が増える分狙いは疎かになるそうだ。
エスタの放った魔力矢は、三体のホワイトアヴィに合計5本命中させる。傷を負わせたなどと生易しいものではない。ショットガンの一撃のように肩口やわき腹の肉をえぐり、右太ももに攻撃を受けたホワイトアヴィはその場に転がった。恐ろしい速度でそこへと至ったシエスが上空より舞い降り首を一刀のもと切断した。
着地と同時に飛び上がり、ホワイトアヴィの追撃を余裕をもって躱す。
レベルの上昇した俺をしのぐ驚異の速度である。
コンマ数秒遅れて戦場に到着した俺は一撃も攻撃を受けていなかったホワイトアヴィを横から蹴り飛ばした。技もないもないただの回し蹴りだが、ホワイトアヴィの体を両断した。
もはやホワイトアヴィ程度では準備運動にもならない。
その後も数回魔物と遭遇しながら新たな拠点になりそうな場所にたどり着いた。
最初の拠点は麓からしたら標高500メートルくらいの場所だったが、ここは2000メートルを超えている。そのため気温もぐっと低くなっていた。最初の拠点まで山を登るだけでも大変だったのに、その倍以上の距離を余裕をもって移動できるようになっていた。
それは単純に魔物との戦闘時間の短縮が理由である。
「シエス、この辺の木を倒してくれ。エスタは周囲の警戒をしつつ薪を集めてほしい」
「任せるです」
「了解」
新たな拠点も当然のことながら何もないので、さっさとログハウスづくりを実行する。気温は氷点下を大きく下回り動いているときはともかく睡眠時に暖が取れなければあっという間に氷の彫刻となってしまう。
シエスは普通のナイフに魔力を込めることができるようになったので、ナイフを一閃するだけで大木を切断する。あまりにも素早く、きれいに斬るため、木は倒れることなくその場に残る。それをシエスは後ろ向きに宙返りしながら両足で激しく踏み抜いた。
周りの木や枝を巻き添えにしながらゆっくりと倒れこみ、雪の絨毯の中に木が沈み込んだ。
それを繰り返してログハウス用の材料を作っていく。
俺はその間に、ログハウスを作るスペースを作る。
まずは雪かきから。最初の拠点の周囲よりも降雪は多く、腰のあたりまで積もっている。それらを溶かしていく。
この一月で魔力というものの性質が少し理解できた。
魔力=エネルギーに近いのだろう。だから、運動エネルギーにも変換できる。それが俺の使う限界突破ではないかと思っている。そしていまやっているのは魔力を熱に変えて放出している。
まあ、実際にはそんな単純なものではないのかもしれないけども、そう考えることである程度魔力を操作できるようになっているのでよしとしている。
雪が解けてむき出しの大地が見えてくると、俺は最初の拠点でやったように地ならしを行った。木が生えているところもあるので、それは切り倒して根っこから抜いていく。いくつか木を抜けば、一辺が10メートルほどのスペースが生まれたので、シエスが切り倒した木を格子状に積み重ねていく。
もちろん、噛み合わせの部分は削ってから。
二度目ということもあり、さらに俺たち自身の身体能力が上がっているからか日が沈む前にはログハウスは完成した。中に入り、火の魔石に魔力を注ぐ。
「本当理不尽よね」
「快適に過ごせた方がいいだろ」
「シエスは雪は好きですけど、寒いのは好きくないです」
「俺はどっちも嫌いだ。そんなことより疲れたし飯にしようぜ」
エスタの集めてきた薪で外では火を熾していた。今日も新鮮な肉をいくらか手に入れているので焼肉である。最初のころは野菜やパンもシエスの袋に入れていたが、一か月もたてば底を尽きている。だから、もっぱら食事といえば焼肉である。魔物の解体にも慣れたものである。
一度、人里まで降りるという手もあるんだろうが、今のところ不自由はしていないので気にしていない。新鮮な野菜はともかくスープストックや火の魔石の予備はまだある。
野菜に関してもエスタがいろいろと森の中から取ってきてくれるのだ。
さすがは森に住むエルフということなのだろう。蒼の森では多少勝手が違うようだが、食べることのできる野草を雪の下から発見してくれる。
拠点を移動したあとも快適な時間を過ごしながら、明日からの予定を考えてみた。とにもかくにもワイバーンがどんな様子か確認してからだろう。群れと戦うのは厳しいと思う反面、ワクワクする自分がいることに気がついた。最近の戦闘ではほとんど経験が得られてなかったから、どこか強敵を求めていたのだ。エスタには悪いが、よほどのことがなければ明日そのままワイバーンに突っ込んでみようとひそかに考えていた。
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