第67話

 あたふたするネルに王子は、まあ気にするなと鷹揚にうなずいた。が、言われた方のネルはそういうわけにはいかないようだった。

 魔法使いにとっての最高峰の地位へのお誘い、しかも第三とはいえ王子から直接声を掛けられるというのは通常では考えられないことでネルが挙動不審になるのも無理もない。


 そんな彼女を落ち着かせようとしているとギルドのスタッフが大量の金貨と腕輪を手に戻ってきた。2300枚という金貨は数字で聞くよりも圧倒的な存在感を出している。

 新品というわけではないので、くすみや汚れというものはどうしてもあるけどもテーブルの上にうず高く積み上げられた金貨は眩いばかりの輝きを放っていた。

 

 そして横には黒に黄色のラインの入った武骨な腕輪が置かれていた。

 囚人の自由を奪うためのものであるからファッション性など度外視で、これを街に入るときにシエスに使うのであればちょっと工夫が必要かもしれないと思った。


「金貨はそのままギルドの口座に入金してもらっていいですか」

「了解しました。それではギルドカードをこちらに」


 金貨をテーブルに用意したのはただの見せ金に過ぎない。ギルドから王子へ貸し出しをするという建前があるので、いきなりギルドから俺たちの口座に入金というわけにはいかなかったのだ。それにしても大金を普通に出されると驚くというものだ。

 ネルに目配せをして、ギルドカードを提出する。目を泳がせているネルからギルドカードを受け取ってスタッフへと渡した。いつもなら交渉事はネルの役割だけど、いまはそれどころじゃなさそうなので俺が代わりにしゃべっている。

 

「腕輪はいくらですか。その分はそちらの金貨から引いてください」

「了解しました。50万ダリルとなりますので、その分引かせてもらって残りはこちらのカードに入金しておきます」


 そういってギルドの職員は持ってきた金貨を再び手にして部屋を出ていった。第三王子のお蔭もあり、ギルドから『魔封殺の腕輪』を無事購入することができたのだ。危険を顧みず、助けに行って本当によかったと思う。


「では、我々はこれにて失礼しよう。ギルドマスターにも手間をかけたな。それからイチロウ殿、改めて心より感謝する」


 第三王子がお礼の言葉を口にする。 第三王子の一行もダンジョンで十分な成果が得られたということで、一晩休めば王都に向かって出発するらしい。彼らが手にした腕輪の使い道は言うまでもなくキールに対してだろう。

 彼は魔法使いではないので、逃走に使えるような何かスキルがあるのかもしれない。ダンジョンから戻る際中の騎士たちの戦いを見ていたが、王子の護衛という立場に加えてワイバーンを狩りに来たというのは伊達ではないようで、それぞれがかなりの使い手であることがわかった。ギガントサウルスに関して言えば、相手が悪すぎたのだろう。事実、ワイバーンに対しては魔導砲を使わずともスキルの合わせ技で屠っていたくらいなのだ。


「それで君たちはどうするのかね」


 王子一行の出て行った後の部屋で残された俺たちにギルドマスターが、深くため息を吐いたあと聞いてきた。王子たちと一緒に出ていくわけにもいかずにタイミングをずらしていところだった。


「元々はダンジョンに再トライするつもりだったんですが、必要なものが手に入ったのでもういいかなと」

「というとダンジョンに来たのはその腕輪が狙いだったと」

「正確にこれってわけじゃなくて、こういう機能のあるアイテムが欲しかったってところです」

「ふむ。ではもうここに用はない?」

「えっと……なにかあるんですか?」

「先ほど話をしたことになるが、いまだ68人の冒険者が戻ってきていないのだ。戻ってきたばかりで申し訳ないのだが捜索を頼めないだろうか」

「えっと……」


 どう答えていいかわからないので、俺は三人の方を振り向いた。個人的には受けてもいいと思っている。ネルもようやく人心地付いたらしく目をぱちくりとさせてから思いついたことを口にする。


「あの先ほど話した通り、私たちはE・Fランクなんですよね。その手の依頼って通常Cランク以上が対象となるのではないでしょうか」

「あっ」


 完全に忘れていたという表情で間の抜けた声を出す。ギルドマスターは見た目が渋いおっさんなのにどこか抜けた印象を受ける。


「確かに魔物の巣窟への捜索依頼となる以上、スマニーのダンジョンであることを考慮すればCランク以上が適正となるだろう。しかし、君たちがスマニーのダンジョンの深部に潜れるだけの実力があるのは間違いないわけで、依頼の受領に関しては問題ない。いや、むしろ後腐れのないようにCランクに上げてしまってもいい」

「はい?」


 思わず聞き返してしまった。

 さきほど王子がランクを上げる様に進言した際には、のらりくらりと断っていながらのコレである。さすがに、それってどうなんだとフランもネルも半眼になってギルドマスターを見ていた。


「そういうのはよくないって先ほどおっしゃっていませんでしたか?」

「い、いやいや、それは王子の意向に唯々諾々と従うわけにはいかないという話で、しかもその時はBランクだっただろう。Bランク以上への昇格にはギルド本部の許可も必要になるが、Cランクであれば私の裁量でどうにかできるのだ」


 必死になって言えば言うほど、なんか違うなという気がしてくる。


「どうする?」

「うーん。戻ってこない冒険者のことは気になるけど、Cランク以上の冒険者はほかにも来ていると思うし、私たちが向かわなくてもいいんじゃないかなぁ」

「そうですね。フランの言うとおりだと思います。ランクは私たちのペースで上げていけばいいんじゃないですか」

「だよな。ダンジョンに戻る必要なくなったら、依頼を受けてランクを上げようっていう話はしていたし」

「そうそう」


 ギルドマスターの部屋に通されるときには通常のフロアを通ってきたわけだが、そこにはたくさんの冒険者がいたのを見ているのだ。タイミング的にダンジョンに入っていなかったか、比較的浅い階層ですぐに戻れたか、あるいは町に到着したばかりの冒険者たち。かなりの数がいたし、あえて俺たちがその依頼を受ける必要はないと思う。


「し、しかしですね。取り残された冒険者のことを思えば依頼を受けてほしいのはもちろんですが、これは皆さんにも十分メリットのある話だと思います。緊急依頼の報酬はできる限り用意させていただきますし、ギルドのランクが上がることはそのまま冒険者としての信用につながります。受けられる依頼の幅も広がりますよ」


 強く力説するギルドマスターと違って俺たちは冷めたものだ。


「さっき大金手に入れたばかりだし、そんなに無理をする必要もないんだよな。冒険者のことは気になるけど……」

「うーん。そうですね」

「それにさフランもネルもニースに帰りたいって言ってただろ」

「たしかに」


 本当は競売都市リスベンを出た後、ニースに帰るところだったのだ。78番とのもめ事もあり、シエスのためにスマニーに来たことで帰郷の予定はかなりずれ込んでいる。捜索という依頼の性質上、俺たちのパーティだけというはずもなく人海戦術的に階下の冒険者のほとんどが依頼を受けないと意味はない。そうなると、そこまで無理をする必要性は感じられない。


「ダンジョンの構造が変わったということは、新たな宝箱が見つかる可能性も高いのだぞ」


 その可能性はあると思ったから腕輪が手に入らないうちは、再挑戦しようと思っていたのだ。それに躊躇うのにはもう一つ理由がある。ダンジョンの構造がまた変わらないのかという疑問だ。今回は運よく助かったけど、それが続くとは限らない。

 これまでの通説に当てはめれば、構造が変わるのは数十年に一度らしいけど、予兆もなしに起きたという異例の事態を思えば、正直その説も信用できない。

 つまり、メリットに比べてデメリットが大きい。


「あのさ、もしかしてそれが理由なんですか?」


 俺がどうしようかと考えていると、フランが何かを思いついたのかそんなことを口にした。それに対するギルドマスターはぎくりと表情を硬くしていた。


「どういうこと」

「つまり、私たちに珍しいアイテムの一つでも取ってきてほしいというのがこの人の狙いじゃないのかなーって」

「あーそういうこと」


 ネルはそれだけで納得したようだけど、俺とシエスはよくわからないという顔で聞き返す。


「冒険者の捜索じゃないの?」

「まあ、建前としてそれはあると思うよ。けど、冒険者は命がけの仕事だし、ダンジョンでは何が起きるかわからないというのが暗黙の了解なんだよね。つまり、本当はそんな依頼を掛ける理由がギルドにはないと思うの。行方不明者に有力者がいれば話は別かもしれないけど」

「けど、それじゃあなんで?」


 冒険者が宝箱を見つけたところでギルドマスターにメリットがあるとは思えない。しかし、そのギルドマスターは図星を付かれたとばかりに額から汗を垂らしていた。


「下にいる冒険者のレベルはわからないけど、私たちは少なくとも下層から這い上がってきたという事実があるでしょ。つまり、かなり深く潜れると期待しているのよ。まあ、それは第三王子一行と一緒だったというのもあるんだけどさ。それはともかく、魔石でも宝箱のアイテムでも、ほとんどのものはギルドに売却するでしょ」

「つまりギルドが儲かるってわけか」

「そういうこと」

「ち、ちがうぞ。私は単純に冒険者の救出をだね」


 しどろもどろになりながら慌てているが、フランの言うとおりだというのは誰の目にも明らかだった。フランの言うとおり冒険者は危険を承知でダンジョンに潜っているのだ。覚悟も責任も各々にあるのだと思う。戻らない冒険者のことは気にはなるが、あれだけ恐ろしい目にあったすぐ後なのだ。危険なダンジョンに潜って、いるかもわからない冒険者を探すことよりも、俺はニースに戻り三人がゆっくりと過ごせるほうを選ぶことにした。

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