第66話

 ダンジョンから戻った俺たちはギルドの奥へと案内されていた。

 ギガントサウルスとの激闘の後、何もなかったわけではない。ダンジョンの内部構造が変わっていたため、既存の地図が一切使うことができず、それでも俺たちにはシエスがいたお蔭で上層へ向かうおおよそのルートがわかったのは大きい。

 それでも、未知なる場所ということで最大限の警戒をしながら進んだため地上に戻ったのはあれから五日後のことだった。


「よくご無事に戻られました。今回の内部構造の変化にかかわる予兆を何一つ見つけられなかったこと大変申し訳ございません」

「予兆?」

「はい。構造の変わる10日から20日前から断続的に地震が起きると言われています。そのほかにも、魔物が極端に減るといった現象が起きるのです。冒険者からの証言だけでなく、ギルド職員の巡回により常にアンテナを張っております」

「ふむ、では今回のことは貴殿のミスというわけでもないということか」

「そうおっしゃっていただけると幸いでございます。ただ、我々の把握しているだけで、68名の冒険者がダンジョンから戻ってきておりません」


 沈痛な面持ちでその事実をギルドマスターが王子へ報告する。

 俺たちのように高高度から落下させられた場合、正直助かる可能性は低いだろう。俺たちが落とされたエリア以外にもフィールド型のエリアが2階層はあったのだ。仮に落下がなかったとしても、自分たちのいた空間が壁の中になることもあるだろうし、現れる魔物のレベルが変われば対応しきれないということもある。つまり、戻ってこなかったということはそういうことを意味するのかもしれない。


 王子とともにギルド長の部屋に通された俺はなんでこんな話を聞かされているのだろうかと疑問に思って仲間と視線を合わせていた。ダンジョンから戻った後、王子に言われて護衛の騎士二人とともにギルドに顔を出すとそのままギルド長の部屋に通されたのだ。


「犠牲になった者たちには心から冥福を祈る。しかし、私がここに足を運んだのは、ダンジョンの構造変革を見逃した責を取らせるためではないので安心するといい」

「は、はあ」

「我々は新らしくなったダンジョンの13階に降り立ったわけだがな、そこでギガントサウルスと交戦する羽目になった」

「!! ギガントサウルスでございますか」

「ここにいる者たちの協力もあり、その場をどうにか切り抜けることができた。そこで、彼らに報酬を渡したい。しかし、我々といえど現金の持ち合わせはないのでな」

「はあ。そういうことでしたら協力は惜しみませんが、それほどの功績があるのでしたら王都で直接下賜された方が、この者たちの名誉にもなるのでは?」

「それを望んでいないらしいのでね」

「名誉がいらない?」


 驚いた顔で俺たちの方を見た。

 普通の冒険者であればそれが普通なのだろう。それはわかっていたので俺も三人とそのことについては話し合ったのだが、みんな意見は同じだった。俺のことを気遣ってくれたのかもしれないが、そもそもシエスは登城はおろか王都に入ることすらできない。


「ええ」

「まあ、そういうことなので、彼らに渡す報酬2300万ダリルをご用立て願いたい」

「に、にせんさんびゃくまん!!!」

「ギガントサウルスの魔石を譲ってもらっている。それだけでなくワイバーンの魔石もな。報酬というより買い取ったという方が正しいのかもしれない」

「ちょ、ちょっと、お待ちください。ギガントサウルスを討伐されたのですか? 交戦ではなく」

「ああ」


 なんてことないように答える王子に食い気味に思わず腰を浮かせるギルドマスター。壮年で黙っていれば渋く仕事のできそうな雰囲気なのだが、それが完全に崩れ去っている。俺たちもその金額には驚きが隠せないのだが、ギガントサウルスの魔石の価格としては適正らしい。事前に聞いてなければ、俺たちも同じようなリアクションをしていた。というか、ダンジョンの中ですでに大声を上げている。


「そういうわけで頼めるか。もちろん、建て替えてもらった分に関しては城に戻り次第すぐに手配する」

「か、かしこまりました」


 ギルドマスターが部屋から出ると、誰かに言付を頼みすぐに戻ってくる。かなりの大金なのだが、ギルドには常時その程度のお金はあるということなのだろう。スマニーのダンジョンで出る魔物は強力なものが多く、魔石の買取価格も相応であることを思えば当然かもしれない。


「それから、もう一つ『魔封殺の腕輪』を借用願いたい」

「はあ、もちろん用意するのは問題ありませんが、その……」

「貴殿が知る必要のないことだ」


 詮索しようとするギルドマスターに王子ではなく背後に控えている護衛が答えた。その対応も気になったが、それよりも王子が借りたいといった腕輪の方が気になった。


「殿下、失礼ですがお聞きしてもよろしいですか」

「そう畏まらずとも自由に発言したらいいだろう」

「では、『魔封殺の腕輪』とはどのようなものなのでしょうか」

「ああ、イチロウ殿は知らぬか。文字通り魔を封じる腕輪だ。腕輪をつけると魔力が全く出せなくなる。つまり魔法やスキルの発動ができなくなる」

「そ、それは!!」

「どうかしたのか」


 目を白黒させて驚愕する俺を見て周りが怪訝な顔を見せた。


「それは俺たちが手に入れることはできる代物なのでしょうか」

「ふむ。何のために必要とするのかわからんが、特に問題はないだろう。そうだな、ギルマスよ」

「ええ、賞金首の中には魔法を使うものもいますので、そういう輩の捕獲には必須の魔道具です。ですので依頼を受領した冒険者への貸し出しをしていますし、賞金首を専門に追うタイプの冒険者の中には自前で用意しているものもいます。まあ、ものがものですので、Bランク以上に限定はさせてもらってますが」

「Bランク……ここでもランクの壁が……」


 魔法都市ドニーの図書館で断られたときのネルの気持ちがよくわかる。シエスのために見えた希望の光だけに、みんな大きく肩を落とした。


「なんだ。イチロウ殿はランクが低いのか?」

「低いというか、登録したばかりのFランクです」

「なんと! ギルドのランクについて詳しくはないがギガントサウルスと戦えるのであればBランク以上はあるのではないか」

「確かにそれが事実であれば戦闘力については問題ありません。ですが、冒険者のランクは腕だけではありませんので。依頼をこなして得た”信用”というものもあります」

「ふむ。信用という点では私が保証するがそれではだめか」

「殿下、ご勘弁していただけないでしょうか。殿下の”保証”をないがしろにするわけではありませんが、冒険者ギルドに御上の力に直接介入されては立つ瀬がありません」

「そうはいっても半官半民であろう」

「ですが」

「ふむ。そういうことであれば仕方ないな。一つ融通してもらうので、それをイチロウ殿に売ることにしよう」

「殿下!!」


 ギルマスと護衛の両方から声がかかる。

 しかし、当の王子はどこ吹く風という感じで肩をすくめて見せた。俺たちとしては願ったりかなったりだけど、そんな風でいいのだろうか。だからといって遠慮するつもりはない。もらえるものはもらっておく。それに、検証の必要はあるが俺たちにとって一番欲しいものなのだ。


「欲しいものは可能な限り対応すると約束しただろう。気にするな。それより、さきほど”ここでも”といったが、ほかでも冒険者ランクで引っかかることがあったのか」

「魔法都市ドニーの図書館です。ネルの魔法の勉強に向かったんですけど、冒険者の場合はBランク以上といわれまして」

「ふむ。確かにあそこには機密が多いからな。だが、そちらは私の方で何とかできそうだな。許可証を発行するように手配しておこう」

「本当ですか」

「ああ、その程度なら問題ない。ネル殿の魔法に関する知識にはデリルも感心していた。というより、宮廷魔導士に勧誘するように勧められたよ。あれほどの才を放っておくのはもったいないとな」


 何気ない調子で言われたが、それはとんでもない爆弾発言だったようでネルを見ると目を丸くしていた。宮廷魔導士というのは魔法使いとしてはエリート中のエリートが選ばれるもので、一介の冒険者が得られるような地位ではない。ネルに聞いた話によれば、魔導士を育てる学校がありその中で成績優秀なものだけが入るような狭き門らしい。少なくとも冒険者から、そのような地位についたものはおそらくいないのだろう。


「というわけで、どうだろうか?」

「あ、あの、その、た、たたたたた…」

「はは、やはり駄目のようだね。まあ、予想はしていたが実際断られるとショックだな」


 はっはっはと快活な笑い声をあげるが、後ろで控えている護衛も、ギルマスも顔が引きつっていた。

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