第65話
ここ二日でフォロワーが一気に50人くらい増えてました。
理由はさっぱりわかりませんが、これも皆さんの応援あってのことだと思います。ありがとうございます。引き続き連載を続けていきますので、今後ともよろしくお願いします。
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体中が臭い。
死骸がダンジョンに吸収されるなら、魔物が出した体液や血液も一緒に消えてしまえばいいのになぜか服にしみ込んだ汚れはそのままだ。全身余すところなく血液と体液と脳髄を浴びた俺の体はシャレにならない悪臭を放っていた。
気にしている場合でもないかもしれないけど。
「イチロウ殿。心から感謝する」
「いえ、皆さんの力があってこそです。でも本当に何とかなってよかったです。最後はこっちのわがままに突き合わせる形になって逆に申し訳なかったですけど」
「いや、そうでもない。君ならやれそうだとそう思ったから、そうしたまでのこと。それにこの成果はとてつもなく大きい。それで一つ相談なのだが、ギガントサウルスの魔石を譲ってもらえないだろうか。もちろん対価は支払う」
ギガントサウルスの消えた場所にはエレファントタートルの魔石を超える直径三メートルほどの魔石が転がっていた。濃い緑色をしたとてもきれいな石だ。
「別にいいですよ。どうせ、持って帰るのは無理ですし」
「無理? そちらの兎人のお嬢さんがマジックバッグを持っているのでは? いやいや、こちらから依頼していて何だがそんなにあっさりと決めてしまっていいのか」
「問題ないです。マジックバッグに関しては、あんなに大きなものは入るスペースがないんです。だから、対価をもらえるならその方が俺たちもありがたいです――みんなもそれでいいだろ」
振り返って三人に聞くと、もめることなく全員一致でその回答だった。シエスが持てないのものは袋に入らないのはみんなの共通認識なのでもめることはなかった。それを聞いた騎士たちは若干不思議そうにしていたが容量が小さいと納得したのだろう。それではということで、途中倒したワイバーンの魔石も含めてマジックバッグに回収していった。何度見てもバッグ以上の大きさのものが一瞬で消えるさまにはびっくりする。
「非常に助かる。まあ、いろいろと話もあるし疲れもあるだろうが、移動を開始したほうがいいだろう。君たちも我々も魔力の残りがほとんどないだろう。さすがにギガントサウルスはもういないだろうが、ワイバーンの一体でも現れたら事だからな」
「ですね。階段まで距離がありますので急ぎましょう」
騎士たちとともに階段を目指した俺たちは、魔物に遭遇することなく階段を上ることができた。どうやら騎士の中に斥候系のスキルを持つものがいたらしい。
すでに見つかっている状態から隠れるのは無理でも、見られる前であれば隠密行動をとることができるようだ。それもパーティ全体に潜伏状態を掛けることができるらしい。そして案の定というべきか、階段は不可侵領域らしく。どうみてもワイバーンに目視されていそうだったが襲われることはなかった。
そして上った先は洞窟型のダンジョンで、以前で言えば7階層や8階層とよく似た雰囲気だった。
「いったんここで休息をとろう」
王子の号令で騎士たちが動き出す。
魔力はみんな枯渇しているかと思えば、デリルが何食わぬ顔で結界魔法を唱えた。王子を守る役目を担うものとして最低限の魔力を残していたのだろう。ただし上級の結界魔法ではないようで、騎士による見張りは立てていた。
それでも万が一何かあれば下層に向かう階段に避難すればいいだけである。だったら階段で休めばいいのだろうが、横になるのには向いていないのだから仕方がない。
「そろそろ話を聞かせなさいよ」
俺たち四人は騎士たちと少しばかり距離をとり、温めたスープをそれぞれが手にした頃合いだった。
「私も気になりますけど、イチロウが言いたくないのなら……」
「いや、いいんだ。ずっと隠していて悪い」
座ったまま俺は三人に向かって頭を下げた。
勇者にしかないという『武神の加護』を使うところを見せたのだ。加えて騎士に勇者と呼ばれるのも耳にしている。隠し通せるとも思っていない。
そもそも、仲間内に秘密を抱えているのは苦しかった。ただ、『俺は勇者だ』なんていうのが小っ恥ずかしかったというのが本当のところだ。
でも、どこから話せばいいのか。それがわからなかった。だから、最初、この世界に召喚されたところから話を始めることにした。
「……俺はこの世界の人間じゃないんだ」
それを皮切りにスープを飲みながら俺はぽつぽつと語り始めた。ある日突然、召喚の儀という魔法でこの世界に連れてこられたこと。勇者として魔王討伐を頼まれたこと。王城内での訓練、そして共に召喚された友人のことを。
「――そして実践訓練でクヌカの森に出かけたとき、アヴィに襲われたんだ。だけど、その時の俺にはどうすることもできなくて」
「うそをつくな!!」
二人に出会う直前の出来事を語ろうとしたとき、焚火をしていた騎士の一人が勢いよく立ち上がった。騎士たちも俺の話に耳を傾けていたらしい。それには気付いていたが、どうせもう知られているのだと気にしていなかった。
「ギガントサウルスを倒せる貴様が、それだけの力を持つ貴様がアヴィ如きに後れを取るはずがないだろう。魔王討伐が嫌で逃げ出す機会を狙っていただけだろうが!!」
怒声を上げながら俺たちのところへ来ると座っている俺の胸倉をつかみ上げてきた。
「いきなり何するんだ」
騎士の腕を捻じりあげ、逆に地面に押し倒すと、ほかの騎士たちが殺気立って立ち上がった。それぞれの獲物にも手を伸ばしている。呼応するようにフランやシエスも剣とナイフをつかんだ。
「待て」
それを制したのは王子の凛とした声。
「詳しい事情は知らんが、クヌカの森の出来事は聞き及んでいる。あの当時の勇者の戦いを見たことはないが、話に聞く限りイチロウにここまでの力はなかったのだろう。勇者であれば、たった数ヶ月でこれほどまでの力を身につけていたとしても不思議はないだろう」
「だから、それは演技だったと!!」
「ギガントサウルスを前に我々の救援に向かうような男が、自分の力を隠すために騎士を見殺しにするとは思えん」
「だけど、こいつは見殺しにしたんですよ」
「殿下、その……」
一人の騎士が王子に耳打ちする。
それを聞いた王子の目が大きくなる。
「キール。知らなかったとは言え済まなかったな。だが、私の考えは変わらん。これ以上イチロウ殿を責めるのは許さん。彼がいたからこそ、我々はいまここでそんな話ができているのだ。感謝こそすれ敵意を向けるなどあってはならん。事情を考慮して不問に付すが、それもこの瞬間までのこと。この先、態度を改めぬようであれば処分も検討する」
「くっ……」
言葉を失うキールを事情を知っているらしい騎士が肩を抱いて自分たちの方へと連れていく。そして代わりに王子が謝罪の言葉を口にする。
「すまなかったな」
「いえ、その。さすがに王子様から謝罪の言葉を頂くのは……、それにあの時のことは俺も悔いているんです。今日の戦いを見てたらわかると思いますが、俺は素手で戦うのが得意なんです。でも、あの時は勇者と呼ばれて剣や鎧を使うように言われてて、あの時どうしようもなかったのは事実ですけど、アヴィに勝てないわけじゃなかったんです」
「貴様!!」
騎士の静止を振り切ってキールが俺に殴りかかってきた。その顔は怒りと悲しみに彩られてくしゃくしゃになっていた。彼に何があったかはわからない。
俺の言い方が悪かったのかもしれない。だけど、だからといって殴られてやるいわれはなかった。
キールの右ストレートを片手でいなし、勢いのある彼を足払いをかけてそのまま転ばせる。彼が立ち上がろうとしたとき、キールの首に剣を突きつけたのは、他ならぬ王子その人だった。
「これ以上の無礼は許さんといったはずだが?」
さすがにこのまま放置はできないと思って止めに入る。
「俺は別にかまいませんよ。それより、何なんですか。さすがに事情も知らずに殴られるわけにもいかないんで」
「あの時犠牲になった騎士は、彼の弟だそうだ」
あっ、と思った。
よく見ればキールとあの時死んだ騎士は似た顔立ちをしていた。どおりで見覚えがあるわけだ。
あの時は死んでしまった騎士のことが澱のように引っかかっていた。それでもフランやネルと出会い冒険者として生活しているうちに忘れてしまっていた。考えてみれば最低だな。俺を守ろうとして死んだ騎士のことを忘れるなんて。
騎士のことはよく思ってなかったといっても、その顔は覚えているつもりでいたのに。
「悪かった」
遺族にどういえばいいかわからず俺が言えたのはそれだけだった。だが、それを聞いたキールはさらに顔を赤くした。
「悪かっただと、悪かっただと!! 貴様がちゃんと戦えば、そうすればテッドは……」
「あのさ」
フランが突然話に入ってきた。
「私たちには軍にいたころって言い方だったけどさ、イチロウは素手で戦わせてくれって何度も訴えたって言ってたわよ。それが本当なら、イチロウに無理やり剣を持たせたのは軍の人間だったんでしょ。それでイチロウが本来の力を発揮できなかったとしても、責めるべき相手が違うと思うよ。弟さんのことは残念だと思うけど」
「剣を持たない方が強いっていうのは、不思議に思うかもしれないですけど頭ごなしに命令をしていたのは軍なんですよね。それにさっきの話が本当なら、私たちとは全然異なる世界から無理矢理連れてきて魔王を倒せなんて無理をさせていたのに、騎士の死の責任を追及するなんて酷いですよ。騎士や兵士は命を懸けることを誓って軍に入るはずです。そういう意味ではイチロウはただの一般人じゃないですか」
「イチロウお兄ちゃんは絶対困っている人を見捨てないです」
三人の言葉が胸に熱く突き刺さる。
うれしかった。
ともすれば涙が出そうなほど。
「だそうだ。私は他国にいて仔細はしらぬ。だが城に戻ってからもイチロウ殿の話はほとんど出ることはなかった。それでもいくつか耳にしたのは使えない勇者だったという言葉くらいだ。王都にはイチロウ殿の墓もないのだろう。我々の戦いに巻き込んで死なせておいて、敬意を払っている様子もなかった。それだけでも彼が城にいる間どういう扱いを受けていたのか想像に難くない。
騎士や我々に対しわだかまりもあることだろう。
だが、それでも我々を助けに来てくれたのだ。
それに対して貴様はなんだ?
貴様の弟は勇者の護衛だったのだろう。それが護衛対象が手を抜いたせいで死んだ? 己の言動がいかに自分勝手かわかるだろう。
貴様の処分は戻り次第下す。それまで大人しくしておれ」
むりやりにキールを立ち上がらせると、騎士たちのリーダーであるカルヴァンにその身を預けた。
「イチロウ殿、重ね重ね申し訳ない。この通りだ」
騎士を黙らせ王子が再び謝罪の言葉を口にして、俺に向かって腰を折った。
王族が平民に頭を下げるという意味は俺にはよくわからない。きっと、これはそうあることではないのだろう。だからこそ余計に彼の誠意が伝わってきた。彼の言葉もうれしかった。頭を上げてもらい「気にしてないです」と返した。もしも、俺が王城にいるときに彼がいたら何かが変わっていたのかもしれない。
「魔王との戦いに君ほどの戦力があればと思うが、いままでの話を聞いた限り無駄だろう。今回の件、最大限の礼はするが王城へ招くのは逆に迷惑になりそうだな。ダンジョンを出るまでに欲しいものがあれば考えていてくれ、可能な限り対応することを第三王子の名において約束する。それはもちろん、勇者へではなく、イチロウという名の冒険者宛てにすることも誓おう」
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