第64話

「シエス。動きを止めるよ」

「はいです」


 あのバカは、自分から中に入ったんだ。

 要するに中から攻撃するつもりなんだろう。

 でも、あんな風に頭を振り回されてたら、必殺の一撃は打てないはず。だったら、私たちがその機会を作ればいい。そういう風にフランもシエスも考える。

 互いの姿が見えなくても、互いの思考が読みあえるのだ。パーティーを組み始めて数か月とはいえ、そこまで連携が取れるのは信頼しているという証。


 フランもシエスも考える。

 自分たちは弱い。

 騎士たちとは比べるまでもない。

 筋力も魔力も目の前のギガントサウルスと戦えるようなレベルにはない。分厚い筋肉に、鋼鉄のような骨、盾よりも強固な鱗。倒すなんてもってのほか、だけど傷をつけることはできる。フランの魔法剣でも、シエスの魔法のナイフでもそれはすでに実証している。たとえそれがわずかだとしても。


 どこを攻撃すればいい。

 問題はそこだ。

 イチロウは口を開けさせるために眼球を破壊した。

 弱点を的確につけば、ギガントサウルスとて痛みを覚えるのだ。 眼球のような比較的脆いものであれば、シエスやフランの二人でもどうにかなるのではないかとそう考える。しかし、それと同時に、じゃあそれはどこなのとなるのだ。


 両方の眼球はすでにつぶされていて、追加で攻撃を加えれば当然痛みはあるだろうが、新しさに欠ける。そういう意味ではすでにボロボロの足も同じだろう。残すは短い前足か。


 シエスとフランは二人とも同じ答に行きつくと一瞬視線を交わした。ギガントサウルスの頭の上で動き回るシエスと、地上で応戦していたフラン。

 魔力の消耗は激しい。

 おそらく剣やナイフに魔力を通すことができて1回か2回。

 一発たりとも外すわけにはいかない。

 幸運にもギガントサウルスは目が見えず、おそらく鼻も利いてない。中に入っているイチロウが気になってしょうがないのだろう。フランとシエスはおろか騎士たちも完全に無視されている。


 そんなふうに悟るとフランは目を薄く閉じて、ワイバーンと戦った時と同じように轟流の瞑想に入った。教えられたように息を吸って吐いてを繰り返す。剣を上段に構えて魔力の流れを感じ取る。植物が根っこを通して大地から水分や養分を吸い上げる様に、地中を流れる魔力を体内に吸い上げるイメージを構築する。

 足の下には川の流れのように膨大な魔力が流れている。おそらくはダンジョンのものだろう。しかし、ダンジョンにとって魔力がどういうものなのか、それらは川から水があふれる様に微弱に漏れているのがわかる。

 それらを集めていく。


 シエスはギガントサウルスの意識がフランに向かないようにと警戒する。彼女の攻撃にフランのようなためは必要ない。その分、威力は劣るだろうけども攻撃をするときはタイミングを合わせなければ意味がない。幼く戦闘経験が浅いながらもシエスは、自分がどう動けばいいかをちゃんと理解している。


「シエス」

 

 フランの中に大量の魔力が流れ込んでいるのがわかった。


「ハイです」


 シエスはギガントサウルスの背中から頭の上を最速で駆け抜けると鼻先で大きく飛び上がった。ふわりと空中に浮きあがった兎の少女は両手に持ったナイフに魔力を込めながら体を回転させる。

 込められる魔力とともに自重を増していくナイフに引っ張られるように、回転するシエスの落下速度が加速する。シエス単体では決して出せない速度と重さを込めた斬撃は分厚いうろこを突き抜け、ギガントサウルスの前足に突き刺さる。

 痛みによるほんのわずかな停滞。


 斬――。


 根元から切り離された前足がシエスとともに落下する。地上からただまっすぐに振り下ろされた魔法剣から、剣身の数倍もの斬撃が飛んだ。

 重量物が地面に激突し、激しい音とともに土煙を舞い上げる。衝突の寸前に飛び上がったシエスがふわりとフランの真横に着地する。

 予想外の痛みと片腕を失った怒りに目の見えないはずのギガントサウルは、二人をつぶれた眼でにらみつけ咆哮を上げた。

 

 しかし、大気を震わせる大音声は唐突に虚空に消えた。

 身構える二人を前に、傷だらけの足を無理やり前へ出そうとしたギガントサウルスが、糸の切れたマリオネットのように力を失いそのまま崩れ落ちた。手足が脱力し、超重の頭は支えを失い大地に沈みこんだのだ。


「脳みそを破壊した。さすがに今度こそ終わっただろ」


 その頭を無理やりこじ開ける様にしてイチロウが姿を現した。その背後で巨体が徐々にその姿を散らしていく。ダンジョンに吸収され始めたのだ。それはつまるところ完全なる討伐完了を意味していた。


「おおおぉおおおおーーーーーーー」


 勝ったのだ。

 災害とも称される巨獣を僅か10数名の人の手で打ち取ったのだ。

 まるで蜃気楼のように消えていく獣を前に、勝利の雄たけびが上がった。

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