第63話
死んでいるかはわからない。
だが、ジャイアントゴーレムを外側からの爆発で体の半分以上を粉砕できる爆発力があるのだ。口の中で爆発して無事で済むとは思えない。
というか、無事であってほしくない。白銀のオーラは最後の一撃をもって収束していた。戦いの終わりと信じていいのだろうか。
王子や騎士たちも動きを止めたギガントサウルスを遠巻きに見つめる。
「やったのか」
そこで変なフラグを立てるな。
俺の心の声など聞こえないのだろう。ギガントサウルスは沈黙したままだ。
「大丈夫ですか」
「大丈夫っていいいたいところだけど、全然だめだ。両腕が折れてる」
間断なくギガントサウルスを見ながら、ネルの言葉に軽く答える。
「ご、ごめんなさい。私はもう魔力が……」
「いや、いいよ」
「あ、あの、デリルさん。イチロウの治療をお願いします」
「任せてください」
彼女は準備していた結界魔法の魔術回路を霧散させるとすぐに治癒魔法の構築を始めた。さすがは宮廷魔術師の一人、構成は精密で早い。
騎士たちも緊張を緩め、大きく息を吐く。
「まさか、本当にあれを倒すとはな」
「聞いたことのない名だが、すさまじいな」
「さすがは勇者様ってことか…」
「勇者? それってどういうこと」
耳聡く”勇者”の単語を聞きつけたフランが騎士たちに質問する。そもそも、俺の祈りや白銀のオーラにも気付いているのだ。気になっていたのだろう。
「なんだ、仲間なのに知らないのか」
「イチロウ殿は『GYURARARARARA』」
騎士の声にかぶさる様にギガントサウルスが叫んだ。
「デリルさん、急いでくれ」
「カルヴァン、キース。魔導砲で牽制。ほかの騎士も魔力がある限り抑えるぞ」
俺の言葉と王子の指示が重なった。
すでに魔導回路の構築を終えていたデリルが魔法を唱える。体が熱く燃え上がる様に、折れた骨が修復していく奇妙な感覚を覚える。
これほどの大怪我、さすがに一瞬でというわけにはいかない。
だが、問題はそこじゃない。
たとえ回復したとして、俺はどれだけ戦える。
武神の加護はもうない。人間の体一つであの化け物と戦うことなどできるのだろうか。そう思って見上げたギガントサウルスは咆哮を上げる口からボダボダと滝のような血を流していた。怒りに目を血走らせ、叫び、闇雲に手を振り回す。
立ち上がろうとしてもうまくはいかないようだ。
そりゃあ、足はバキバキに砕いているのだ。立てるはずもない。
なんだ無理して戦う必要はない。
「に――」
逃げよう。その言葉を言おうとして言えなかった。みんなで苦労してここまで追い詰めたのだ。それなのに止めを刺さずに逃げる? 誰にそんな真似ができる。いや、違うな。俺が嫌なんだ。ボロボロになるまで戦った俺が。
修復されていく体の状態を確かめながら思う。
そんな勝手が許されるのか?
俺が勝手に飛び出して、その戦いにフランやネルやシエスを巻き込んだのだ。それでもみんなは勝手な行動をした俺を怒るでもなく心配したといったのだ。
仲間なんだからと。
だったら、仲間の俺がすべきなのは――
「フラン、ネル、シエス!!」
「どうしたの?」「どうしたんです」「どうしたですか」
三人が振り返る。
「あいつは多分立てない。だから、たぶん逃げるのは簡単だと思う」
「見たいですね」
「手負いの獣ほど危険なものはないという。わざわざ危険に飛ぶ込む理由はないんだ。だけど、俺はアイツを倒したい。無茶苦茶なことを言ってるのはわかる。これは俺のわがままだ。だけど!!」
フランがため息をつき、ネルがふふっと薄く笑った。シエスはなぜかナイフを抜いて満面の笑みを見せた。
「ったく、あんたってほんと馬鹿だよね」
「なんだよ、それ」
「みんな気持ちは同じだっての。じゃなきゃ殿下はすでにそう指示を出しているわよ。ここまで追い詰めたんだもの。そりゃあ、ほとんどはあんたとネルの功績かも知れないけど、気持ちは同じだよ」
「そうですよ。私はもう魔力がほとんどありません。マジックポーションもないし、たぶん役には立たないと思います。でも、一緒に戦いたいって思ってますよ」
「シエスもお兄ちゃんと戦うです」
「……みんな」
「相談してくれてうれしかったです」
「そうそう、あんたも成長したじゃない」
「うっせー」
照れくさくなって顔を背ける。
なんだよ。みんな同じ気持ちだってのか。
ギガントサウルスを引き付けている騎士たちも同じ気持ちだということか。本来なら王子を守るべき騎士たちなのだ。王子の命令があったとはいえ、逃走を提案をするのがこの場においては何よりも正しいと思う。
それでもこの戦いに挑んでいるという。だったら何も悩むことはない。
治療を終えた俺は再び武神への祈りをささげた。
だが、神は答えてくれなかった。
それがどうした。
轟流奥義陸ノ型『梧』。
人間は肉体の限界まで力を出すことはできないという。
なぜなら体がその力に耐えられないから。
無意識に脳みそが力を二割から三割にセーブしている。
それを意識の力で突破させるのが陸ノ型『梧』。
だが、限界を超えた力を使うときも俺が出すのは精々が5割くらいだ。そのくらいなら肉体を損傷させずに発動させることができる。そもそも、使うたびに肉体を破壊する技などあっていいはずもない。轟流800年の歴史は伊達ではないのだ。
俺の体からマグマのような赤いオーラが噴出した。
うすうす気が付いていた。
この世界で陸ノ型を使うとき、それはスキルという形をとり魔力を消費していると。
肉体を損傷させることなく限界を超えることができるのだと。初めて使った時こそ、手がボロボロになったが、それはまだスキルが正しく発動出来てなかっただけだろう。それでも、限界を本当の意味で突破しきれてなかったのは、確証のない俺が躊躇していただけだ。
「何をする気かわからないけど、どうせ私にはあれを倒す魔法は使えない。だから、君に魔力をあげるわ」
「なにを?」
俺の疑問にデリルは魔法の発動で答える。
「マジックトランスポート(魔力譲渡)」
体に魔力が流れ込んでくるのがわかる。
それを終えた彼女がめまいを起こしたようにふらりと体をよろめかせネルが支えた。
「行くぞ」
俺が声をかけ、フランとシエスが動いた。
フランが魔刃を放ち、シエスがギガントサウルスの上で注意を引き付ける。騎士たちは息を切らせ、おそらくは魔力がもう残り少ないのだろう。
ギガントサウルスの鼻先に移動すると、挨拶とばかりに残ったもう一つの眼球を叩き潰す。二度も同じ轍は踏まない。瞼が閉じた瞬間に、その上から打撃を叩きこんだ。重要器官を守るにはいささか薄すぎる皮膚ごと眼球を陥没させると、悲鳴を上げたギガントサウルスの口内に自ら飛び込んだ。
初めからそのつもりだった俺は、光の魔石を使って内部を照らす。
ネルの魔法でズタズタになっている口内。大量の血液があふれ、コポコポと泡が立つ。
牙のほとんどがへし折れ、下あごの半分は消し飛び上あごも砕けている。鼻孔とつながって巨大な空洞ができていた。口内に異物の入ってきたギガントサウルスは頭を振り回すがそのたびにそこらから血が噴き出していた。暴れれば暴れる分だけ、ギガントサウルスも消耗する。
揺れ動く体内であれど、轟流を修めたものの体幹はその程度では動じない。
口内に広げられた空間内で、俺の狙いはただ一つ。
ギガントサウルスの脳みそ。
だが、それを守る様にネルの魔法でも破壊しきれなかった分厚い頭蓋骨が残されている。俺は拳を腰だめに構えてその時を待つ。
俺は一人ではない。
仲間がいるのだ。
フランもシエスも外側からの攻撃を止めてはない。
だから、必ず動きを止める瞬間が来る。
それを信じて待てばいい。
そして、その瞬間を決して逃がさない。
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