第62話
空中で身動きの取れない俺に避けることなどできるはずもない。体を捻るのが精々といったところ。
ギガントサウルスは丸のみではなく、俺の体を真っ二つにしようとする。牙の一つですら俺の体とほぼ同じ。噛まれれば真っ二つどころか原型をとどめることすらできないだろう必殺の噛撃。
だが、攻撃を受ければそうなるという話だ。
ギガントサウルスの極大の牙が眼前に迫るなか、刹那のタイミングを逃さず牙に手を添えると力ずくで体を引っ張った。誰が好き好んで体の中に入るのかといったが、俺はギガントサウルスの口内に着地する。
唾液は悪臭を放ち、体にねっとりと絡みつく。生暖かい空気を感じながら、拳を握りしめ等身大の牙に打撃を打ち込んだ。
バキン
音を響かせて半ばからへし折れた牙。
悲鳴を上げて口を上げたギガントサウルスから俺はすぐに飛び出した。歯を折られる痛みというのはどんな生き物も共通のものなのだろう。
だが、痛みからの復活は早かった。
空中に躍り出た俺に対して、ギガントサウルスは前足を振るってきた。
視覚外から来たそれをよけきれなかった俺は弾き飛ばされ、枝をへし折り数十メートルもの距離を転がり巨木にぶつかりようやく動きを止めた。
左腕が砕けていた。
前足の攻撃をとっさに受け止めた側。腕だけでなく肋骨も数本イってそうだ。
だが、ここで停滞しているわけにはいかないと、気合を入れ直し口内にたまった血を吐き出すと、ギガントサウルに向かって駆け出した。あの一撃で俺を殺せたとは思わなかったのだろう。森の中から戻ると待ち構えていたように咆哮を上げた。ほかの仲間をターゲットにされてなかったのは都合がいいけど、普通の人間なら死んでるっての。
左腕がずきずきと痛む。
いくら体が軽いと言っても空中戦を挑むのは得策じゃないらしい。やはり足元から切り崩すしかないのだろうと、俺は再びギガントサウルスの足に飛び乗った。右足の甲はすでに砕いている。左足を砕ければ動きをかなり制限できるはずだ。
だが、相手も俺のそんな行動は読んでいる。
足に乗った瞬間には蹴りを繰り出し攻撃を回避する。しっぽでも筋肉を切れば動かなくなった。ならばと足の腱を狙うがそうそうに攻撃を受けてはくれない。
ネルの魔術回路はとっくの昔に完成している。いつでも発動はできるのだ。あとは俺が攻撃を確実に命中させるべくギガントサウルスの動きを止めるのみ。
一見すれば膠着状態のようにも見えるが、実際には違う。
巨大な魔物と戦うというのは、同じサイズの人間と戦うのとはわけが違う。
前足の攻撃をよけるために、一歩引くだけでは足りないのだ。数メートルあるいは数十メートルは飛ばなければならない。そういうことを繰り返していれば必然的に体力の消耗は激しくなる。
「はあ、はぁ……くそったれが」
戦闘中に息が上がるというのは随分と久しぶり、あるいは初めてかもしれない。今までの相手ならほんの少しの間隙に呼吸を整えることくらいはできた。だが、息つく暇がないとはまさにこのことだ。
30メートルのインターバル走を連続で100回以上も繰り返しているような状態なのだ。息が上がらないはずもない。
だが、それはお前も同じだろう。
心の中で語り掛ける。
俺より動く距離が少なくても、一瞬の停滞は死を意味する。それを理解しているのだろう。俺の必殺の範囲に入った瞬間には必ず回避という行動をとっている。繰り返すこと数十。
俺の限界が先か、ギガントサウルスの限界が先か。
そう思っていた時、状況が動いた。
耳に響いたのは爆発音。
発生源は俺が砕いた右足の甲の近く。
すべてのワイバーンを屠った騎士とフランたちによる加勢が入ったのだ。痛みに動きの停滞した一瞬の隙に、俺の手刀がギガントサウルスの足の腱を切り裂いた。
「PIGYAAAAAAAAAAAA」
さすがの巨獣も足の腱を斬られては平気でいられるはずもない。悲鳴を上げるギガントサウルスに俺は畳みかける。足を徹底的に破壊する。拳撃、斬撃、蹴撃。右足も左足も粉砕する。もちろん、そこに魔導砲の援護もあった。そしてついに膝を付いたギガントサウルス。
もとより前傾姿勢だったギガントサウルスの顔は地面すれすれまで下がってくる。
「ネル!!!」
彼女の名を叫ぶ。
もう一度悲鳴を上げさせ、その大きな口開かせてやろうと俺はギガントサウルスの鼻先に上ると、どんな生き物でも急所とされるその場所へ貫手を突き出した。
「GYURURAAAAAAAAA」
悲鳴が上がる。至近距離からの大音声に耳を劈かれ、その向こうで微かにネルの発動句が聞こえた気がした。
巻き込まれないようにすぐにこの場から逃げようとしたのだが、俺が腕を引き戻すより早く力強く閉じた瞼は、その力だけで俺の右腕を破壊する。
両足の力で無理やり腕を引き抜き、血と房水を散らせながら鼻先に転がり落ちる。左右の腕がへし折れた俺は両足の力だけでバランスをとるとそのまま飛び上がった。
直後、爆音が轟き爆風が体を弄ぶ。
中空をくるくると回りながら地面のある方を確認し、体を捻って着地する。着地の衝撃が両腕に響き、思わず叫び声を上げそうになるのをぐっとこらえる。
ギガントサウルスの方を見ると爆発の衝撃に口をさらに大きく開けて顔をのけぞらせていた。下あごの半分が爆散し、大量の血をこぼれる様に流していた。
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