第61話

「意味が分かんないんですけど」

「まあ、見てろ」


 フランの呆れた声ににやりと笑って答えると、武神への祈りを開始した。武神の加護を持つという意味が『勇者』をさすのなら、それを三人の前で行うのはためらいがある。だが、それでもこの窮地を脱するにはほかに道はない。


『天上に居わす武神の神インガ様、我が祈りにお応えください』


 両の拳を二度打ち鳴らし、右足で大地を打ち鳴らす。

 

『武は力なり、武は勇なり、武は守なり、武は全なり、武は一なり、武は道なり』


 教会でやった時の様に、体の中から力が湧き上がってくるのが感じられた。三人や王子たちの視線が気になるが、それは捨て置く。心から祈りを捧げなければ効果が発揮しないと思うのだ。


『我は誓う この力は守るため

 我は誓う この力は倒すため

 我は誓う この力は終わらせるため』


 体中が熱を持ったように熱くなってくる。

 時間がゆっくりと流れるような錯覚を覚えた。轟流の奥義で視覚に全神経を集中した時とは違う感覚。音も光も緩やかに動いている。


『我が拳は岩を砕き

 我が爪は鉄を切り裂き

 我が足は大地を揺らす。

 我が肉体はあらゆる攻撃をはじき返す。

 我、武神の僕として目の前の敵を打倒し、その肉を、その血を、その骨を、捧げ奉る』


 再び拳を二度打ち鳴らし、拳を合わせたまま黙とうする。

 祈りに応えるかのように白銀のオーラが俺の体を覆った。


「まさか……」


 騎士たちが唖然とし、俺のことを勇者だと思っていたキールだけは「やはり」と一人ごちた。フランとネルは驚きに口を半開きにしている。それが何を意味するのか理解しているのだろう。わかっていないのはシエスだけだが、俺の周りに渦巻く力については感じ取っているようだ。


「そういうことか。まあ、話はあとでたっぷりと聞かせてもらおう」


 王子がそういうと、騎士たちも顔色を変える。後からも追及してほしくはないけれど、そういうわけにもいかないだろう。


 ネルが結界を解除したのを合図に、俺は飛び出した。

 踏み込んだ大地が陥没し、俺は風になる。

 武神の教会では本気を出すことはなかったが、この力は本当にすごい。数十メートルの距離を一気に詰めてギガントサウルスの足の甲に飛び乗った。間近で見ると本当にデカい。

 まずは一発と足を砕きにかかる。

 

 手に返ってきた感触は骨を砕いた時のソレ。

 目には見えないが、体の中を走る骨はそれだけでも人の胴体を超えるだろうが全力の一撃は難なく破壊する。借り物の力とは言え恐ろしくなる。

 思わぬ痛みに悲鳴を上げて、飛び上がる様にして足を上げたギガントサウルスの足の甲から逃げて俺は今度はギガントサウルスの膝裏に到達する。武神の加護を得た俺の身体能力は、常人の域をはるかに超えて一足飛びで20メートルばかりジャンプする。

 空中で体を捻り態勢を整えると、今度は回転の勢いをつけてギガントサウルスに回し蹴りを放った。


 轟流では地面に足をつけた状態での攻撃が基本となるので、威力はかなり落ちている。だが、それでも膝裏を打ち抜かれたギガントサウルスはがくんと膝を地面につけた。


「おおおお」


 騎士たちから歓声があがる。

 俺は手を握りしめ、やれるという感触をつかみ取った。身体を包む白銀のオーラはまだ俺の中にとどまっている。果たしてどこまで継続するのか、教会での一件を思えば敵を倒すまでと思うが確証はないのだ。ちらりと確認するが、ネルの魔道回路の構築はまだ終わっていない。

 ギガントサウルスを牽制しつつ、ほかのみんなにも目を向ける。


 地上に滑空してくるワイバーンに王子を中心とした騎士たちによる合体スキルを発動させようとする。だが、ワイバーンも単純に攻撃を受けるはずもなく火炎弾の雨を降らせる。それを防ぐのは結界魔法ではなく一人の槍術士。

 降り注ぐ火炎弾を槍一本で防ぎきる。

 炎を斬るのではなく、おそらくは振り下ろした槍が巻き起こす風圧によるものだろう。どちらにしろ相応の技量があってなせる業なのだろう。

 騎士の鉄壁の守りもあり、王子たちの螺旋魔刃撃が火を吹いた。巻きあがる魔刃の竜巻が、空の支配者たるワイバーンを切り刻む。さすがはワイバーンを狩りに来た一行だなと感嘆する。


 他方、魔導砲を手にした二人の騎士は火炎弾を避けながら狙いをつけては魔弾を放っているが自由に上空を飛び回るワイバーンに手を焼いているようだった。簡単に攻撃を当てられるのならいままで苦労するはずもないだろう。


 一方フランは肩幅に足をを開くと、剣を両手で握り上段の構えをしたまま瞑想するように軽く目を閉じていた。

 轟流零ノ型『驫木』彼女ならそろそろ使えるだろうと思ってアドバイスをしたのだ。大地の力を受けて己の身体能力を高める瞑想の型。

 この世界においては魔力の流れを把握し、制御し、その力を己のものにできる。つまり、その状態で魔力を込めて魔刃を放てばおそらく威力は跳ね上がる。ここが本物の大地でないこともあり確信があるわけではないし、一種の賭けのようなものだけど彼女なら出来ると信じている。


 そしてフランに向かって飛んでくる火炎弾はシエスが対処していた。

 正直一番驚いたといってもいい。

 槍術使いの騎士は長い研鑽をへて、その領域にいるのだろうがシエスはそれを見よう見まねで実現しているのだ。スピード便りの技とは言えないものかもしれないが、シエスが火炎弾に向かって体を回転させながらナイフを振るうと火炎弾を切り裂いていた。常人をはるかに上回る速度があって初めてなせるのだろうが、そのセンスには舌を巻く。


 俺も負けていられないな。


 みんながそれぞれ限界以上の力を出している。

 だったら俺も限界を超えるまで。

 ネルの魔道回路の完成も近い。

 牽制の攻撃をしつつ、一呼吸置いた俺は限界突破を行う。赤と白銀が螺旋の様に渦を巻き俺の体を覆う。


 しっぽを叩きつけようとしてきたギガントサウルスに対して、軽く飛び上がって躱した俺は手刀による斬撃を放つ。上昇した身体能力は飛躍的に、斬撃の威力を桁違いに引き上げる。

 音速を越えた手刀は局所的な真空を生み出す。

 真空はすぐさま周囲の空気を取り込み、その瞬間すべてのものは切り裂かれる。振りぬかれた腕はせいぜい1メートル程度であるというのに、斬撃はしっぽの四分の一ほどを切り裂いた。

 筋肉を斬られたしっぽは力を失いだらり大地に横たわる。脱力したしっぽから背中を駆け上がり、ギガントサウルスの頭上に立った俺は打撃を連続して叩き込んだ。

 硬い鱗と分厚い肉、鋼のような頭蓋骨に覆われた頭部は恐ろしく硬い。

 エレファントタートルをはるかに超える強度のそれは俺の拳をやすやすとはじき返す。頭を振り回し、短い手て弾かれそうになったところで頭上から一時撤退する。

 

 ネルに口の中に水蒸気爆発を叩きこめとは言ったが、ギガントサウルスの動きを止めるのはそんなに簡単じゃないらしい。

 さて、どうするか。

 漫画やゲームなら中から倒すのが定番らしいけど、現実そこに飛び込む勇気はない。いくら的がデカいといっても、動きを止めなきゃ必殺の一撃は入らない。つまり、俺がどうにかするしかないのだ。


 攻撃は利いているのだ。少しずつ削るという方法もあるだろう。

 だが、いつまで持つかわからない『武神の加護』の力。

 焦り過ぎかと思うが、手早く仕留めたい。


 一度地面に降り立った俺はギガントサウルスをにらみ上げる。

 ギガントサウルスもまたにらみつけてくる。最初に相対したときは、俺たち一人ひとりなど眼中になくただの獲物として暴れていただけだったのに動きが変わった。片足を砕かれ、しっぽを切り裂かれ、ようやく俺を敵と認識してくれたらしい。


 大地を振るわせるほどの咆哮を放ち、鋭い爪を振るってくる。それを正面から迎え撃った。攻撃の威力を受け流しつつ、殴り返したのだ。

 避けるしかないと思っているのだろう。まさか矮小な人間に、己が爪撃を受け止められるとは思わなかったギガントサウルスの顔が驚きに彩られるのがわかった。前傾姿勢のギガントサウルスの頭は割と低いところにある。


 といっても、上空50メートルはくだらない。だが、『限界突破』と『武神の加護』を重ね掛けした俺はただのジャンプでその高さまで飛び上がり、膝裏を叩いた時と同じようにギガントサウルスの顎を思い切り蹴り飛ばした。

 どれだけ頑丈で、破壊が困難でも脳みそを揺さぶられては生物は動けまい。

 俺の蹴りは確かにギガントサウルスの顎を捉えた。

 だが、膝とちがって関節部分でもない場所を、数十トンはあるだろう頭を支える首の筋肉はほかのどの部分よりも強く俺の蹴りでも弾くことはかなわない。


 それどころか顎を蹴られた直後、巨大な咢がガバリと開き俺の体を喰らおうと迫ってきた。


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