第60話
闇が迫ってくる。
死を目前に思考が加速し、間延びした時間の中で逃れることのできない圧殺される未来が視えてしまう。
どうするのが正解だった。
王子たちを助けずに階段を登ればよかったのか。けが人の治療の後は、別行動をとるべきだったのか。もっと早く武神に祈りを捧げればよかったのか。
ああすればよかった、こうすればよかった、などと考えるのは武人として二流。それも戦場で反省するのはそれ以下。
”考えるな。行動しろ。木は思考しない。自然のままに受け入れろ”
轟流の教訓が脳裏に浮かぶ。
ミリ秒単位の時間の中で、思考し苦笑する。
受け入れろっていったところで、この状況を受け入れるわけにはいかない。
だが、それで覚悟は決まった。
逃れないのなら、逃げなければいい。
大地を叩き粉砕する。
光が消え、音が消えた。
その直前に聞き覚えのある声が聞こえた気がするが、もはや何も見えないし何も聞こえない。光が一切入ってこない完全なる闇。自分の息づかいさえ聞こえてこない無音の世界で周囲の状況を確かめる。
ダンジョン内部ということを考慮すれば、一種の賭けだったがワイバーンの攻撃でいくらか地面が削られていた。おそらくはダンジョンの内壁部分の表面に普通の土が乗っかっているのだろう。
穿った地面の隙間に体を滑り込ませたのはいいが、身動きが取れなかった。すぐに足を上げると思ったのだが、なかなかギガントサウルスは動かなかったのだ。
何かあったのか。
地面を打ち付けたギガントサウルスの足音の衝撃が鼓膜を叩いたせいで音が戻ってこない。轟流を駆使して感覚を鋭敏化したところで得られる情報もなかった。
何秒くらい、そうしていただろう。
ふいに光が差し込んできて、思わず目を細める。
「……ロウ……チロウ!!」
一気に視界が広がり、同時に聴力も戻ってくる。耳朶を打つのはここにあるはずのない聞きなれた声。
「フラン、ネル、シエス?」
状況を判断するよりも早く俺は三人のもとに飛び込んだ。結界を潜り抜けた感覚が肌を通して知覚する。デリルの魔力の回復は間に合っていない。ともすれば、ネルが作った結界なのだろう。驚いたことにギガントサウルスの攻撃を防ぎきっている。
「どうしてここに?」
「どうしてここにじゃないわよ。勝手に一人だけ飛び出して」
「そうですよ。でも、本当に無事でよかったです」
「心配したです」
ネルの目からは雫がこぼれていた。シエスの耳は垂れさがり、フランも勝気な様子は変わらないけど焦燥しているのがよくわかった。
「すまん。心配かけた。それでどうなったんだ」
「私の方から説明しよう――」
王子自ら俺がギガントサウルスの足元に消えた後の状況を説明してくれた。
「まだ、安心はできないが、心より感謝する」
「殿下、勿体ないお言葉でございます」
「そう畏まらずともよい」
かかっと王子が笑う。どうやら彼が王子であることはすでに周知のようだ。三人が来てくれたのはありがたいが、それにしても無茶をする。人のことを言えた義理ではないけど、フランは剣を手にワイバーンに挑みかかり、シエスに至ってはギガントサウルスの頭によじ登るという芸当をやってのけたのだから。
そしてネル。
彼女の結界魔法は俺に教えてくれたものからさらに進化させたのだろう。元の魔術回路ではギガントサウルスには通じるはずもない。俺の結界ではワイバーンにすら破られたのだ。魔石を使用して結界を張っているようだが、十分に機能している。
「三人ともありがとう」
俺に言えるのはそれだけだった。あんな化け物を相手に、無謀とわかっていても無理をして駆けつけてくれたのだ。俺一人じゃどうしようもなかっただろう。
「仲間なんだから助け合うのは当然ですよ」
「そういうこと。だからさ、あんたも一人で先走らないでよね」
「悪かった。次からはちゃんと相談する」
「そうしてください」
「シエスもありがとうな」
シエスの頭を撫でると嬉しそうに耳がぴんと立った。
三人が無茶をしてくれたんだ、次に無茶をするのは俺の番だろう。ギガントサウルスを牽制しつつワイバーン三体を倒すのは至難の業だ。
「殿下。先ほどのスキルはまだ使用可能ですか?」
「正直厳しいな。残存魔力から使えるのは私とホフマンとジェットのみだ。カルヴァンとトーマには『魔導砲』を使わせる。ヒールポーションは残り二つあるがマジックポーションの予備はもうない」
「ワイバーンが相手なら、三人のスキルでも通用しますか?」
「厳しいな。せめてあと一人は欲しい」
「シエス、マジックポーションはまだあるだろ。全部出してくれ」
「ハイです」
彼女がポケットから取り出したのは4本のマジックポーション。
「いいのか」
「こうなったら一蓮托生ですよ」
魔力切れのある者たちにマジックポーションが配られる。回復するまでには多少時間はかかるだろうが、ネルの結界はそのくらいは持ちこたえるという確信めいたものがあった。攻撃が弾かれたせいか、魔物たちも攻撃の手を控えてくれていた。
「それでどうする」
「ギガントサウルスを倒します」
俺の宣言に王子一行が呆れた顔を見せる。仲間にあるのは「またか」というような諦念の表情。
「貴様はバカか?」
俺の宣言にカルヴァンが吐き捨てる。まあ、災害とされる化け物を倒そうというのだ。一笑に付すのが正解だろう。正直、俺にもアレに攻撃が通じるという確証はない。だが、残りの魔力を考えると、先ほどの様にギガントサウルスを牽制しつつ後退するというのも勝算は薄い。
「で、手はあるの?」
「確実とは言えませんが」
「それでどうする」
「殿下、このような世迷言に耳を貸すおつもりですか」
「ならばカルヴァンはこの状況を脱する手があるのか?」
「いえ、それは……」
「ならば黙って聞け。まずはそれからだ」
悔しそうな顔をしつつも王子に言われては、二の句が継げないのだろう。引き下がった彼の代わりに王子に先を促される。
「王子たちには先ほどのスキルで、ワイバーンを一体お願いしたいです。それから『魔導砲』を使用する二人でもう一体を。最後の一体はフランに頼む」
「へ? ちょ、ちょっと。何言ってるの。相談してとは言ったけど、無茶言わないでよ。私にワイバーンが倒せるわけないでしょうが」
「でも、さっきは戦ってたんだろ」
「いやいや、ただ魔刃を飛ばしてこっちに来ないように牽制してただけだからね」
「やれるよ、フランなら」
「だーかーらー、あんたのそれは根拠がないでしょうが」
きりきりとした雰囲気がフランのその一言で弛緩する。俺は笑みを浮かべながら、一つのアドバイスを送った。フランがそういうだろうことは想定内のことだったからだ。
「ダメでも、かまわない。ワイバーンの動きを牽制してくれればいい。その間にほかの二頭を倒せたら、後は殿下と騎士にお願いすればいい」
「まあ、そういうことなら」
「殿下は問題ありませんか?」
「ああ、確実に仕留めると約束しよう。それで君はどう動く」
「デリルさん、ギガントサウルスを倒せるような魔法は使えますか」
「無茶言わないで。宮廷魔導士の一人として、上位魔法も一通り網羅しているわ。でも、あの大きさを考えなさい。一人であの巨体を倒すには魔力が足りなすぎる。私と同格の魔導士があと三人は必要よ」
「四元素以外は? 例えば爆裂魔法とか」
「できるなら初めからやってるわ」
「例えば頭だけでも?」
「悪いわね。無理。私は守りに徹するわ」
「なんだ貴様も結局手はないということか?」
「いや」
カルヴァンの視線を受け流してネルを見た。
「ネル。全力の一撃をヤツの口の中に叩きこんでくれ」
「やってみますけど、でも動いている相手には」
「それは俺に任せろ」
「どうするです?」
「神に祈りをささげるのさ」
俺はそういってにやりと笑った。
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