第59話

 高い木々の合間から見えるギガントサウルスの巨体を確認しながら、フラン、ネル、シエスの三人は森の間を疾駆する。足の遅いネルに速度を合わせる形であるが、彼女のレベルも上昇しており魔法使いとはいえ一般の人に比べるとそのスピードは遥かに勝る。


「まったく、一人でかっこつけてんじゃないわよ」


 呆れたような顔をして誰かに向かっての愚痴を吐く。


「でも、それがイチロウですし」

「そうです。それがお兄ちゃんです。お兄ちゃんは困ってる人がいたら助けるです」

「そうなんだけどさ、相手を見てからにしろって話よ。あれよあれ」


 指さす先にあるのは街のどんな建物よりも大きな怪獣である。人がどうこうできるような魔物とは違い、もはや自然災害の一種にすら分類される超巨大な魔物である。街に近づくことがあれば、王都の魔導士が数人がかり発動させるという軍術魔法でようやく対応できるというレベル。

 万が一にも遭遇したら、逃げるという以外に選択肢はない。それでも逃げ切れる可能性は低い。


「それはわかっていますよ。きっとイチロウもアレに戦いを挑もうとは思ってませんよ。けが人もいたみたいですから、治療と逃走のお手伝いでしょう」

「だとしてもだよ。それで二人ともいいの。イチロウのフォローをするってことはアレの前に出るってことだからね」

「ふふ、それはフランもだよ」


 そういわれたフランは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 戦力的に言えば、一番弱いのは自分だと思っているのだ。ネルは中級冒険者の域を越えた魔法を使い、シエスは攻撃力はともかくスピードだけなら上位の冒険者に匹敵する。余程のことがない限り攻撃を受ける心配はない。


「わかってるわよ。私が足手まといなのは……」

「もう、そんなことは言ってないでしょ。フランのすごさは私が知ってるから」

「シエスも知ってるです。もちろん、お兄ちゃんもです」

「アイツは……まあ、いいわ。かなり近づいてきたわね」

「ワイバーンも飛んでるみたいです」


 木々の合間からは旋回しているワイバーンが見えている。

 ギガントサウルスだけでも厄介だというのに、その上ワイバーンが4体である。こんなもの台風と地震が同時発生するようなものだ。


「覚悟はいい」

「もちろん、イチロウは仲間だよ」

「ハイなのです」


 聞くまでもないか、と苦笑してフランは剣を抜く。そう、あいつは仲間なんだ。確かに戦闘能力に関しては頭一つ、いや、二つ以上の差はあるけども仲間なのだ。背中を預け合う、そんな関係であるはずなのに、あいつはいつも勝手に行動する。

 自分たちが頼りないからだろうと思うけども、仲間なんだからもっと頼ってほしいと思う。

 魔術の構成を開始したネル、ナイフを抜いたシエスに目配せして一気に加速する。


 木々を抜けた先、大きく足を上げたギガントサウルスが三人の前に飛び込んできた。足元にいる人々を踏みつぶそうと振り下ろしたところに、足元から紅い魔刃の竜巻が立ち上った。攻撃は足を押し上げるが、わずかに力が不足していた。

 血をまき散らし傷つきながらもそのまま落ちてくる重量級の足に対して、軍術スキルを放った騎士たちは対処が遅れる。彼らを救おうと逃げ遅れそうになる騎士たちを蹴り飛ばす影があった。


「イチロウ」「あいつ」「お兄ちゃん」


 次々に蹴りを放ち圧殺の範囲外へと騎士たちを逃がした無手の男だけは、完全に逃げ遅れてしまった。大地を鳴動させてギガントサウルスの足は無慈悲にも大地に叩きつけられた。


 その光景を目の前にしても、三人は一瞬たりとも停滞はしない。嘆く暇などない。

 彼なら大丈夫。

 災害を前にしてもそう思えるだけの信頼関係が、男の理不尽さにあるのだ。


 シエスは自分の数十倍にもなるギガントサウルスに臆することなく体をよじ登ると、あっという間に頭のてっぺんまで登り切った。ちょこまかと動くシエスを嫌がり頭を振るったり短い手を振りまわすギガントサウルスだが、その動きを捉えることはできなかった。

 時折魔力を込めたナイフを振り回し、人が蚊に刺されるような小さな傷をつけていく。おそらくダメージと言えるほどのものでもないが、それでもギガントサウルスはシエスの動きを嫌がっていた。


 残ったワイバーンはイチロウに蹴り飛ばされた騎士たちを上空から滑空しつつ強襲していた。だが、そこに水を差すものがいた。


「テンペスト!」


 ネルが発動句を口にした瞬間、無数の風の刃が空を舞うワイバーンに襲い掛かる。ワイバーンは不可視の風の刃が見えているのか、ネルを中心に拡散する風刃の間をすり抜ける。それでも数の多い刃をすべて避けきることはできずに血風を散らす。

 多少の怪我を恐れずにかぎづめを振り下ろしてくるワイバーンに向かって、横合いからフランの魔刃が突き刺さる。首筋を深く切り裂かれたワイバーンは、大量の血をぶちまけると大きく羽ばたき地上から距離を取った。


「結界を張ります」


 ネルが宣言して魔術回路の構成を始めると、狙いもつけずにフランは魔力の刃を乱れ打ちして上空の敵の接近を抑え込む。そのころには体制を立て直した『魔導砲』を構える騎士も加勢し、剣や槍を構えた騎士たちも立ち上がってワイバーンの攻撃に備えた。


 そしてネルの魔法が完成する。


「ガーディアンズ’ガーデン」


 唱えられた下級の結界魔法の発動句と、展開された結果に驚きの表情を浮かべたのは宮廷魔導士であるデリルのみ。その魔法は彼女の使った上位結界であるガーディアンズ’フォートにすら匹敵する強度を誇っていた。


「あなた、それって」


 話しかけられたネルは、その言葉を無視する形でギガントサウルスの足元に消えた仲間に目を向けた。緑色の大きな瞳はウルウルと涙を浮かべてその名を叫ぶ。


「イチロウ!!」


 安全圏に戻ってきていたフランもシエスも同じように叫んだ。

 その声に答える様にギガントサウルスの足が上がる――。


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