第58話
「キールとエヴァンスは引き続きギガントサウルスを牽制。ワイバーンの接近前に残りで一撃叩きこむ。その後は、ワイバーンに狙いを変更しろ」
第三王子の号令にそれぞれが動き出す。そのメンバーにはもちろん、さっきまで生死の境をさまよっていた連中すら含んでいる。しかし、王子の統率力はなかなかのものだ。自ら剣を振り上げて我先にと巨獣へと戦い挑む。
レベル上げに来たという話だったが、スマニーのダンジョンはこういう場所であり王子だからと守られているだけではないのだろう。すぐさまほかの騎士たちが王子を取り囲むような配置につくが、それぞれが獲物を構えてギガントサウルスを睨みつけている。
逃げるという手段を選んでいる以上、倒せる手段はないのかもしれないが一撃を与えるくらいならできるのかもしれない。”スキル”という魔法に似た力もあるし、ワイバーンの討伐に来た選び抜かれた騎士であれば、攻撃する方法の一つや二つ持っているのだろう。
騎士たちを赤いオーラが包み始めた。
王子を先頭に四人の剣士でひし形を作り上げ、さらにその延長上に二人の槍術士が構え三角形を形成する。右側の騎士は剣や槍を右下に、左側の騎士は左下に、そして真ん中の二人は上段に構えている。
「いまだ!!」
王子の号令で振りぬいた。
それぞれの放った赤いオーラの魔刃が空中でねじれ、絡み合い、竜巻のような斬撃の螺旋がギガントサウルスへと延びていく。噛みつき攻撃を繰り出そうとして頭を下げていたギガントサウルスの顎下に『魔道砲』の一撃以上のエネルギーが激突する。
俺の予想を遥かに上回り魔刃の合体技のようなものを受けたギガントサウルスの頭を大きくのけぞらせ、そのまま巨体が背中から倒れこんだ。
何かか爆発したかのような激しい衝突音をあげ、大地が揺さぶられる。
「もしかして倒せるんじゃ」
「無理に決まってるでしょ」
魔法使いのお姉さんに思い切り馬鹿にした目で見られた。
明らかに『魔道砲』を越えた一撃であるが、連発はできないのだろう。じゃなければ今まだ使わなかった理由がわからない。
ギガントサウルスを抑え込んだ王子たちだが、空を自由に飛び回るワイバーンを魔道砲で打ち抜くのは簡単ではないようだ。魔法都市の一件はたまたまだったのだろうか。
さっきから3発ほど砲撃しているが、かすりもしていない。
そうこうしているうちにワイバーンは俺たちの近くまで火を吹きながら滑空してきた。
「ガーディアンズ’ガーデン」
素早く騎士たちのそばに近づき結界魔法で防御する。
火炎弾雨をことごとく弾いていくが、続いて飛来したワイバーンのかぎづめが結界の壁を切り裂いた。だが、完全に破壊される前に魔力を注ぎ込み結界を修復、ワイバーンを押し返す。魔石を使わない結界の場合、維持するのに魔力を消耗するその反面、ダメージを受けた結界に魔力を注ぎ込むことですぐに修復できる。知ってはいたものの実践するのは初めてだ。
「助かる」
騎士がお礼を口にすると同時に、魔道砲をワイバーンに向かってポイントする。すぐに結界を解除し、大きく飛びのいたワイバーンに魔弾が撃ち込まれる。近距離からの攻撃にワイバーンは回避しきれず、右肩を大きくえぐられた。
奇声を上げ地面に落下したワイバーンに止めを刺すべく、さきほどギガントサウルスに攻撃を加えていた槍術士の二人が向かう。
少なくとも一頭はこれで片が付くだろうと思い、ギガントサウルスのほうを見ると重い腰を上げ始めた。
動きが遅いように見えるが、巨体故ちょっとした動きですら俺たちには脅威となりうる。歩こうとして踏み出した足が触れるだけで大型トラックの正面衝突をはるかに上回るダメージを受けるのだから。
起き上がる、ただそれだけの動作ですら一挙手一投足に注視する必要がある。上体を起こし、膝立ちになったところで巨大なしっぽが地面の上のものをすべて薙いでいく。
木々がへし折られ、岩を転がしながら、壁のようなものが迫ってくる。
「ガーディアンズ’フォート(守護者の砦)」
デリルと呼ばれた魔法使いが発動句を口にし、直後しっぽが不可視の壁に激突して動きを止める。ワイバーンの爪に切り裂かれた俺の結界とは格が違うらしい。壁に激突したことに頓着せずギガントサウルスはそのまま起き上がると、巨大な足を振り下ろしてくる。
しかし、なんどやってもデリルの結界は打ち破れない。
ワイバーンの一体は葬られ、もう一体は上空を旋回しながら火炎弾を叩きつけてくる。結界に守られている俺たちは一時的な安全を享受する。
「デリル。あとどれくらい持つ?」
「長くは持ちません。30秒が限界かと」
「了解。そのままマジックポーションを飲め。イチロウ殿はどうだ?」
「魔力は問題ないけど、彼女の使ってる魔法は知らないから防御は期待しないでほしい」
「貴様!!」
「カルヴィン、いまは捨て置け」
俺の口調に目くじらを立てた騎士を王子が一蹴する。マジックポーションが騎士の一人からデリルに渡され、彼女は結界を維持したまま飲み干した。俺らが持っているものと同じ品質とは思えないが、それでも30秒程度で効果は発揮しないだろう。
「デリルの結界が消失した瞬間、もう一度仕掛けるぞ。エヴァンスとダニーは死ぬ気でワイバーンを仕留めろ」
「御意」
「その後は階段を目指して全力で走れ」
刻一刻と時間の流れる中、王子を中心とした陣形が再び組みあがる。燃え上がるような赤いオーラを見ながら、自分はどう動くか自問する。
さきほどの一撃であれば、もう一度ギガントサウルスを押し返すこともできると思う。だけど、階段までの距離はまだ500メートル残っている。全力で走ったところで追いつかれるのが関の山だ。
助けに来たつもりが逆に足手まといになっているな。
自嘲気味に口角をにやりと上げる。
武神に祈りをささげるか。
あの巨体を前にどこまでやれるかわからない。
だが、ここで使わずどこで使う?
街の教会で教わった儀式を思い出す。
両の拳を互いに打ち合わせ、右足を力強く踏み下ろす。
王子たちの集中を切らさぬよう、小声で祈りの言葉をつぶやく。
「武は力なり、武は勇なり、武は守なり――『GYAGYAGYAGYA』」
重なるように聞こえてきたのはワイバーンの鳴き声。
俺たちに攻撃を仕掛けていたワイバーンは二頭。一頭はすでに仕留められて、もう一頭が上空を旋回していた。しかし、鳴き声はそれとは別口だった。三頭のワイバーンが低空飛行で木々を風圧でしならせながら突然姿を現した。
火炎弾はデリルの結界によって弾かれるが、精神的に受けた衝撃は防ぎようがなかった。結界が消失した瞬間にギガントサウルスとワイバーン四頭、合計5つの攻撃が襲い来る。しかし王子一行が持っている魔道砲は二つ。そして、王子たちのスキルの複合技による一撃のみ。どう考えても二体のワイバーンに手が回らない。
「ワイバーンは自分が抑えます」
宣言するとともに魔術回路の構成に入る。
俺の結界でも火炎弾なら防げる。そして、直接物理攻撃を仕掛けてくるというのなら、物理的に対処する。
「任せた」
ほかに手はないと思ったのだろう、王子が俺に向かって頷いた。
「限界です。結界が消えます」
デリルの叫びに呼応するように周囲に展開していた力場が消失する。王子たちの気の高まりは最高潮に達していて、いつでも発動は可能。
周囲を旋回するワイバーンも、結界の消失に気が付いたのだろう。
4頭それぞれが別々の角度から、絨毯爆撃の様に火炎弾を降らせながら、翼を大きく広げて滑空してくる。
ギガントサウルスは大地を陥没させる勢いで右足を振り下ろしてきた。その動きに合わせ王子たちの魔刃螺旋撃が炸裂する。
足裏の皮膚を切り裂き、紫色の体液をまき散らしながらギガントサウルスの足がさらに大きく持ち上がった。そのまま引っ繰り返せるかと思ったが、ギリギリのところで踏みとどまった。
傍目にわからずとも先ほどよりも威力が落ちたのか、ダメージを受けた場所あるいはギガントサウルスが慣れたのか。
仰け反らせるのが限界だった。
そして遥か高く上がった足は、より勢いを増して落とされる。
「エヴァンス・ダニー!!」
誰かの声が、ワイバーンに狙いをつけていた二人の名前を叫ぶが、一足遅く狙いすませた魔導砲が火を吹いた。亜音速で空を切り裂いた魔弾はワイバーンを撃ち落とす。
しかし、それで撃墜できたのは4頭のうちの一頭。
そしてなによりギガントサウルスが自由だった。
高層ビルが空から降って来たかのように、俺たちの周りに大きな影が生まれる。足裏だけでおそらく20メートル以上の幅。
「退避!!」
「悪い」
王子の叫びとほとんど同時に俺は謝罪の言葉を伴い蹴りを放った。体の軸となる腰の下に足裏を合わせて王子を30メートルほど弾き飛ばす。もちろん、それで終わりではない。スキルの発動で大量の魔力を放出し、虚脱感を覚えて動きの緩慢な騎士たちを次から次に同様に蹴り飛ばした。
少なくとも俺の蹴りを躱せない程度のスピードしかないのなら、ギガントサウルスからは逃げきれないという判断。だが、それは俺の退避する時間を奪ってしまう。
影が色濃く、昼が夜に。
たった5歩。
それだけの距離でありながら遥か遠くに思える影の向こう側。
――間に合わない。
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