第57話

 木々の隙間から見えるギガントサウルスの頭に何かが飛来して巨体を揺さぶる。紫色の血を流しながらも、ギガントサウルスが咆哮を放つ。声が衝撃波となり周囲の木々をざわめかせ、俺の全身を震わせる。


 足が大地を力強く踏みつけ、反動で大きく前へと突き進む。

 乱立する木々を右に左に躱しながら、最短距離を直走る。途中、比較的小型の魔物を見つけるがそれを拳一つで瞬殺した。

 こいつはちょうどいいと、ナイフで素早く魔石を取り出すと走りながら結界の魔術回路を構築する。血を流す冒険者たちが生きていればいい。俺の張る結界があの巨獣を前にどの程度耐えられるかわからないが、治癒魔法を使う時間だけ持ちこたえてくれればそれで十分だ。


 木立の間を疾駆する。

  

 草花をかぎ分けようやく戦場へと到達する。

 素早く目を向ければ転がる冒険者たち――否、恰好からして第三王子の一行だろう――は残念ながら全員無事というわけではなさそうだった。明らかに生きているとは思えないほどに損傷の激しいものもいる。しかし、息をしているものも5人は残っていた。


「そのまま持ちこたえてくれ」


 戦闘中の彼らに声をかけると、散り散りになっている騎士たちをできる限り一か所にまとめ呪文を発動する。俺を中心に発動した結界を見て、騎士たちが色めき立つ。


「殿下をあそこへ」


 騎士の一人がギガントサウルスの様子をうかがいながら、ひときわ上等な鎧を身につけた第三王子をつれて俺の張った結界に向かってくる。

 その様子を見ながらすぐさま回復魔法の構築を開始する。ギガントサウルスを相手にしているのは二人の騎士。装備しているのは剣や槍ではなくグレネードランチャーのような代物。

 おそらくは魔法都市リスベンでワイバーンを葬ったあの魔道具なのだろう。

 だが、ランチャーから放たれる魔弾は牽制にはなってもギガントサウルスには有効だとは言えないらしい。なんとか相手の動きを抑えつつ、王子を逃がす算段をつけていたのだろう。


「感謝する」

「……」


 魔術回路構成中の俺は軽く首を振るだけでそれに応じる。構築さえ終わればしゃべることはできるが、途中でそれをやると集中が途切れてしまうのだ。無言で答える俺に柳眉を立てる騎士だったが、王子がそれを制した。


「回復をしてくれるのなら、こちらの魔導士を先に頼む。その方が効率がいい」


 王子には魔術回路が理解できているのかもしれない。俺の行動を見てすぐに指示を出してきた。彼が指示したのは魔法使いらしいローブの女性だった。

 彼女が回復すれば、治療を二人で行えるので効率が上がるということだろう。


 魔導士の回復を終えて次の魔術回路の構築を始め、騎士は持っていたマジックバッグからポーション類を取り出してできる範囲での治療を続ける。魔力さえあればマジックランチャーは使えるのだろう。おそらくはあれが彼らの持ちうる最大火力なのだ。


 三人目の治療を終えたところで、ギガントサウルスの牽制を続けていた二人の騎士の一人が限界を迎えたのか膝をついてしまった。そもそも、ワイバーンを一撃で屠れるほどの魔力を込めた弾を飛ばすのだ。消費する魔力も尋常ではないのだろう。それをあんな風に何発も打てるだけ、相当レベルが高いのがうかがえる。


 回復した騎士が代わりに結界から飛び出し、マジックランチャーを受け取り魔力弾を打ち出した。ケガがふさがっただけで、体力も魔力も十分に回復していないというのに無茶をする。

 だが、無茶をしないことにはこの状況を脱するのは厳しいだろう。


「まさか…勇者なのか?」


 治癒を受けて体を半身起こした騎士が俺の顔を見てつぶやいた。

 見たことある顔だった。

 名前までは定かではないが王城で戦闘訓練を一緒に行っていた騎士の中にいたような気がする。舌打ちしたいところだが、そういう場でもない。


「生きていたのか」


 俺は魔術回路構築を理由に男の言葉を無視する。


「この男を知っているのか」


 王子が余計なことをいう。それに騎士は当然のように答える。


「ソウ様とともに召喚された勇者です。クヌカの森で死んだと思われていたのですが、まさかこんな場所で……いや、しかし……」

「しかし?」

「その、勇者にはこんな場所まで来られるような力はありませんでしたので」


 相変わらずの低評価だが、さもありなん。その評価に関しては王子も思うこともあるのだろう。半信半疑という表情をしている。

 他人の空似と思ってくれるならそれに越したことはないだろう。

 そして結界内に取り込んだ全員の治療を終えたところで改めてギガントサウルスを見る。あれは戦うより逃げることを考えた方がいいだろう。


「あっちに上層へと続く階段があります。あの魔道具でギガントサウルスを牽制しつつ後退するのがいいかと」

「……確かに。しかし、あとどのくらい持つか。カルヴァン、マジックポーションは残りいくつある」

「残り六つです」

「一本をこの――君、名を何という?」

「イチロウ」

「イチロウ殿に一本譲ってやれ。君もあれだけ魔法を連発すれば魔力も残り少ないだろう」

「ええ、まあ」


 ネルの教えてくれた魔法なので、魔術回路そのものの効率よく作られているのだが、使い手が二流だ。有難くマジックポーション受け取り飲み干した。

 イチロウという名前に聞き覚えはないらしい。王城ではロキで通していたし、日本人のような黒髪、黒目、平たんな顔というのもいないわけではないのだ。案外、気付かれないのかもしれない。


「イチロウ。君の仲間はどうした?」

「先に階段を上ってますよ」

「そうか、わざわざ仲間のもとを離れ、我らの救援に来てくれたということか。まだ、危機を脱したとはいえんが、無事に帰れたあかつきには褒美をやろう」

「殿下!!」

「問題でもあるというのか。考えてみろ、イチロウ殿が駆けつけてくれなければ我らはどうなっておったか」

「いや、しかし……」

「そういう話は助かってからにしませんか」

「その通りだな。よし、魔導砲を交代で使用しつつ階段に向かって進むぞ。イチロウ殿はデリルとともに防御を任せる」

「了解しました」


 ここはひとまず魔法使いってことにしておくか。

 早速とばかりに結界魔法の構築を開始する。結界を張るのも、魔法の防御もやることは変わらない。継続させるために魔石を通すかどうか程度の違いだ。

 デリルと呼ばれた魔導士はネルほどではないが、かなりきれいな魔術回路を素早く展開する。第三王子の隊に参加するほどなので相当な腕なのだろうが、普段ネルという才能の塊のような魔法使いがそばにいるせいでぱっとしない感じだ。


 ギガントサウルスは時々咆哮を上げながら、攻撃しようとするがタイミングを見計らって騎士たちが魔法の弾を叩きこむ。相手は大きいので狙いは適当でも、確実に命中する。

 見たところ体長で100メートルはありそうな巨体だが、魔導砲の攻撃はそれなりにダメージを与えているらしい。殺せるほどではないが、ギガントサウルスの動きは完全にキャンセルさせられている。


 タイミング的には一人が魔弾を放ち、ギガントサウルスが血を流す。そしてギガントサウルスが立て直したところでもう一人が魔弾を撃つ。そして、魔力が切れる前には別の人員と交代するという流れができている。


 騎士たちが攻撃を受けていたのは、おそらく強襲されてしまい対処しきれなかったのだろう。

 案外無事に階段までたどり着けるかと思っていたが、これだけ派手に爆裂音を響かせていてほかの魔物に気付かれないはずもなかった。


「GYAUGYAUGYAU」


 翼竜が二頭、全く別の方角からこちらに向かって羽ばたいている。今はまだ小さな影だが、徐々にそれは大きくなっていった。

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