第10話

「Eランクですか…。申し訳ありませんが、魔法図書館は一般の方にも一部開放していますが、冒険者の方でしたら、最低でもBランク以上は必要になります」


 魔法図書館に朝一番で向かった俺たち三人は、入り口スタッフのそんな言葉に門前払いを喰らうことになった。

 楽しみにしていたネルの落ち込みようと言ったらなかった。

 手が地面につくんじゃないかというほど、肩を落として首は90度折れ曲がっていた。


 冒険者という職業は、良くも悪くも荒くれ者が多い。そのため、ギルドで依頼を一つずつこなすことで信用を得なければ、高ランクの冒険者にはなれないのだ。ただの武力だけでいいのなら、俺は王都でCランクまでなら上がれたかもしれないわけだし。


 ここの図書館にはかなり貴重な本も多く、基本持ち出し禁止になっている。それを考えれば、誰にでも利用できる施設というわけではないのだろう。


「ううぅ。Bランクなんて無理ですよぉ」

「ま、まあ。私たちもイチロウのおかげで少し強くなったわけだし、頑張って依頼をこなせばいつかは、ね」

「…Bランクだよ。フラン」


 涙目のネルをフランが励ますが、あまり効果を発揮していない。

 一般的な冒険者でも大体Cランクまでは時間を掛ければなれるらしい。Fランクから始まって、二人は半年ほどでEランクに昇級したそうだ。


 そこから、順調にいけば3年くらいでDランクに上がれる。

 しかし、Cランクに上がるには単独で中級クラスの魔物を討伐できるだけの力を身につけねばならず、ここでかなりの足切りが起きる。パーティとしての戦力で中級の討伐ができることと、単独とでは天と地ほどに違いがあるからだ。もちろん、依頼をこなして実績を積む必要があることは言うまでもない。


 そして、Bランクに求められるのはもっと上の実力である。

 単純な戦闘力は上級の魔物の討伐が可能なレベルであり、これはもう”一流”と呼ばれるほんのわずかな冒険者しかなることはできないらしい。


 ネルが絶望するのも仕方のないことである。

 で、あるんだけど、本当にそうなのだろうか?

 中級の魔物ですら、俺の感覚では正直大したことない。だとしたら、上級と呼ばれる魔物も頑張れば届きそうな気がする。


「上級ってそんなにやばいの」

「知性があって中級以下の魔物を従えるからね。でも、中級とか上級ってかなりおおざっぱな区分だし、単純な強さなら中級のほうが強いこともあるから何とも言えないかな」


 なんだそれは?

 上級より強い中級なんてありか?


「どういうことだよ?」


 詳しく聞いてみると、人並みの知性を持つ魔物を上級として区分しているらしいが、それ以下は中級ってことらしい。例えば、体長100メートルくらいあるギガントライノというサイの魔物は、知能が低いというだけで中級に区分されている。しかし、散歩のつもりで歩いているだけで町一つ潰しかねない傍迷惑な魔物で、その討伐には軍が出動するって話だ。


 それでも”中級”なのだと言われたら、オーガみたいに俺が相手をした魔物との差は歴然である。で、そういう魔物すらも従えるのだとしたら、まあ確かに上級の魔物は厄介だ。


「とりあえず魔法書屋に行ってみようぜ。一般的に販売している本もあるんだろ。ネルが手にした基礎魔法の本みたいにさ」

「そうだよ。ネル。魔法図書館はまたいつかね」

「いつかっていつよぉ。Bランクだよ。Bランク。私みたいな一コ10ダリルで売ってるガジャイモくらい普通の魔法使いには無理だよぉ」


 ネルさんはどうも鬱スイッチが入ったらしい。


「ちょ、ちょっと。ネル。旅の魔法使いに才能あるって言われたんでしょ。自信持ちなって」

「きっと田舎のかわいそうな子供をからかったんだよ。きっとそうだよ。それなのに、本気にして本当に魔法使いになるなんて。今頃どこかで嗤ってるんだ」

「いやいや、そんなことのために貴重な魔法書をあげたりしないだろ。魔法書って高いんじゃないのか?」

「そうね。そうよね。魔法書って高いものね。Eランク冒険者の私たちが買える本なんてあるわけないんだ」

「だ、大丈夫よ!今なら私たち結構お金あるから」

「そうだぜ。50万あれば何か買えるだろ」

「そうかなぁ」


 何を言ってもネガティブに捉えるモードに入っているネルを引きずるようにして魔法書を販売しているお店に入った。

 魔法書だけでなく、魔石や魔法を使う際に使う触媒も売っているらしい。

 見るからに怪しい雰囲気のザ・魔法使いって感じのおばあさんがカウンターの向こう側に座っていた。

 たぶん、笑い声はひっひっひっていうに違いない。


「ほら、ネル。魔法書売ってるよ」


 フランが腕を引っ張っていった先には表紙を見せるタイプ本棚があり、立派な装丁の本が並んでいた。魔法書自体そんなに数はないのだろう。見える範囲にあるのは20種類程度であるが、文字の読めない俺にはさっぱりだ。


「ううぅ…。ほんとだ。あるね」

「ほら、これなんかいいんじゃない?中級魔法だってよ。ネルは初級は覚えたんだから、これなんかいいんじゃない?」

「う、うん。ちょっと見せて」


 少し元気を取り戻したネルがパラパラと本をめくる。

 すると、みるみる目に力が戻ってくる。内容は悪くないようだ。


「ねえ、この本はいくらなんですか?」


 本に熱中するネルに代わってフランが、おばあさんに聞いてみると手にしている本に目をちらりと走らせる。


「それだと100万ダリルだね」


 高ぇよ。

 いやいやいや、バカだろ。

 本一冊100万円ってあり得ねえよ。

 あまりの金額にびっくりしすぎて、ネルはうっかり本を落としてしまったほどだ。


「だ、だから言ったじゃない。私たちには無理だって…」

「う、うん。ごめん」

「ごめんなさい」


 と、俺も一緒になって謝る。

 っていうか、魔法書高すぎるだろ。初級魔法書がいくらだったが知らないが、そんな高いもの普通、見ず知らずの他人にあげるか?

 旅の魔法使いー何者だよ、あんた。


 しょんぼり三人仲良く肩を落として、俺たちが向かったのはマジックグッズのお店だ。魔法書が高すぎたので、ここも当然無理だろうと思っている。でも、せめて値段だけでも確認しようと思ったのだ。

 夢のマジックバッグ。

 これさえあれば素材回収も一気に進むから、お金はすぐにたまると思う。

 

 魔道具が売っているお店は、魔法書屋と同じ通りに面していて割と近くにあった。こっちは結構ポップな感じのお店で、店内が明るく広かった。俺たち以外の冒険者も何人か商品を手に取ったりしていた。


 そして、件のマジックバッグである。

 さすがは人気商品。

 店に入って正面に特設テーブルがあり、そこに飾られていた。

 バッグ自体も、バックパックタイプ、肩掛けカバン型、トートバッグのようなもの、ポシェットのようなものと様々。しかし、値段を大きく決めるのはもちろん収納量である。


「なんて書いてあるの?」


 バッグには説明文が付いていたので、二人に聞いてみると遠い目をして答えてくれた。


「500万」

「へ?」

「だから、500万よ。500万。言っとくけどね、これ一番小さいタイプのマジックバックの値段だからね」

「ちなみに一番大きいのは3000万みたいです」


 高ぇよ!

 高級車買えるわ!

 売られているマジックバッグには小・中・大と三種類あり、小で俺が持っている60リットルくらい入るバックパック20個分、中になると100個、大は600個分くらいだそうだ。

 グレートスコーピオンの鋏一つでも両手に抱えるほどの大きさなのだ。バックパックごときでは素材の回収はままならない。


 マジックバッグの有効性は間違いない。

 間違いないけど、無理だ。

 高すぎる。


「なあ、フラン」

「なによ」

「Cクラスの冒険者はみんな持ってるって言わなかったか?」

「そ、それは、だって、私だって王都の冒険者ギルドで、ほかの冒険者に聞いただけだもん。本当かどうかなんて知らないわよ」


 彼女を攻めるのはお門違いか。

 どちらにしろ、手が出ないことには変わりはない。


 500万って…。


 いや、そうでもないのか?


「でもさ、ここに来るまでに手に入れた素材でも54万だよな。5往復もすれば買えるんじゃないか?」

「無理ですよ。私たちはたまたま中級クラスの魔物ばかりに出会いましたけど、普通はそんなにいないって話ですよ」

「そうそう。たまたまよ。たまたま。運がよかったのか悪かったのか分かんないけどね。それにね、そんな大金があるなら、ほかのことに使おうよ。魔法書だって買えるし、私も剣がほしいわよ。グレートスコーピオンとやりあったせいで、ぼろっぼろなんだから」


 鞘から半分ほど出した彼女の剣は、刃こぼれも多くのこぎりかと見紛うばかりだ。何とかへし折れなかったのは、彼女が正しい剣術ができていたことの証でもあるのだろうけど、これはもう研いでどうにかなるレベルにはみえない。


「すまん。まずはフランの剣だな」

「うん。私もそう思う」

「あ、いや、ごめん、別に私は要求したわけじゃないのよ」

「けど、その剣じゃあこの先厳しいだろ」

「そうだよ。フランが前衛を努めてくれないと私の魔法だって役に立たないんだし」

「言えてるな。魔法書もマジックバッグもだめだったけど、剣ならいけるだろう。気を取り直して買いに行こうぜ。魔法剣なんて贅沢は言わないしさ」


 といいつつも、俺は魔法剣に想いを寄せる。

 だって、燃える剣とか、帯電した剣とか、かっこいいじゃん。

 氷の魔法剣ってのもありだな。


 魔道具屋を出た俺たちは、武器屋の暖簾をくぐった。

 そして理解した。

 俺たちはこの街に来るにはいろんな意味でレベルが低すぎたらしい。

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